第3話 祭りの前

文字数 4,458文字

いよいよ近づいた七夕祭り。簡素なもので良しとしたはずであるが、清吉が一番張り切っていた。

「清吉さん。これは何ですか」
「笹です。願いを書くのですよ」
「爺よ。これは大きすぎでは無いか」

確かに高さのある笹。しかし清吉はこれくらいないとならないと頑張っていた。

「おい。これは一番上には誰も届かぬぞ」

大きすぎる笹。文子はぽつと呟いた。

「ならば。今のうちに私が少し短冊に書いて飾りましょうか」

こういうことは詳しい文子。早速清吉が用意した短冊に願いを書き出そうとした。

「って。何がいいでしょうね」
「お前の好きにせい」
「……それでしたら。神社の再建とか。無人販売の成功とか」

真面目な文子。源之丞は天を仰いだ。

「ああ。嘆かわしいのう。女子(おなご)は現実的で夢がない」

この二人の様子。清吉がじっとみていた。しかし二人は続けた。

「源様は?何、かいて欲しいことはありませんか」
「背中をかいて欲しい。蚊に刺されて痒いのだ」
「後でね」
「いやいや、これは」

清吉は思わず二人に背を向けた。

「何じゃ」
「いや……すみませぬ。あまりに仲が良くて」
「な、何を言い出すのじゃ」

恥ずかしそうな源之丞。この時、神社の階段から子供達の声がした。

「何じゃ」
「ああ、伝助ですね。祭りの手伝いをすると申しておりました」
「まあ?あんなに子供が」

田植えも一息のこの時期。村の子供たちを引き連れて伝助がやってきた。

「姉さん!何をしているの」

短冊を前に子供達は興奮してしまった。

「私もやりたい!」
「俺も」
「はいはい。みんな順番よ」

文字が書けない子供もいる。文子はみんなをお堂にて丁寧に書かせていた。その時、ふと見ると、年頃娘が源之丞と話をしていた。

……誰かしら?源様がお話をするなんて珍しいわ。

仲良く話す様子。文子はつい、気になってしまった。それを知らず子供達は文子に訊ねた。

「お姉さん。私の短冊は?」
「俺のも見てよ」
「は、はいはい。どれどれ」

しかし。心は二人を見つめている文子であった。


そして短冊作りが終了した後、文子は二人の元に駆けつけた。

「あれ?娘さんは?」
「ああ。清吉の手伝いに行ったぞ」
「……知り合いですか」
「ん?まあな」

狐面の源之丞も無人販売の小屋の制作の清吉を手伝うといい、行ってしまった。

……何だろう。モヤモヤするわ。

「姉さん。ねえ!姉さん」
「どうしたの?」

伝助と子供たちは、手伝いがないか目を輝かせていた。せっかくの好意。文子は境内の掃除やお堂の清掃を頼んだ。

元々綺麗だった箇所。することはあまりない。子供たちは昼には家に帰っていった。

「あれ?源様はどこかしら」

見ると。あの娘と庭の石に腰掛け、何やら話をしていた。

……どうしよう。割り込んでも、お邪魔だもの。

遠くから見るだけ。心は胸騒ぎがしていたが、文子は源之丞の妻でも何でもない。今はとにかく心を抑えて囲炉裏の部屋で料理をしていた。

「ん、飯か。この娘の分もあるか」
「はい」

……ご馳走する気?珍しいこと。

文子はそれでも作った汁を椀に盛り、庭にいた二人と清吉に振る舞った。受け取った三人は和やかに食べていた。文子はその輪に入れず、囲炉裏端でいじけていた。

……挨拶をしてもいいけど。どうなんだろう。私は知らない話だし。

こうしているうちに、娘は清吉と帰っていった。後片付けをした文子。夕飯はもう完成していた。気を沈めようと夕暮れの天然風呂に一人入っていた。

……誰なんでしょう。源様の親しい人なんて。

人嫌いのはず。なのにあんなに楽しそうに話すとは。お湯を手ですくった文子。顔にそれを浴びせた。しかし、思いは晴れない。文子は思いを散らそうとお湯にざばと潜り、そして顔を上げた。

「ふう」
「おい」
「きゃあああ」

いつの間にか。風呂の草陰にいた源之丞。かがんだ状態。狐面は不思議そうな顔で文子を見ていた。

「熱いであろう。これでは」
「いいんです。このままで」

……怒っておる。なぜだ?

今日は祭りの準備でいい子にしていたつもりの源之丞。機嫌の悪い文子の気持ちがわからなかった。

「腹でも痛むのか」
「いいえ。平気よ」
「そ、そうか」

薄暗くなってきた湯。白い体の娘。彼はついその腕に目が入った。

「蜂の跡は。どうじゃ」
「こんな感じです。治ったでしょう」

見せてくれた白い腕。濡れた黒髪。桃色の染まる頬。サラシで隠しているが見えている肌。源之丞は息を呑んだ。

「源様。入るのでしょう?文子は上がります」
「あ。ああ」

どこか寂しそうな彼女はそういうとそそくさと風呂から上がり、母屋へ行ってしまった。

……何じゃ。何を怒っているのだ。

その後。風呂に入った源之丞。ゆっくりできなかった。すごすごと母屋に戻り、彼女と一緒に夕飯にした。

「いただきます」
「いただきます……」

静かに食べる娘。今夜は大根がたくさん入った粥。面を外した源之丞。文子ばかりを見ていた。

「なあ」
「なんですか」
「そのな」
「ネギですか?まだありますよ」
「あ。ああ」

椀にパラパラかけてくれた文子。源之丞は静かに見つめた。

「あのな。なぜ怒っておる」
「怒ってません……ちょっと、気になっているだけです」

……確かに。あまり怒っておらぬ。どこか寂しそうじゃ。

「それは、なぜじゃ」
「今日、一緒にいた娘さんは、どなたなんですか」
「娘?ああ。あれか」

源之丞は食べながら話した。

「清吉の遠縁の娘じゃ。昔はよくここに来ておったが。嫁に行ってこなくなっのだ」
「今は?」
「ああ。旦那が若死して。子供もおらぬので帰されたと申しておった」
「そう、ですか」

その後も楽しそうに幼馴染の娘の話をする源之丞。彼としては文子の友人になるかもしれないという思いであった。

しかし文子にしてみれば彼に親しい女性がいる事実。寂しく聞いていた。

……お好きな人だったのかも。向こうもそんな感じだったし。

「そしてな。あの時、二人で川に流されて。俺はこうして助かって」

思い出話に盛り上がる源之丞。文子には寂しいだけだった。

「わかりました。仲良しなんですね」

スッと食器を下げた文子。洗う手。井戸の水の蛇口を見ていた。この台所も過去に彼女が使用したのかもしれない。寂しい心で色んなことを後ろ向きで考えてしまった。

「源様。おやすみなさい」
「ああ」

閉じた襖。今夜はもう終わり。祭りは明後日であった。

……大好きだけど。お嫁に来るのは、私が決めることではないわ。

今は彼の将来のために。無人販売を成功させるのが肝心である。文子にとっては源之丞は恩人であり大好きな人である。

その彼が嫁に欲するのが、別人ならば。自分は身を引かねばならないと思った。

……クヨクヨしても。仕方がないわ。まずは明日、そしてその次の本番よ。

布団に入った文子。いつかの彼の手を思い出していた。この温もりの思い出があれば。それで十分なのかもしれない。布団を被った夜、文子は静かに眠りについた。



翌朝。また例の娘が手伝いに来てくれた。

「初めまして。文子と申します」
「イネです。どうも」

農家の娘と話す彼女。体もしっかりしており、働き者であった。日焼けした腕と顔。文子には眩しかった。

「源ちゃんが世話になってるね」
「いいえ。私の方が世話になっていて」
「そんなことあるの?あははは」

彼を詳しく知る様子。文子はますます彼への気持ちの勇気を失いかけていた。そんなイネは明日の販売を手伝ってくれると話した。文子は素直に頼もしく思った。

……イネさんの方が、お似合いなのかもしれないわ。

こんな思いの中。彼は手伝いの子供や集まった老人と鳥居のしめ縄を締めていた。嫌われ者のはずの源之丞。しかし、実際は受け入れられている様子に見えた。

……源様のために。私もしっかりしないと。

「文子さんどうされました?」
「清吉さん。何でもないです。いよいよ明日が本番ですね」
「ええ。緊張されているのですか」

清吉の心配。文子は首を横に振った。

「そう、ですね。でも、頑張ります」
「あんまり張り切らないでくださいね。明日はトメも来ますので」
「はい」

どの人も優しい人ばかり。文子は夕暮れに帰る村人を見送った。そして源之丞と二人で囲炉裏を囲んでいた。

「お疲れのようですね」
「それはお前であろう。明日が本番だぞ」
「今夜は早く休みますね」

そう言った文子。寝る前に明日、源之丞が着るかもしれない白い衣装を見ていた。月夜に光る白い着物。そっと撫でてみた。まるで彼の愛でるように抱きしめた文子。その胸は源之丞の幸せだけを願っていた。


つづく

◇◇◇

「おう。イネか。達者であったか」
「源ちゃん。元気そうだね」

幼馴染の二人。再開の境内。仲良く話をしていた。久しぶりに会う二人。嫁に行ったが旦那が死に、子供がいなかったイネ。嫁ぎ先でこき使われそうであったので、さっさと出戻ってきた彼女は気さくな娘。そんな彼女、ふと遠くの視線を感じその先を見た。

「ねえ。あれが例の娘さんかい」
「あ、ああ」
「何を恥ずかしがっているんだよ!」

イネの方が恥ずかしくなり思わず彼の背を叩いた。

「痛ぇ?」
「全く。お前なんかのところに来てくれるなんて。良かったじゃないか」

芯からそう思っているイネ。源之丞を弟のように思っていた。

「で。嫁にもらうんだろう」
「い、いやそこまでは」
「何でだよ?このままでは居られないでしょう」

急に声が小さくなった源之丞。イネは嫁にもらえと言い出した。

「どうする気なの?」
「あれは金持ちの娘じゃ。こんな神社に来いとはいえぬ」
「何を今さら」

呆れたイネ。しかし源之丞の変化に気がついた。彼が嫁に欲しがっている事実である。人嫌いの彼。この変化にイネは感動していた。

「まあいいじゃないか。これからだよ!」
「祭りもあれは楽しみにしておる。だからやることにした」
「ベタ惚れじゃないか?これは私も汗が出てきたよ」

源之丞と文子が挑戦する販売。幼馴染として協力するつもりのイネ。しかし、挨拶をした文子は沈んだ顔であった。

……まずい。絶対、私のこと、誤解しているよ。

話せば話すほど。落ち込む様子の文子。イネはこれ以上は源之丞に託すことにし、念のため、この話をした。

「あんたね。ちゃんとその、好きだとか、嫁に欲しいって言っておきなさいよ」
「今は、無理じゃ、あれが疲れておる」

彼なりに思っているのもわかるイネ。しかし心配であった。

「早い方がいいと思うけど。お前さんがそこまで言うなら」

イネは当日の販売を手伝う約束をして帰っていった。源之丞、少々不安になった。



夕食後。文子はやはり元気がなかった。こっそり後をつけると、彼女はなぜが明日の衣装を抱きしめていた。

「何をしておるのだ」
「源様。いよいよ明日ですね」
「ああ」

彼は文子の隣に座った。

「どうした?もう疲れたか」
「あの。祭りの前が一番楽しいなって」
「は?」

文子は月を見上げた.

「終わるのが寂しいです」
「始まる前にそれは無かろう」

文子はこれに笑った。寂しい笑顔。思わず彼女の手を握った。

「明日……大変だったら俺に言え。何でもしてやるからな」
「はい……源様。文子もがんばります」

どこか切ない祭りの前。互いを思う二人の胸は、ざわつくのであった。


三『祭りの前』 完
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