夢の記憶 、第一部、「序」そして「その一」

文字数 27,199文字

                          NOZARASI 13
【序】
 夢なんぞというものは、正に「夢幻の如く…」なのではあろうが、夢から覚めた時、人はその夢の意味を弄ろうと試みることが多々あるのではなかろうか……。
   *短編、よく晩酌中に思いつくこと多く、「酔敲」状態多く、御赦し願います。

 エッセイ的短編集 「夢の記憶」
   その一、「夢の中の駅」
  
 駅にいる。
 列車を乗り継いで何処かへゆこうとその駅に降り立ち、そこである駅への切符を求めようとしているらしいが、見上げる掲示板に目指す駅の表示は無いらしい。
 駅員に訊いてみるが、確とした答えは返ってこない。
 が、そう遠くない以前に、そこへ行こうとこの駅で乗り継いだ記憶は、ぼんやりとではあるが残っているらしい。それなのに、そこの駅名も、行こうとしている駅名も、全く記憶が無い。

 何処へゆこうというのだ。
 何をしにゆこうというのだ。

 表示板を見上げる自分の心に、不安は募ってゆくが、苛立ちはない。
 茫洋とした不安だけが増してゆくのであるが、何処かでそれを鷹揚に受け入れている。
 駅の雑踏は絶え間なく行き過ぎ、いくつかの列車が入線しては客を乗せ出発してゆく。
 いつの間に乗り込んだのだろうか、車内の人となった自分が、移り逝く窓外の風景を追い、何かを想い追いかけている。
 景色は、都会のそれから郊外のそれへ、やがて山間に入り、田舎の風景の中へと。

 何処へゆこうというのだ。
 何をしにゆこうというのだ。

 その夢の続きを見たことはまだない、たったそれだけの夢である。

                   ―その二へ続くー



  その二、「夢の続きを見る方法」

 寄ってらっしゃい見てらっしゃい、尻切れトンボの未消化の夢にお悩みの方々、これは必見ですよ。

 まぁ、怖い夢の続きを見たいという人は余りいないのでしょうが、いや、怖いもの見たさってこともある、おられるのかもなぁ。
 いえ、まぁそんなことはどうでもいいのですが、好い夢を見たりして、まだ中途半端だったり、余りに好過ぎてまだその中に浸っていたいと願ったりすると、その夢の続きの中へ戻りたいなぁと切なく思う時ってありますよね。
 夢の記憶を持続、若しくは引き継ぐ、その中へ戻り続きを見る。
 それが、かなりの確率で可能なことに気づいたのは、いったいいつの頃であったのであろうか。
 その記憶はない。いつの間にか身に着いていたというのだろうか、まぁその程度。
 その手法?を会得すれば、取捨選択、怖い夢の続きは見なくても済むのですから、ははは、これは一石二鳥かなぁ。

 なぁに、そんなに難しいことではないのです、ただ、寝起きの悪い方には不向きのように思われます。
 あやふやな言い方だなぁと思われる方もいるとは思いますが、私、至って寝起きが好い方で、どうもそれが好影響を及ぼしているのではと思われるのです。
 夢から覚めた直後に、決して目を開けず、ピッとその判断を決める。
 どうしても目を開けがちですが、なぁに、そう心がけていればその内に慣れてきますから……。
 ですから、寝起きの悪い人は、そうはいかないですよね。ぐずっている内に目を開けたり、その夢を失念したりし、大切なその機を逸する。
 勘の好い人はもうお分かりだと思います。
「決して目を開けず、雑念を容れず、その夢の余韻から覚めぬ内に、すぐまた寝入る」
 ということなのですが、ふふふ、この時、出来ましたら、早く寝付くことも重要ですね。
 目を開けないことによって雑念が入らないし、すぐに寝付ける。
 したがって、怖い夢、その続きの中に引き込まれたくない時は、目をぱっちりと開け、夢とは違うことを連想するに越したことはございません。それでも怖い夢の続きを見てしまう方は、ヒヒヒヒヒ、何か心の奥底に……、なのかなぁ。

 これって、こういう性格とか、そんなものを偶然待ち合わせた人にしか起こらない現象なのかもしれないですよね。
 残念ながら、これを人に話したことは無いから、他人ではどうなのか、その結果を知る由もないのですが、まぁ、興味のある御方は試してみてください。
 が、これは飽くまで個人的所感、続きなんか見られなかったぞと、決して私を責めないでください、夢見が悪くなると困りますので……。

                    -その三へ続くー



  その三、「夢の中の釣行」

 渓流釣りというのをご存じでしょうか。
 渓流魚、つまり、岩魚や山女魚を求めて、渓谷の身を切られるように冷たい清流を遡上しながら釣りをしてゆくのでありますが、時には強い流れを渡ったり、渡れなければ岸辺の崖をよじ登ったりしながら上流を目指して釣り遡ってゆくのです。
 とまぁ、好きなこと故そんな夢を見る訳でもありますが……。
 私の場合、大概最後は、崖から落ちますね。
 急崖にしがみ付く様にして上り下りし、更に上流を目指すのですが、大方その崖は常人には登り切れないオーバーハングなどの障害が必ずと言っていいほど目の前に現れて来る。
 ということは、ボルタリングなどの高等テクニックなんぞは持ち合わせない自分は、必然的に、崖から落ちることになる訳ですが、不思議なことに、落ちるということに恐怖心が伴わないのです。
 ふつうは、「きゃぁーっ」とか何とか、断末魔の如き悲鳴を挙げながらというのが相場ですよね。こういう場合、必ず魘されているんだと思われますが……。
 ですが、恐怖心が無く、痛くも痒くもないいと自覚していますから、平気冷静に落ちちゃうんです。
 いえ、その類の夢を見始めた時には、確かに恐怖心があったと思うのですが、同じような夢を何度も見ている内に学習してきたのでしょうか、これは夢だよ、落ちても大丈夫、痛くもなく、軽い擦り傷さえも負わないよと、落ちるまでの、若しくはその途中を、うーん、楽しんでいると言えば語弊はあるのでしょうが、そんな感覚で「夢見て」いるんですよね。

 落ちたところからまた釣り遡るのかって訊かれるとですね、ははは、釣り遡った記憶は残念ながらございません。大概、ぐしゃっと落ち切る寸前、そこで夢から覚めますね。
 悔しいことに、渓流魚が釣れたという記憶もありませんねぇ。
 一度でいいから、まだ見ていない大漁の夢や、落ちたところから上流に存在するであろう㊙のポイントで超大物を釣った夢を見てみたいものですねぇ。

                       -その四へ続くー


  その四、「総天然色の夢」

 私の生きてきた世代と申しますのは、小さな町の映画館のポスターに、「総天然色」の太い文字がドカンと現れた世代ですが、まぁ記憶もそう確かではございませんので、「総天然色の夢」の記憶が残るのは、その後くらいかなぁ。
 勿論まだ子供で、映画なんぞはあまり興味がありませんでしたから、積極的に映画館に首を突っ込むようなことはございませんでした。えっ、あ、はい、私、幼少の頃は、親の職業の関係もございまして、町に二つあった映画館はフリーパス。
 何の職業かってお訊ねですか。ははは、昔は新聞に、どこそこの映画館は今こういうのを上映しているという、広告欄みたいなものが御座いまして、まぁその関係の……。
 しかしあれはいけません、子供にそういうところはフリーパスなのだという観念を植え付けてしまいますから、ははは、かなり大きくなるまで、その理屈が解りませんでした。
 何を言っているのだ、タイトルとは関係ないみたい。ははははは、基。

 さっき、これを書きだす前に、「カラーの夢」その屁理屈をちょっと調べてみましたが、テレビ放送が白黒からカラーに変わった世代で、見る夢が、白黒の老いぼれ世代とカラー世代に入れ替わるのだとか。
 うーん、これはある調査結果にも出ているというし、かなり信憑性が高いと思われますが、私は、家にテレビがやって来たのも中学一年と遅かったが、町の電気屋さんの店頭で立ち見した黒柳さんのお顔や、月光仮面もまだ白黒だったと記憶していますから、その理屈で言えば、「白黒夢世代」でしょうか。
 が、残念なことに、私、白黒の夢を見た覚えがないのです。それ以前の幼き頃からいつもカラー、「総天然色」の夢だったのです。
 それを証明するのが、近所であった火事の夢。今も印象に残る、あの燃え盛る炎の赤い色でしょうか。
 ミヨちゃんの顔も着物の色も、初恋の人も、あの故郷の山河も、綺麗な花々も、みーんな「総天然色」の夢の中なのであります。
 でもってですよ、いつか白黒の夢を見てみたいと、夢を見ている訳であります……。

                   -その五へ続くー


  その五、「老い耄れの夢」

 生きてゆくのに夢が要るのは、それが実現できると夢見る若い時だけなのかなぁ。
 こう老い耄れてくると、すぐ目の前の明日にさえも夢は無く、まして超ビンボーなれば、今を生き、食い繋ぐので精いっぱい。何ともカントもですが、それでも哀れ、「夢」は、懲りることなく見ますねぇ。
 ははは、非建設的な老い耄れの見る夢なんて、過ぎ去りし日を追うような未練がましいことこの上ない夢ばかし、この頃では近い将来の夢なんてものも皆無でしょうか。
 未練がましい夢って何だと問われそうですが、身の丈に余る夢ばかり、お恥ずかしくて他人には申しあげられません。下らぬ領域で鋭い突っ込みを受ける前に、「老い耄れの夢」の本題へ戻ると致します。

「ゆめ、夢」まぁ現実世界で夢見る夢と、そうではない夢。
 小春日和の日溜まりや、冬の寒い一日、老い耄れ爺ぃさんがコタツムリを決め込んでうつらうつらと見る夢なんぞは、同じ「夢」でも他愛なく罪のないもの。そちらのお話に戻ると致しますか。

 近頃は、哀しいことに、その夢のほとんどに記憶が無い。いや、思い出そうとしても思い出せない。
 目覚めてから、いくら思い出そうとしても、その取っ掛かりや経過、いや、今終わったばかりであろうその夢の結末すら思い出せないことも多々あるのです。昔はそうでなかった、逆に思い出せない夢の方が少なかったのではないだろうか。
 現実世界、つまり、日常生活においても然り、度忘れというものが極端に多くなり始めていますから、夢の中の出来事なんかを覚えている方が変なのでしょうが……。
 ですが、人間可笑しなもので、思い出せない夢の方が、思い出せた夢よりも遥かに気になる。イライラするくらいにそうなることもままありますから、寝ていてもストレスが溜ることになる訳です。
 ひょっとして、老い耄れて気が短くなるのは、ここら辺りにその因があるのかもしれないですねぇ。
 とまぁ気の短い老い耄れの戯言、それは差し置いて、被害妄想的に申し上げますれば、この社会、構造的にビンボー老い耄れは阻害されがちですから、そうなると哀れ、ますます夢の中へ引き込まれ、現実逃避みたいに、解けもせぬ蜘蛛の糸を解こうとするが如く、ベタベタ、ネチャネチャと絡み合う糸と格闘、向きになって思い出そうと必死になって踠く訳です。
 当然の帰結、自縄自縛、気づいてみれば高みの見物の蜘蛛の餌食、空蝉が如く、中身空っぽで宙ぶらりん。
 夢というものは時には残酷、骸になったその空蝉にさえ哀しみの心が宿るのです。
 現実世界とよく似た構造の「老い耄れの夢」は、哀れ、こうして構築されてゆく訳です。
 基、現実世界とよく似た構造だと勘違いした「老い耄れの夢」は、哀れ、こうして構築されてゆく訳です。

                    -その六へ続くー



  その六、「空を翔ぶ夢」

「のんちゃん雲に乗る」なんて映画が御座いましたが、私、雲に乗る夢はまだ見たことが御座いません。
 が、空を飛ぶ夢は時々見ますね。特に子供の頃や若い時分はよく見たのではと記憶しています。
 虚しいことに、老い耄れてしまったこの頃はあまり見ないですねぇ。ということは、「夢」を失くしたからなのかなぁ。空飛ぶ夢を見られる方々には、人生まだまだ望みがあるということですよね、頑張ってください。とまぁ、老爺心ながらエールを送らせて戴きます。

「跳ぶ」「飛ぶ」「翔ぶ」
「天翔ける」なんて言葉もありますが、「翔」、つまり、「かける」っていうのは、「駆ける」を連想させ、私の場合、「空を翔ぶ夢」を見ている時、そのほとんどが、ゆっくりと走るように空中を歩いていますから、正確には「飛ぶ」ではなく、「駆ける」なのでしょうが、うーん、無理矢理空想的且つ美的な世界に入り浸りたい妄想狂の私と致しましては、恰好の良い「翔ぶ」を使用したいのであります。

 子供の頃、川の傍に住んでいまして、最初に見た「空を翔ぶ夢」は、多分、憧れの向こう岸まで空中を歩いて辿り着く夢でした。
 これは、しょっちゅう見ていましたから、間違いはないと思いますね。
 ですが、残念なことに、ほとんどの場合、向こう岸に辿り着く前に墜落。河原の石の上でダウンでした。鉄腕アトムや鉄人28号のようにカッコよく空を飛べたらなぁと憧れるのが常の少年時代でしたが、風呂敷をマントや翼になぞらえて、ちょっとした高みから「えいっ」と一跳び、ドスンと落ちるのが関の山でしたが、それを夢で見たことは一度もなかったのではないでしょうか。
 これは、その体験から無理なことだと理解していたからでしょうね。だから、体験しなかった空飛ぶ方法の夢を見る。
 がですよ、この年になって、その否定されたであろう「空を翔ぶ夢」を度々見るようになってきたのです。
 両手を翼のように広げて、目も眩むような高い所から飛び降りると、見事風を捉えて、人間グライダー。
 この夢は、恐らく、最近テレビでそういう特殊なスーツを着て、まるでミサイルのように飛ぶ人のシーンを見たのが印象に強く残り、夢となって……。
 こんな老い耄れになって、今さらそんな阿房臭い夢を見るなんぞと、笑止千万、恥知らず、他人にはとてもお話しできません。が、こういうことは、「王様お耳はロバの耳」的にですねぇ、隠しておくことは精神衛生上、非常によくありませんので、今この場を借りて暴露いたします。
まぁ夢の中のことですから、私と同じ世代の方々、つまり老い耄れの方々、「(夢夢)、疑う勿れ」夢見ていれば、いつの日にか「空を翔ぶ夢」を、きっと見ることが出来ますよ。
 なぁんか、夢の話というのは「夢ものがたり」、何処か締まりがないなぁ……。

               -その七に続く―



  その七「夢中」

「夢中」になるなんてことは、こう老い耄れてくると、もうそんなには無いのでしょうね。
 前にもお話ししたと思いますが、私は渓流釣りや鮎釣りが大好きなのでありますが、うーん、まるでガキの頃に還ったように、釣りをしている間は「夢中」、一心不乱、惚けた頭もしっかりと機能しているように感じるのでありますが、やはり「夢中」だということなのでしょうか。現実生活、詰まり、日常では有りえないことなのです。
 老い耄れたなぁって思うことがしばしばございますが、羨ましいことに、子供って、「夢中」になりやすくはありますよね。
 あれは、その純粋性からなのだとすれば、老い耄れの私だって、釣りをしている間は純粋だってことですかねぇ。えっ、お前の場合は、純粋ではなく、単純の方だろって。
 ははははは、正にその通り。なのではございますが……。

「夢中」って、「夢中」になるって使いますよね。
 私は勉強嫌いでしたから、「夢中」になって勉強したことはほとんどないのですが、やはり、大好きな釣りをしているときは「夢中」になっているのでしょうね。
 ですが、夢状態では、釣りは出来ません。これは絶対的事実です。
 釣りは集中力を欠いたら御仕舞、ジ・エンドです。
「山女魚の」の繊細な魚信に素早く対応する、糸や竿から伝わる鮎の囮の微妙な泳ぎを想像と勘で察知し、野鮎を掛ける。これはもう集中力の極み、詰まり、「夢中」ではできない遊びなのであります。
 遊びなのだから何もそんなに「夢中」になることもないだろ、と言われますと、それはそうなのでありますが、人というものは不思議な習性を持っているらしく、ははは、事遊びとなると「夢中」になるものなんですねぇ。まぁ珍しい事例では、お仕事に「夢中」になられる御方もおられるようでございますが、そういう奇特な方は、仕事というものを、より遊びに近い存在に昇華させる達人技をお持ちなのではないのでしょうか。
 ということは、こんな私にでも、遊び感覚を仕事に持ち込めれば、いい仕事を「夢中」になってやり遂げられる。
 とまぁ、そんなことなんぞも思う訳ですが、ははは、時すでに遅く、この老い耄れ爺さん、既に「夢中の人」、色々と空想逞しくするのではございますが、なんせ体力が……。
 という言い訳で、都合よく誤魔化すと致しますか。
 ではございますが、好きなこととなると、つい「夢中」になってオーバーワーク、翌日やその翌日までも疲れを引きずってしまい、愚妻に叱られていますが、先が見えてきたこの頃になって、やっとセーブの仕方を模索しながら遊びを熟すことを覚えてきましたね。
 どんなに釣りに「夢中」になっても、ちょこちょこ小休止をし、疲れ切る前に大休止を摂り入れ、そしてまた釣りをやり、早めに切り上げる。その繰り返しですね。
 まぁそれでも「夢中」になると、いまだもって、現実と空想を混同し、「五里夢中?」状態になってしまう、修行足らずの老い耄れなのであります……。

                    ―その八へ続くー



  その八 「ガガーリンの夢」

 ガガーリンが人類で初めて宇宙から地球を見たのは、私が十一か十二歳の頃だろうか、ですが、遠い昔のこととて、そう定かに記憶している訳ではない。
 が、その頃、私も宇宙に行った記憶が確かにあるのである。
 勿論、夢の中でのことではあるが。
 それは、宇宙飛行というあの出来事が、私の中で、あまりにも大きなものであったことの証なのでもあろうか。

「地球は青かった」という言葉の衝撃は、幼い心にもかなりの衝撃を与えたに違いない。
 その夢は、自分が宇宙へ飛び出し、丸い地球を遠くから見ているという単純且つ複雑な夢なのであったが、何故か地球に生還したくともできないのではなかったか。
 宇宙船は無い、勿論、宇宙服も着てはいないのだろう、俯瞰という感じで丸い地球が暗い空間の遠くに青く見えるだけで、自分の姿の認識はない。
 が、その夢には、恐らく、子供には耐え難い苦しみのようなものが存在していたということを、夢の直後も今も、はっきりと認識しているのである。

 あの頃の私は、軽い栄養不足、まぁビンボー育ちなら、あの時代はみんなそういうものであったろう。
 とまぁそういう訳で、風邪を引きやすく、熱の出やすい体質でありました。
 その夢を見るときは、必ず熱に魘されている時のようで、苦しいのだろうか、目が覚めると息が上がり、汗でびっしょりと身体が濡れていました。
 今思うに、あのガガーリンの「地球は青かった」というニュースを聴いたとき、私の頭の中に磨り込まれた、宇宙は真空だという概念が、小さいだろう宇宙船には空気が無いのでは、足りないのではという思いを強くさせ、その苦しみを心配したからに違いないと思われるのです。
 なぜ子供が、空気の無い苦しさなんてものを知っているのだ、誰ぞに首でも絞められたのかと不思議に思われる方もいらっしゃるでしょうが、いくら私が悪ガキだったからとはいえ、そんな怖ろしい経験はございません。
 私は小さい頃からの河童、してもしなくても同じような一丁兵児ひとつで、泳ぎは勿論、潜りも大の得意、水底や水中を息が続く限り泳ぎながら、投げ込んだ小石を回収して遊んだり、ヤスと呼ばれる魚を突く道具を持って魚を追いまわしたりしていたものですが、ある時、大きな石の間に隠れる魚の群れを見つけまして、それを突こうと、狭い穴みたいになった所へ……。
 息が続かず、戻ろうとしたのですが、ははは、なんせ、バックですから、足が違う石の間に挟まり出るに出られず、文字通り四苦八苦。遂には、舌の付け根が喉の奥の方に吸い込まれて、ああ、このまま死ぬのかと覚悟いたしましたが、もう一度奥まで戻り、再びバック。何度目かにやっと脱出成功……。
 瀕死の状態で岸辺の砂にぶっ倒れた、その時の苦しさは今でもはっきりと覚えています。
 その貴重な?体験が、ガガーリンの息の苦しさを連想させ、あらぬ心配をしたのでしょうね。
ははははは、高熱に魘され息も絶え絶え、哀れ、じゃないか、嬉しいことに、世にも珍しい宇宙の旅へと誘ってくれたという夢のお話でした。
 邪念だらけに育ち過ぎた今では、もうあの夢を見ることはありませんね、もう一度あの頃に戻りたいなぁと、夢見るこの頃ではあります。

                   -その九へ続くー



  その九 「逃飛?行の夢」

 最近は品行方正、何も悪いことはしていないと思うのでありますが、基、大して悪いことはしていないと思うのでありますが、結構頻繁に、何者かに追いかけられる夢を見るんですよね。
 これこれしかじかと導入部がある訳もなし、訳も解らずに、いきなり映画並みのアクションで、狭い廊下や街並みを、只々ひたすらに走りに走り、逃げに逃げ、時にはビルの屋上から飛び降りたり、高い崖の上からドライビングスーツみたいに袖の広がる服を着て、いや、着ていなくても、飛び降りたりするのでありますから、余り好い夢とは言い難く、夢から覚めると、何だか疲労感が残っていたりします。
 どんな奴が追ってくるのかと訊かれれば、人は人らしいのですが、魑魅魍魎の類でもなさそうだし、出自不明、人相不明、目付きが怖い、強そう、足は、逃げまくるメタボの私を捕らえられないのだから、それなりに遅い、etcかなぁ。
「翔人願望?」の強い私ですから、そういう場合、ほとんど捕まることなく逃げおおせますが、まぁ余り後味の好い夢ではないのは確か。ははは、誰に追いかけられているのだと訊かれても、先ほど申しあげましたように皆目解らない。何故追われているのかと訊かれても、やはり皆目解らないのです。
 原因不明というのは、心落ち着かぬもの、それが解れば、何とかできるかも。いや、悪ガキでこの年まで積み重ねてきた悪行?の数々、もう取り返しは付かないのかもしれないなぁ……。
 いえ、居直っている訳ではございません。多少の反省はしておりますが……。悔いることの多い人生でしたから……。
 兎に角、現実?に、怖い思いと一緒に、逃げて逃げて逃げまくっている訳で、そんなこと考えている余裕なんてのもないし、夢から覚めても、そんな下らないことを追及しようとしたことは一度もございません。
 そう言われてみればそうですよねぇ、今度、わざと捕まって、「吐けっ、吐かぬかっ、吐かぬとあらば石を抱かせるぞ」とか逆に問い詰め、その訳を徹底的に訊いてみますか……。
 そうすれば二度と追いかけられる夢を見なくて済むかもしれないなぁ。
 そんな余裕あるのかな。うん、絶対に無いな。
 でも、あのスリルみたいな追いかけられるときの独特の緊張感、あれは捨て難い快感みたいなものも伴っているしなぁ。時には、美人の御ねぇさんの手を引いて、正義の味方なんてこともあるし、そんな心ときめくチャンスの皆無になった老い耄れには、あの追いかけ人に遭えなくなるのも寂しいしなぁ。
 やはり、日頃刺激の少ない老い耄れ爺ぃは、刺激が欲しいという訳ではないのでありますが、とことん逃げて逃げて逃げまくるしかないのである。
 とまぁ、訳の判らぬ納得の仕方を赦されるのも、夢の中の出来事であるからなのかも知れない。
 その追いかけられる夢の頻度に比べれば、追いかける夢というのは、皆無に等しいですね。そうですねぇ、無いことも無いのでありますが、多分、二度だけだと思います。
 追いかけられた夢の回数ですか、それは数え切れないほど……。
 「因果応報」なんぞという言葉もございますれば、やはり、知らぬうちに人の心を傷つけてしまったとか、その類のことを忘れてはいるのだが、心の何処かに引っ掛かっているとか、故ある恨みを買っているのかも……。
 老い耄れてくれば、必然的に、過去を振り返ることが多くなるのは当然の理。
 何せ、優等生とはお世辞にも言えぬ悪ガキでしたから、あの頃のことなら、はい、それはもう数えきれないくらいございますので、今さら遠い昔のことをここで謝ってみたところで、取り返しのつかぬこと。きっと、あの花泥棒も、たわわに実った美味しそうな枇杷を盗んで近所の御隠居さんに追いかけられたことも、見つけた小銭で駄菓子屋さんの籤を引いたことも、石を投げて綺麗な女高生の頭に怪我をさせてしまったことも、皆さん、ガキの悪戯と、草葉の陰で笑って赦していて下さると、お天道様に手を合わせ、身勝手ながら、重ね重ね御謝りしているこの頃ではございます。
 ナムアブランケンソワカ、ナムアブランケンソワカ、本当にごめんなさいね……。

                    -その十に続く―



  その十 「見知らぬ土地の夢」

「ここは何処、私は誰、あなたは誰」なんて夢、そんなもの見るのは変ですかねぇ。
 やっぱ変ですよね。
 違いますか。
 うん、絶対変。

 夢って、脳裏、若しくは心?の何処かに残像のように、あるいは残滓のように存在するものが、具現化?されて現れる?
 違うのかなぁ。
 とすれば、その風景は、いつかどこかで見たことがあるのではないのだろうか。
 それは、強く印象に残った風景なのかも知れないし、行き摺りの風景にように、心の何処かに、無意識に引っ掛っているだけのものかも知れない。
 かといって、それら風景の全ては、恐らく、思い出そうとしてみても思い出せぬ記憶の彼方に潜在するものであろうからして、「ここは何処、私は誰、あなたは誰」ということになるのであろうか。

 夢にまで見る子供の頃遊んだ故郷の風景が、何十年かして帰郷した時、まるで思い当たらない空虚?な風景に変わっていたとしたら、そのショックは計り知れないものであろう。 
 この老い耄れ、不幸なことに、そんな風景に行き当たってしまったのである。
「やわらかに柳あおめる北上の 岸辺目に見ゆ泣けと如くに」なんて啄木の歌にありますが、私の遊んだあの岸辺は、近代文明の利器の力で、想像もできない、大きなただの排水路と変わり果てていました。
 恐らく、私にとって一番大切であろうその岸辺の風景は、川幅五十メートル以上もあろうかというのに、コンクリートの護岸、剥き出しになった露岩の川床と変わり果て、「兎追いし彼の山、小鮒釣りし彼の川」の名残の一片すらなく、それはもう風景の死骸というしかありませんでした。
 呆然と岸辺に立ち尽くし、溢れ来る涙に濡れながら、その残滓を探し求める。
 やがてそれは絶望に変わり逝き、望郷という己の心の拠り所を置き去りにして故郷に背を向けたあの日の、その重き喪失感は、正に、「ここは何処、私は誰、あなたは誰」と問いかける己の心をも、その風景は拒否し、心閉ざすことを強要したのであります。

 その「故郷喪失」が、己の心に受け入れることのできないその古里の風景を、思い出そうとすることすら拒否し、夢ですら見ることを拒むのであろうか。私の心も、見る夢も、あれから二度とその風景を映しはしない。
 古里というものが、幼き心の形成の一部であるとすれば、私の心に在ったそれは、その時、ほぼ完全に欠落、消失してしまったのである。
 私はそれ以来、帰郷を拒み続けている。
 老い耄れた今、故郷を一目見てから死にたいと、切なく想う。
 が、拒絶反応は強過ぎるくらいに強く、あの風景を見ることを強く拒み続け、帰郷するという勇気は湧いてこないのであります。
 もうそんなには長くない命であろうことは確か、いつの日にか、その呪縛は解けるのであろうか。

 夢に見る見知らぬ風景が、その故郷の風景の欠片であるのか、残滓であるのか、それとも未練であるのか、それは解らない。

                -その十一に続くー


  その十一「夢の中の同窓会」

「夢を見し 幼き顔の同窓会」
 なんて拙句で始めることを御赦しください。
 老い耄れて先が短くなったせいか、この頃よく同窓会の夢らしきものを見るのですが、夢のこと故仕方のないこととはいえ、その顔はみんな幼いあの頃の顔のまんま。
 まぁ、怖い夢を見るとか、そういう夢ではありませんので、ほとんどの場合、ほんわかですよね。
 私、都合四回転校しましたから、時には友達が混在?訳の解らぬことになっている場合も多々あります。そんなせいで、その時代の同窓会の知らせも届かないのでありますが、「夢が壊れそう」で、もし届いたとしたら、「出欠」どういう選択をするのでしょうか。
 一番見たいのは、やはり初恋の人の夢なのでしょうが、ははは、残念なことに、記憶にある限り、彼女の御登場はたったの一回。私とは縁の薄い人だったのでしょうか。
 それに比べてよく登場してくれるのは、「一生くん」。
「一生くん」、取り分け仲の良かったという訳でなし、近所でもなし、その理由には未だ持って行き着きません。余り闊達な方ではなく、どちらかというと、控えめで優しかったなぁという印象の強い方でしたね。
 そのほかの方は、多くの場合、その夢の主人公的存在を除いては、「顔無し」なのですよね。
 正確に言えば、夢から覚めた時、その顔を思い出そうとしても、誰であったのか、どうしても思い出せない。つまり「顔なし」なのです。
 ですが、「同窓会」ですから、その他大勢もみーんな懐かしい友達であるはずですよねぇ。「一生くん」一人が、若しくはその夢の中のたった一人が、というのは解せません。
 まぁそれが夢たる所以、と言ってしまえばそれだけのこと、何も深く追求することでもないような気は致します。
 ほとんどが、会費を払っていない?せいか、物足りないほどに短い「夢の中の同窓会」なのですが、会費とか、美味しい料理とか、旨い酒とか、綺麗になったあの娘とか、そんなシーンは一度たりとも無いのです。
 あの頃は、皆ビンボーの時代で、そういう贅沢な思い出は皆無と言っても過言ではないですから、そういうことも原因の一つなのでしょうか。
「会いたいと思う人には遭えもせず」というところかなぁ、「夢の中の同窓会」は……。
 ついでに拙い歌をもうひとつ。
「君知るや 十四の夢を想いたる 吾が心の軽き痛みを」 
    お粗末様でした。
                     -その十二へ続くー


その十二 「悪夢」

 今この現実が「悪夢」のようなものなのに、ははは、その根にあるであろう御方が、「悪夢」を連発。
「この世をば」なんてそのうち宣いだしそうな気配ですが、これこそ「悪夢」。まぁ、欠けてゆかなかった満月はございませんし、「驕る平家は久しからずや」なんてこともございます。ここは我慢の何とやらでしょうか。

 いえ、そんな現実世界のお話ではないのです。私が見る「悪夢」についてなのですが、概して「悪夢」というのは、何処か心身不調の時に見ることが多いのは確かなようで、私の場合、風邪などひいて熱のある時、何処か内臓とかの具合が悪いとき、寝相が悪いものですから、可笑しな具合になって寝苦しいとき、精神的に追い込まれているとき、とかでしょうか。
 夢としての現われ方は千差万別というのか、かなりの幅、違いはありますよね。
 一番多いのは、誰か何か得体のしれないものに追いかけられて、怖くて怖くて、ただひたすら逃げる夢。
 次ぎによく見るのが、嫌いな動物が、ぐしゃぐしゃと多く居る夢。
 これはもう恐怖、なのでしょう、追い詰められたりして切羽詰まり、その中を走り抜けたり、その上を低空飛行で飛びながら逃げ回る訳ですが、これが、踏み付けそうで踏み付けない、落ちそうで落ちない、助かると言えば助かるのでしょうが、ははは、こういう時は恐らく魘されていますよね。
 何が嫌いかって、例えば蛇とか、百足とか、一気に沢山湧き出た蛆虫とかなのですが、その類が単品?なれば、極端に嫌いで怖いというのではなく、そんなのが、一杯ゴチャゴチャ蠢いているあの光景が、身の毛もよだつ程に嫌いなのです。
 単体であれば、蛇も掴めますし、蛆虫だってお魚釣りの餌にしようと釣り針に刺すこともできます。
 何故かうじゃうじゃと集団になって蠢いているのが怖い?んですよね。テントウムシの越冬は、何十何百匹が塊となって日当たりの良い所で体温を維持しているらしいのですが、あの状態、あれもいけません。

 ある春、渓流釣りが解禁になった三月の初め、多摩川の源流近く「丹波川」に山女魚を釣りに行ったのですが、かなり厳しい崖をへつっているとき、ホールドにするには少しヤバイかなと思われる浮石がありましたので、それを落とそうと動かしましたら、何と、その石の下に、テントウムシが越冬状態、うじゃうじゃといるではありませんか。
 哀れ、身の竦んだ私はそのまま淵の中へドブンと落下、全身濡れ鼠。その前に釣れた一匹の小さな山女魚だけで退散。それ以来「丹波川」へは釣りに行っていません。
 まぁこれは現実に起こったお話ですが、それだからして、夢の中でも、「怖気」が……。
「悪夢」なんてものは、見ないに越したことはありませんが、心の繊細な、か弱き者には避けて通れないもの。とすれば、あれだけ厚顔な御方でも「悪夢」を見たというのですから、心の何処かそんな繊細さをお持ちなのでしょうね。
 うーん、下衆の勘繰り、あのことやら何やらで、一杯嘘ついてるからかなぁ、あの人は……。
             -その十三へ続くー



  その十三 「大間の鮪で晩酌の夢」
 
 買い物に出かける愚妻の「何か食べたいものある」という問いかけに、
「大間の鮪の赤身」と即応える。
 するとどうなるか?
「パカッ」ですねぇ。
 いえビンボーだからそんなもの食えるかという意味合いで「バカッ」と言われたのではなく、冗談もいい加減にしろと「パカッ」と、コツンと頭を殴られたという訳でして、ははは、私は、そんなこと訊く方が悪いと思っているんですが、やはり、死ぬ前に一度でいいから「大間の鮪」を当てに、熱燗で晩酌をと「夢見る」のではありますが……。
 因みに、昨夜は「鮪の切れ端」所謂「ブツ」でしたが、十切ればかしで二百五十円くらいだったかなぁ、「大間の鮪」の「ブツ」は、やはり高いんだろうなぁ……。
 私は、大トロや中トロではなく、マグロの赤身の方が好きなのでありますが、まぁ人それぞれ、旨いと思う方を食べればいい訳ですが、ビンボー人は、中々そうもいきません、大概は、安上がりの「シラス納豆」や「さつま揚げ」で我慢していますが、まぁこれもひと工夫して、小葱を刻んで添えたりすれば、これもまた捨てたものではございません。
 最近の冷凍技術の進歩は凄まじく、「鰊」なんかもお刺身で戴けるようになりましたから、「猫跨ぎ」なんぞと呼ぶには畏れ多くも勿体なく、とんだ罰当たり。「鰊の刺身」を当てに、熱燗をちょぼちょぼやりながら、ソーラン節でも口遊み、夢の世界へふらふらと……。
「鰊の刺身」も、小葱に生姜の磨り下ろし、卵の黄身を添えれば、これはもう超贅沢な逸品、是非お試しあれ。
 私の質素な晩酌での超贅沢は「天然山葵」でしょうか。
 あの小さく四角いパックの山葵、最近はあれも随分美味しくなりましたよね。ですが、ある時、岩魚釣りに行きました渓流の山蔭で「天然山葵」畑に遭遇いたしまして、それからは、ちょくちょく、山の神様に感謝しつつそれを二、三本戴いては冷蔵庫に保管、折あるごとに戴いているのですが、親指よりも太い天然山葵ですから、それはもう美味、大変重宝致しております。
 もうじき渓流釣り解禁ですよね、そうなると、先ずは「屈」、そして「タラの芽」や「こしあぶら」、やがて山の宝石「山独活」と、山菜も旨い奴が沢山採れるようになります。

 まだまだ寒い春待ちの日々、コタツムリを決め込みながら、そんなこんなの夢を見る老い耄れの今日この頃ではあります。
               ーその十四へ続くー


 その十四 「望郷の夢と蒸気機関車」

「故郷は遠きにありて想うもの」とか、「♪夜汽車に揺られ幾時間」なんて歌謡曲も御座いましたが、凡人には、やはり後者の方に思い入れが御座いますねぇ。
 そんなこんなも、こう文明が進んでしまいますと、まるで縁のないもの、極端な言い方をすれば、あっという間の旅で、目的地へ着いてしまうのでありますから、懐かしさの湧かないものとなってしまいましたよね。
 私が田舎から上京しました頃は、十八時間とか、そんな長い時間「夜汽車」の、あの独特の匂いの中で、ガタンゴトンと揺られて……、そう、05年に廃止されてしまった寝台特急「さくら」とか、そんな旅だったような記憶があるのですが。

 皆様は「振り出しに戻る旅」と「行った切りの旅」を意識したことがありますか。
 旅に出る時や旅の途中でそれを意識した時、人の心はしばしの感慨に襲われますよね。
 特に後者である場合、つまり、「行った切りの旅」である場合、それは強く己の心を支配し、その旅の重さみたいなものも、常には無く意識されるに違いありませんよね。
 老い耄れの旅とは、そんなもの。
 であるのでしょうか。
 あの、上京したときに揺られた、寝台特急「さくら」の思いは、明日に希望を抱く若者の旅。
 今、空想の寝台特急「さくら」に揺られるこの旅は、人生終焉の旅。
 いえ、悲しい思いでそれを語ろうとするのではありません、客観的というには、この老い耄れ、思い入れが激し過ぎて、とてもそうはいきませんが、うーん、何というか、他人ごとのように「死地へゆく旅」と、ちょっぴりの「哀愁」を込め、無責任にそう申し述べておきましょう。
 その空想の旅の夜汽車、「さくら」に乗り込んだ老い耄れ旅人は、菫色に暮れゆく車窓の風景をぼんやりと眺めながら、感傷に浸ることなく、己の行き着くであろうその地を想うのではありますが、それそこは、ただの空想の地、必然として在る死せんとする時を間近にし、死地を追い求める老い耄れ旅人の夢なのでありましょう。
 ははは、しっかり感傷に浸っているかも。
 そこがもし、あの生まれ故郷であるなれば、その旅は正に夢、夜汽車「さくら」は、懐かしきあの故郷の駅のホームに滑り込んでゆくのでありましょうが、残念ながら、私の生まれ故郷の駅に「さくら」は停まりません。

 この頃、我が住まいの近くを「蒸気機関車、大樹」が走るようになりまして、あの懐かしい「シュッポシュッポシュッポッポ、ピーッ」と蒸気機関の音と共にその地響きまでが聞こえてくるのでありますが、遠い汽笛が「ボーッ」と聞こえてきますと、あらぬ感傷の世界に引き込まれゆき、私にとっては下らぬ夢、つまり、拒否せざるを得なくなった「望郷の夢」を見る訳ではあります。
 私の育ったところは「機関区」のすぐ傍。毎日「蒸気機関車」を目にし、「転車台」の光景も、枕木で造られた柵の手の届くような直ぐ向こう、そしてあの石炭の匂いを嗅ぎながら育ったという、正に日常の風景の一部でありましたから、今聞こえてくるその響は、この老い耄れの血肉を躍らせ、見果てぬ旅の夢へと誘ゆくのであります。
 今老いて、その響きが日常のものとなりゆく中で、「死地へゆく旅」の「さくら」は、その「哀愁の蒸気機関車」なのでありましょうか。
 そしてその「望郷列車」に乗り込むことのできた私は、ゴトゴトと、その硬い座席に揺られながらみる夢の中、あの懐かしき古里の風景の中へと……。

                ―その十五へ続くー


その十五 「クマさんの夢」

 童話や童謡の世界ではございませんから、ははは、「♪ある日森の中、クマさんと出遭った♪」という、当然怖い夢と現実のお話しです。
 渓流釣りと山歩きが好きなせいか、その危険は常にございますが、山歩きを始めた若い頃から、一度でいい、クマさんと遭遇したいなぁというのが、ひとつの憧れ、夢でしたから、その夢を見る頻度は、恐らくクマ撃ちの猟師さん並であろうことは確か、自信満々?。
 ある日、会津は只見の山奥で、遠い雪渓をクマさんが横切ってゆくのを見た時は感動でした。
 ですが、かなりの距離を置いた場所でしたから、臨場感というか迫力というか、そんなものには乏しく、ラッキー、やっと遭えたなぁというくらいのものでした。
 当然のこと、それ以来、もっと近くで遭ってみたいと思うようになりましたが、雪の上の真新しい足跡や、今しがたまで、すぐそこに居たらしい強烈な悪臭には幾度か遭遇いたしましたが、なかなか、すぐ近くというのはございませんでした。

 夢の中では、何度も遭遇するのですが、当然のこと、そういう場面にあったことが無いのですから具体性が無い。従って恐怖感も無いのであります。
 が、ある日、遂にその日が……。
 いえ、夢ではなく、現実に……。

 会津のとある渓流、川幅五メートルくらいの沢を釣り遡っていた時でした……。
 ちょっとした砂防堰堤の好ポイントに竿を出している時、滝のようになって落ちる流れの音に交じって、「ぼきっ」と、重い何かが太めの枯れ枝を踏み拉いたような音がすぐ後ろで……。
 直感的に「熊だな」と……。
 振り返ることの恐怖と、そうでない恐怖、ははは、いずれにしても、振り返るしかございませんよね。
 そう思いつつも、さて、川の中に突っ立っているし、腰に鉈とかの得物は無いし、が、兎にも角にも現実を見つめなければ始まらない?と覚悟を決め、そぉーっと身体を捻り後ろを窺うと、五メートルばかし後ろに、低い灌木の藪を挟んで大きなクマさんが……。
 クマさんも振り返る私の気配に気づいたのでしょう、立ち上がると、藪越しに「目と目」が……。
 その大きさは想像を超え、私くらいかもう少し大きい。これが猟師なら、孫子の代まで語り継げそうな伝説の大熊退治物語との千載一遇のチャンスなのでありましょうが……。
 あーあ、万事休す。絶体絶命。
 しばしの睨み合い。
 その時、私の心は妙に落ち着き払ったままで、「あ、こいつ、可愛い優しい目をしてるなぁ」って……。
 クマさんの目に、敵意のようなものが微塵も感じられないのです。
 そのまま、いくらかの時が流れ、やがてクマさんは私から目を逸らすと、ゆっくりと右の方へ。が、次の瞬間、それまでの悠長さが信じられないような速さで、山の林の斜面を一目散に駆け登って行かれました。その背中の黒く輝く見事な毛並み、身の熟し、只々唖然。
 
 全てが偶然のなせる業、何かが一つ違っていたなら……。
 それ以来、私の夢に登場してくるクマさんは、怖いことは怖いのですが、決して私を襲わない優しいクマさんたちばかり、畏れと敬意を抱きつつ、仲良くお付き合いさせていただいております。
               ―その十六へ続くー



 その十六 「見果てぬ夢の欠片」

 見知らぬ街で……。
 街、若しくは町。というには、ほとんど該当しないのが、私が旅ゆく「まち」の風景であろうか。
 私のさ迷い歩く「まち」は、そのほとんどが、いや、全てと言えるかもが、山里の風景の中。
 忙しなき時代の流れに取り残され、その山奥に置き忘れられたようなその空間を彷徨う時、哀愁を伴う傷心、そんなものが複雑に入交り、止まったような時の中に立ち尽くす。
 それは、多くの場合、あの遠き古里の匂いの中に在る。
 
 流れ逝き去った遠きあの頃は、もう戻ることは無いのであろうが、老いた旅人は、微かに香るその懐かしき匂いを嗅ぎたさに、その中を彷徨い続け、やがて疲れて立ち止まる。
 ふと見つけた戻らぬ己の昔の風景の中に立ち尽くす時、後悔にも似た傷心の中で、旅人は見果てぬ夢の欠片を追い求めているのであろうか。そして、その揺り籠の揺れるが如き懐かしき安らぎに身をまかせる時、旅人は、あの幼き日の心に出遭い、やっと己の安息の時、若しくは居場所を見つけ出したことに安堵するのであろうか。
 いや、それは既に忘れ去られようとしたそれぞれの夢の風景の中で、垣間見る事の出来たであろうあの幻の欠片に、迷うことなくしばし身を預け、束の間の安息に身を委ねる己のみすぼらしき姿を突き付けられるのみなのではなかろうか。
 
 ゆくりなくも、その場所に廻り遭うことのできた時、感動に心震わせ立ち尽くす旅人は、過ぎ逝きし過去を追い、しばしの安らぎに浸りゆき、やがてまた旅人となりて、その余韻の中を彷徨いながら現実世界へと戻りゆくのであろうことは確かであろう。
 が、只感傷に耽るのではない、縦しんばそうであろうとも、決してそれは現実世界からの逃避ではありえず、帰らざる刻への決別と、残された時への挑戦であるのかもしれない。  
 老いを背負いし旅人の心は、それらの旅の中で、心安らぐことを望んでいるのでは決してないのである。
 むしろ、年老いた己を窮地に導き、それに立ち向かう勇気を与えてくれるであろう何かを、そこに追い求め続けているのではないのだろうか。

 己の亡霊であろう夢の欠片。その鋭い欠片の切っ先を己自身の胸に突き付け、避けては生きてゆけぬその夢の迷路の中へと己を追い込んでゆく。
 そうすることで、ここまで生き背負いこんできた何かに正対しようとする。
 未だ行き当たらぬそれは、旅を止めることを赦さず、只々流離うことを強いるのではあろうが、ここまで生きるに、糧としてきたであろうその苦行の杖となり道連れとなり逝くこともまた確かである。
 老いるということは、反面、その夢の欠片をひとつずつ捨てゆき、身軽になろうとすることであるのかもしれない。が、それを出来ぬ者は、己の屍を背負い彷徨うことを強いられながらも、懸命にあの夢の欠片を掴まんと、抗い生きようとするのではなかろうか。     
 杖突き彷徨う懐かしさの漂う風景の中、そこに迷い込む時、それは幼きあの日の冒険の時のように、老い耄れし私の心を静かに昂ぶらせ、さらなる未知の世界へと迷い込ませゆき、叶わぬ夢の中へ戻りゆけと囁き誘うのである。
 どこか懐かしい匂いの漂うその未知なる風景の中に佇む時、その姿はもう、あの遠い日の新鮮な心が持ち続けていた、胸躍らせるあの快感をいっぱいに抱き込んだ少年に戻ることを赦された自分であるのかもしれない。
 彷徨い歩き仰ぎ見る蒼穹の果てに追う夢、それは老いて朽ちゆく我が野晒しの夢ではなく、幼きあの日、草に臥しその蒼き空の彼方に何かを夢見た、あの「見果てぬ夢」の欠片を追い続ける少年の夢なのではなかろうか。
                 ―その十七へ続くー


その十七
 ND募集中の「ラストレター」に想ったあれこれと少年の夢

「ラストレター」、この老い耄れには「遺言」と読めるが、ははは、それは誤りか、気のせいか、それとも僻目か。
 まぁ何れにしても、そんなものではあろうが、事務的なものを除き、そうでないもの、そんなもの、全てひっくるめ最後に「手紙」を書いたのは何時のことだったのだろうか。
 あれ程頑なに拒否し続けた「ケータイ」を受け入れ、メールという文明の利器を手に入れた日に近いある日であったろうことは確かであると……。
 一体誰にどういう内容の手紙を送ったのであろうか、それすらも、すでに茫洋とした老い耄れの記憶の彼方。
 世の中あまり便利になり過ぎると、こういう弊害が起きてくる。認知症の患者が増えているのもその至便性の成れの果てではないのか。あまりに至便性を追求し、AIなんぞともてはやされる「文明文化」が進みゆけば、遂には、生まれ落ちた一瞬の記憶から物忘れは始まり、脳細胞はその必要性を失ってしまうなんぞと、この老い耄れはその怖ろしさを危惧するのではあるが、みんな冷笑って耳も貸してもくれない。
 まぁ所詮素人の手慰み、私の書くことに大した重みは無いのである。
 が、それだからして天衣無縫、適当且つ無責任に稚拙な文章を恥知らずに公の場に書き散らかすことが出来る訳であるからして、こういう場を戴き書くということは、素晴らしくも楽しいのである。
 先ずは、NDスタッフの皆球に感謝。
 何だか焦点が暈けてきているぞ、老い耄れの頭は仕方がないなぁ……。

 今思えば、十四の頃、私が初めて小説というものに憧れ挑戦したのも「手紙」であった。
 端的に言えば、「ファーストレター」は、手紙形式の小説であったのである。
 うーん、すれば、この「ラストレター」に挑戦すれば、即ち顛末ということか。
 うん、これは生命に関わる、止しておいた方が好い、本物の「遺言」に成り兼ねないものなぁなんぞとブツブツ呟きながらも未練がましく、何か書けるかなぁと思案中ではある。
 あの頃書き始めた日記、途切れ途切れにこの年まで。
 あの若き頃の日記、それは己の人生の夢への「ラブレター」であったに違いない。多くの「恋」は成就することなく果てていってしまったけれど、何より大切な「愚妻殿と書くこと」は、しっかりと今もここに在る。
                   ―その十八へ続くー

その十八
 草食願望
  
 卑しい夢、
 いや、さもしい夢なのかなぁ

 夢の中で、柔らかい新緑の葉を旨そうに食べていた。
 いや、虫や牛になった訳ではないようであったが、食べているのは自分だという認識は確かに?あるのであるが、その主体は思い出そうとしても映像的な形にはならない。
 勿論、人間であるという認識もないし、それが何処であるのかも判らない。

 ただそれだけの短い夢。
 ストーリーも無ければ他の人も現れては来ないし、その他大勢的な登場人物も場面展開も勿論ない。
 やたらその新緑の葉が瑞々しく美味しそうに、鼻先というか口先というか、馬の鼻面に人参みたいに、そこに在ったのである。
 二日前に戴いた「山葵のチラシ御飯」のせいかもしれぬが、渓流釣りに行った渓で見つけた山葵の若葉を軽く塩漬けし、三日ほど置いて、「菜飯」のように温かいご飯に塗して食したのであるが、夢に見るほどそんなに旨いというものでもなかったし……。

 夢なるもの、朝目覚めれば儚く消え逝くものなのであろうが、いつもその泡沫の残片は心の何処かに引っかかっているからして、気にしだすと、相乗的にこんがらがった釣糸のように、どうしようもなく気に掛かり、徹底的に解いて見たくなって仕方がないのである。
 がまぁ、それも自分がそういう性格を持ち合わせただけのことで、なぁんにも気に掛からない人も居るのではないのだろうか。
 生まれつき備わったようなそんな性格に拘泥し、独り寂しくこんがらがった糸を解いている。まぁその姿がこんな老い耄れであれば、それは寂しく侘しいものであろうことは、大方想像できるというものであろうか。
 
 いやいや、人物として把握できていないのであるからして、その寂しく侘しい老い耄れが、新緑の葉を食していたのではないことは確かで、またそれが美味しかったという記憶もない。
 土台、新緑であれば何でも食べられるという訳でもないし、美味しいということも無いのである。が、人は逞しいというか、卑しいというか、食べられそうなものは、如何にしても食べようとする。
 いや、食べられそうもないものまでも食べようとする……。というのが正しい表現か。
 勿論、そのまま生食、サラダになればそれで何の心配もない。
 ではそうでないもの、例えば灰汁が強いとか、苦い、辛い、渋いとか……。
 口卑しい人間は、ありとあらゆる手練手管を用い、人の食べられそうもない新緑を食べようとする。
 灰を使って灰汁を抜き、煮出して、塩漬けして、水に晒してと、様々な工夫を凝らしてそれらを食べられるものへ変えようと努力する。そして、あろうことか、美味しいと言わざるを得ない葉っぱに変えてしまうのである。
 それを逞しいとはいっても、卑しいという人はいないのであろうが、私は卑しい。
 野辺歩きというか、まぁ渓流釣りの途中というか、そんな時に美味しそうな新緑の葉を見ると、ふふふ、こいつは旨そうだなぁと、ついつい口に持ってゆき、最初は恐る恐る、次第にむしゃむしゃと。
 いえ、大概は食べられませんし、慌てて吐き出し、水で口を漱いでも、いつまでも苦みや渋みが口の中に残り続け、時折はひどい目に遭うことも儘ございます。がまぁ、ほんの僅かな量を試してみれば分かることですので、これまで、下痢をしたりとそんな目に遭ったことはございません。
 名の知れた毒草、例えばトリカブトなんぞは、あらかじめこのボーズ頭の中に教え込んでおりますので、似通ったものにも当然口を出す?ことはございませんね。

 ただ一度、子供の頃でしたか、まぁあの頃は皆ビンボーで、ある時、近所の大きな子に、「つばな」(茅花)という、「茅」の花芽が食べられることを教えられまして、その柔らかい穂を貪るように食べたことがあるのですが、ははは、少し伸びすぎたものまでむしゃむしゃ卑しく食べたのでありましょう、その翌日の朝から、出るものが出ない。
 つまり、「ふんづまり」になってしまったのですが、あの時は大変でしたねぇ。やっと通じた?時、ははは、うんちの中に、未消化の「つばな」が丸い塊になって……。
 学習能力の足らぬ私は、長じても、その経験は生かされず、卑しさだけが増し、ははは、新緑の柔らかく旨そうな葉を見ると、ついついむしゃむしゃと……。

 そうかぁ、あの夢には、幼いころからのそういう積み重ねられた経験も反映されていたのか……。
 もうじき山菜の季節ですよね……。
 そうなると、こんなことはしていられません、老い先短い身でありますからして、柔らかく美味しい葉っぱを求めて、野や渓を彷徨わなければ……。
 あーあ、「老いてしも 夢は山野を駆け巡る」かなぁ。
                ―その十八おわり 十九へ続くー


その十九
  旅人の夢

 想えば、あの古里を出でた日から、自分は常に旅人であったのではなかろうか。
 老いを迎えた者誰しもが思うことなのではあろうが、もし、あの時あのまま、あの古里に留まることが出来ていたであろうならと……。
 戻らぬ時の流れ、過ぎ去った日に還ること、それは叶わぬ夢ではあろう。が、老いさらばえた今、その心は、あの叶わぬ夢を再び追い求める。
 そう、あの時もまた、見知らぬ街を目指す夜汽車に揺られながら、あの古里に翔んで帰りたいと切なく願っていたのである。が、まだ幼き少年の身にそれは叶わぬこと……。
 いつしか泡沫の夢と消え去りゆきそうなそれを、心の奥底に決して忘れること無く抱き続け、今日の今日まで生き永らえてきたのであろうが、老い耄れた今、思い返せば、その哀しみは、いつの間にか己の血となり肉となり、この歪な人間を作らしめたのではないのか。
 いや何、それが故に生まれたであろう己の歪められた生き方が、今の私の心を形成したとか、そんな怨み言を宣おうとしている訳ではない。自らの運命を決める術を持たぬ少年が、抗えぬ運命のようなものに流されながら、今、曲りなりにもここまで生き、その老いさらばえし身を終えようとしていることに、不可思議な感動を覚えているだけなのである。

「忘却とは忘れ去ることなり」とか……。
 が、少年は、決して忘却の彼方に故郷を置きざりにすることは無く、その心に突き刺さった刃の欠片として、常に血を滲ませながら、時にはその痛みを堪え、時には自らその刃をさらに深くへと突き立て自傷し、哀しみの中に生きてきたのではなかったのか。

 古里という壺中に、ただ安穏と生きることのできた者、縦しんばその地を離れようとも、いつでもその心地よさの中に身を戻せた者、当然と言えば言えるそれを甘受できた者は幸せと言えるであろう。がしかし、そうではない者、それは、違いなく、望郷という思いの中で苦悩しつつ、前者とは交わることの無き時空を彷徨い続けたのではなかろうか。
 いや、その一対をなすであろう前者の定めを云々しようとするわけではない、そうではない者として生きてきた己の心の一端を自分に突き付けなおすことで、今、老いさらばえたこの身を見つめてみようかという老いの感傷に託け、還らざる夢を振り返ろうとしているだけなのではある。
  ただひとつ、あの故郷を想う時、半世紀もの刻を重ねようとも成しえなかった、帰郷という夢が、己の上に、暗く覆い被さってくる。そして今、老いという避けられぬ人の定めが、尚一層の望郷の念を掻き立てるのではある。
 
 人は、望郷の旅を続けながら、純粋にその故郷へ帰らんと願うだけではあるまい、それを拒否しながら、それを求めて彷徨い続けるという運命の痛みを、己の糧として生き様の内に取り込みながら生き永らえようとするのではあるまいか。
 それは、故郷へ帰ることを心の何処かで拒み続けるがゆえに、恰も、それに寄生するが如く抱きしめ、細々とその血の一滴に縋りつく、哀しいほどに未練がましい者の姿ではあろう。
 なれば、夢を捨てきれずに彷徨い歩くあの幻の山河は、決して懐かしく美しいものでは有り得ず、痛みに耐えながら、荒涼とした果てしなき道を、夢見彷徨うが如く、血の滲む足で歩むに似たものであるのかもしれない。

 願わくば、この骸を、あの故郷の山河深く埋めんと欲するは、この心の安らぐところを求めるがためではあろうが、その心の片隅で、永遠に還ることなく望郷という時空の中を、永遠に彷徨い続ける旅人とならんことをも、相反すると知りながらもまた夢見ているのではなかろうか。
            ―その二十へ続くー


その二十
 「寂寞の夢」

 「寂しゅうて 縋りつきたき想いあり」なんて拙句ではございませんが、人は、そういうものとかに、己の夢の残滓を追い求めるような時があるものですよね。
 真夜中にふと目覚めて、そんな残滓にふと行き当たる時、人はきっと後ろ向きに生きている自分に、自覚する、しないに関わらず、相対せざるを得ないのでしょうね。
 その夢の多くは、恐らく哀しい夢。己にとって、出来得れば思い出したくない夢なのではありましょう。が、痛みを弥増すような真夜中の闇の静寂がそれを赦さない。
 そしてその静寂は、確実に己との正対を強いるのである。
 それを嗤って無視し退けるか、はたまた、敢然と向き合うのか。いや、敢然は少しオーバーか、なれば、真摯に向き合おうとするのか……。
 いずれにせよ、その闇には己独り、けして誤魔化すことは出来ない寂しい夢の静寂なのである。
 その寂寞の中で、人は己の来し方を突き付けられ、己が心に跪くに違いない。
 後には戻れぬその身にさえ、人は明日を夢見、貪り、そして生き続けようとするのであろうか。
          ーその二十一へ続くー


その二十一
 寂しい夢

 「寂しゅうて 縋りつきたき想いあり」なんて、前にも紹介させていただいた拙句ではございませんが、人は、そういうものとかに、己の夢の残滓を追い求めるような時があるものですよね。
 真夜中にふと目覚めて、そんな残滓に行き当たる時、人はきっと後ろ向きに生きている自分に、自覚する、しないに関わらず、相対せざるを得ないのでしょう。
 心寂しい夢を見る時、その多くは遠い過去の記憶の欠片であり、出来得ればもう触れたくはない過去、逃げ出したい過去みたいなものを、否応なしに突き付けられる。

 そう、それは逃げているのかもしれない。逃げ出したいのである、逃げるのである。
 逃げているから、心根の何処かに、常に一抹の寂しさが訪う。
 そういうことではないのだろうかと、その一面にふと気づいた時、だからといって、決して、その寂しさから完全に逃れようとはしないというのもまたややこしい己の心の在り方ではある。が、確かに、その寂しさが存在しない夢の残滓もまた寂しい。
 寂しさは朋。
 そんな構図が己の心の内に、いつの間にか構築されてしまっているのではないのか。
 なればこそ、逃げているのであろうにその夢の残滓に寄り添うという、相反する心の動きの中で心の安らぎを見出しているという、不可解な心模様が夢の中で生まれ育ってしまっているのではあろう。

 まぁ夢であろうとも、それもまたお得意の現実逃避。
 逃れられない己の宿命ではある。
                 -その二十二へ続くー


その二十二
 獏になりたい夢

 一昨日、夢の中で三人の男が何かを追い求めているんですよね。その一人はどうも私らしくて……。
 追い求める、という表現は、ひょっとしたら外れているのかもしれない、探している、若しくは、捜していると言った方が好いのかも。
 忘れ物?
 いや、決してそんなものではないらしい。
 藪の中をのぞき込んだり、ごみのようなものを漁ったり、散らかった部屋の中をさらに散らかすようにかき回したり。
 見えそうで見えない何かを懸命に探し続けている。ただそれだけの短い夢。
 まぁ、遠い昔に、何処かで何かなんて、そんな忘れ物は誰しも思い当たることがあるのでしょうが、目覚めた闇の中でその夢を思い出そうと試みる時、その実体が不明だということは、悪戯に不安を掻き立て、心落ち着かぬものですよね。
 そうですねぇ、その時は、何故か罪悪感のようなものさえ感じられましたから、きっと何か過去の悔いみたいなものが介在していたのではないかと、ますます心の何処か奥底に、滅入りそうな陥穽の中に落ち込んでしまったような感じでしたが……。
 そんなに悔いるほど悪行を重ねてきたのかって、私を責めたり笑ったりしないでくださいね、ルパン三世のようには、大したことはやってはおりませんので。
 二日経ってもまだ気にかかるのですが、あれはひょっとして、「心の忘れ物」、そして自分では意識できぬ何か、心奥にずっと引っ掛っている何か、なのではないのだろうか。なんぞと深く深く考えを廻らす始末。
 もうこうなるとジレンマですよね。ますますあらぬ想像の深みへ落ち込んでゆく。
 闇の天井を見つめながら、小さい頃からそうだったよなぁなんて気づかされも致しますが、生まれつきの損な性格なのでしょうね。
 あっそれから、一緒に探してくれていたお二人、まるで記憶に無いのです。思い当たる友人も無し、近所の人でもなし、あの親切なお二人はいったい誰なのか、気にしだせば相乗的に膨らんでゆくこの不安、夢中の迷い人、迷宮の旅人なんぞと様にはならず、泡沫であるべき夢の中を、二日も経とうというのに未だ彷徨っているという体たらく。あーあ、私は獏になりたい
                ―その二十三へ続くー

その二十三
 流離の夢
 
 いつでも思い起こせる風景、そして人々、決して心から離れてはゆかない大切なそれらを、夢に見ることはほとんど無い。
 どれほどにその風景の中に帰りたい、身を置きたいと希求していようとも、それは残酷なほどに私の夢には現れてくれないのである。
 ただ、その風景の中へ向かおうとする夢を見ることは度々ある。
「流離」などという言葉を使えるのかなとは思うが、昨夜、第二の故郷ともいえるNという街を目指しながら、様々な障害に遭遇し、遂に行き着くことのできなかった夢を何度も見続けた。
 そう、途切れ途切れに夢の続きを見続けたのである。

 緑あふれる野辺を、まるで散歩のように軽快に歩きながらその町を目指している。
 ところが、いきなり工事中の野原に出くわし、その砂利やコンクリートの壁から抜け出せずオロオロウロウロ。工事現場の人に道を尋ねると、そこの道を真っ直ぐに行けという。
 が、その砂利道は、工事中の荒野の果てに消え、その先は途絶え、その町へ辿り着けるということは無いように思えた。
 礼を述べ、とぼとぼと引き返し、何処かに道があるはずだと彷徨いながら戻ってゆくと、小さな田舎の集落に出、またその集落の中をさ迷い歩く。
 見覚えのない村の風景の中を彷徨いながら、行き会う人々にまた道を尋ね続ける。
 草臥れ見上げる蒼穹は何処までも澄み渡り、山の緑がとても綺麗であった。
 透き通った川の水も綺麗だった。
 道を尋ねた人々はみんな優しかった。
 夢の中で、寂しいとか、哀しいとか、怖いとか思うようなことも無かった。
 それからも色んな所をさ迷い歩いたような気がする。
 最後は、もう疲れ果て、後ろ髪惹かれはしたが、朧なる目覚めを断ち切り、目を大きく見開いてその夢を終わらせた。

 ある意味では哀しく寂しい夢なのかもしれない。が、目覚めた闇の静寂の中で、その夢をぼんやりと振り返った時、私の心はそんなには落ち込んではいなかったし、疲れてもいなかった。

 あの町を離れてもう五十年にもなろうか、夢の中に、あの町の風景も、朋も、知る人も現れることはなかったが、目覚めた脳裏に浮かび来るそれらは皆懐かしく、死ぬまでにもう一度会いたいなぁと、ちょっと切ない哀愁を漂わせながら穏やかに思わせてくれるのであった。
              ―その二十四へ続くー


その二十四
 蒼穹の夢

 私は蒼い空がこよなく好きだ。
 その蒼穹を求めてよく会津へ出かける。
 勿論、天気予報をよく見て、出来うる限り快晴に近い日を選んでだ。
 
 蒼い空なんて、わざわざ会津へ出掛けなくとも、どこでも見ることは出来るじゃないかと言われれば、まぁそれはそうであろう。
 九州山地産まれではあるが、私は東北の風景が好きだ。若い頃からザックを担ぎ、北海道、下北や津軽、北上、栗駒、秋田、山形、福島、新潟と、その風景の中をさ迷い歩いた。
 そして行き着いたのが会津の山村の風景であった。
 何処かあの故郷の山河に似た山村の佇まい、その背景に広がる蒼い空。それが二時間も走れば、そのただ中に居られるという、ごく近くに在るのが、何より嬉しい。
 そんな風景の中を夢見るようにさ迷い歩く時、否応なしに、やがて消え去り逝くであろう己の命と向かい合う。
 寂しかないさと強がりながらも、その風景の中を歩き続けて泪する。
 誰に会うでも無い山の中だもの、構いはしないさと嗤いつつ、時として懐かしい歌など嘯きながら歩む時、その哀しみは、恐らく無常ともいえる時間空間の中に私を誘う。
 勿論、その風景の上に広がる憧れの蒼穹は、あの故郷の山河の蒼穹に繋がりゆく天であるに違いない。

 時として夢中、夢遊病者のように彷徨うその風景は、この老いさらばえた身を、止まった時間の中に閉じ込めてくれる。
 閉じ込められたその風景の中で、ここまで生きた様々な思いが心に行き交うとき、それは感傷的な哀しみの世界ではなく、老い先短い命へ、ちょっぴりの希望と勇気を与えてくれているのではなかろうか。

  幾山河越え去りゆかば寂しさの果てなむ国ぞ今日も旅ゆく  
 蒼穹の夢、それはまさにこの牧水の歌の中に在る。

 さらぼうて見る夢々の果てしなさ雲逝く蒼穹に泪しつゆく  NOZARASI
 お粗末様でした。
              -その二、二十五へ続くー



     
 

























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