第53話 傷つけられた写真④

文字数 1,265文字

 車が公民館に着いた時は、日が傾いていた。
 岩田を病院に運んだ時と違い、駐車場には車が一台もなかった。

 正思(しょうじ)は駐車ラインも一方通行表示も無視して、真っ直ぐ入り口前に停めると、勢いよく車から降りた。「写真取って来るまでここで待ってるよ」とスクワットを始める。

「先に行ってて下さい。オレ、野々花(ののか)さんの店に行ってきます。賢人(けんと)に荷物預かってもらってるんです」

「秀ちゃん、それ僕が取ってくるよ」と正思はスクワットを続けながら言った。「君はしばらく由美子さんに会うのは、やめた方がいい」

 どういうことかと秀一(しゅういち)は首を傾げた。

「僕はね、明菜ちゃんの大ファンなんだ」

 『あきな』って誰だと、秀一はさらに首を傾げる。

「若い子に向かって『秘密だと念を押す』ような大人は当時からずっと気に入らないんだよ。秀ちゃんは約束を守りたいだろうけど、どうして君に口止めするのか由美子さんから事情が聞きたい」

「オレも行きます」

 秀一が言うと、「僕に任せて」と正思が首を振った。

 スクワットをやめた正思は、首をポキポキ鳴らしながら車に戻った。

「迎えが欲しかったら、いつでも呼んで。モバイルWiFi持ってきたから無敵だよ。
 一輝(かずき)くんは、この町にデジタルデトックスを売りにするキャンプ場を作ろうとしてたけど、完成したら流行りそうだね」

 その話なら中止になりましたと、秀一が言いかける前に、正思が秀一の後ろに笑顔で手を振った。

「女の子がこっち見てる」

 秀一が振り向くと、窓の向こうに夏穂(かほ)涼音(すずね)が立っていた。
 二人は揃って、正思にむかって頭を下げた。

 正思はエンジンをかけた。「秀ちゃん、正語(しょうご)にバレないように浮気するんだよ。あの人、かなり嫉妬深いよ」

 窓から手を振りながら、正思は去って行った。

 正思の車を見送りながら、秀一は思う。
 正思の頭の回転数と自分のそれとはかなり違う。
 秀一が正思の言葉を理解し、自分の意見を言おうとすると、正思の話は全く別なものに移っている。秀一は言葉を発する前に、正思の新たな話題について頭を働かせなければならなかった。

 由美子と賢人に関しては自分が守るべきだと思っている。
 正思に言われても秀一は関わりをやめる気はなかった。
 


 秀一は公民館の中に入った。
 エントランスホール脇の受付事務所のドアは開け放たれ、その前に夏穂が立っている。

「秀ちゃん、これのせいでガンちゃん、発作起こしたんじゃないかな?」

 夏穂は手にしていたパネル写真を寄越してきた。
 夏穂の後ろには涼音が立っている。不安そうにこっちを見ていた。

 秀一は夏穂から渡された集合写真を見た。

 写真の中では岩田が笑っている。
 岩田の前には大きく口を開けて笑うコータ。
 武尊(たける)と涼音も写っている。
 そして中央にいるのはおそらく自分の兄——一輝なのだろう。

「今朝、見た時はこんなんじゃなかったよ。ガンちゃん、この写真を秀ちゃんにあげるんだって、言ってたんだよ……誰がこんなことしたんだろ……」

 夏穂は小さく、ひどいよねと呟いた。

 写真の中の兄の両目は、何かでえぐられたように潰されていた。



 

 

 
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登場人物紹介

鷲宮秀一、主人公の高校生

九我正語(くがしょうご)、秀一の従兄弟、警察官

九我正思(くがしょうじ)正語の父親。人の恋愛感情を瞬時に見抜く特殊能力を持つ。

九我光子、正語の母親。秀一の伯母。

雅、介護士。雅は熟女スナックにいた時の源氏名。本名は不明

夏穂、秀一の幼馴染。秀一に片思い。

涼音(すずね)、秀一の幼馴染

武尊(たける)、秀一の幼馴染

賢人、秀一の甥っ子

真理子、みずほ中学の教師

コータ、真理子の弟、秀一の幼馴染

野々花、パンケーキ店の女主人

岩田、秀一のテニスの師匠

鷲宮一輝(故人)秀一の兄

鷲宮輝子(故人)秀一の母親。正語の母親、九我光子の妹

水谷凛、夏穂の従姉妹

鷲宮智和、秀一と一輝の父親

鷲宮高太郎、智和の兄

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