第7話「北の町ソレストへ」

文字数 5,069文字

「ふむ…。魔王を操る大臣が、こちらへ攻め込もうとしている…とな。」
 魔物博士は、ツルギたちの話を聞くと、眉間にしわを寄せた。
「今更魔界なんか行きたくねーが、そうも言ってられなくてな。」
 ツルギは、ユリカを見た。
「とにかく、状況をこの目で見るしかねえ。俺とヨロイを浄化して、魔界へ飛ばしてくれ。」
「だめよ。行くなら、私も行くわ!」
「あたしも行くよ!話だけ聞いて、黙ってるわけにはいかないからね!」
 ユリカとスミレは、真剣な表情だった。
「けど…ユリカたちに何かあったら…。魔界は、危険な所なんだ。この世界よりもずっと、魔物が多いんだぜ。」
「そうです。スミレさん、ユリカさん。お二人に何かあったら僕は…!どうか僕たち魔物に任せて下さい!」
 ヨロイも言った。
「…確かに魔界は危険だが、ツルギとヨロイのたった二人で何が出来る?それこそ危険だとわしは思うんじゃが。」
 魔物博士が言った。
「かと言って、4人でも安全だとは思えない。」
 魔物博士は、腕組みをして、目を閉じた。
「博士!ツルギ!ヨロイ!私もスミレも本気よ。ミノルの話を聞いて、何もしないで待っているなんてできない。私の魔法も、スミレの錬金術も絶対に役に立つわ。」
「…そうは言ってもなあ…。肝心の、魔界へ行く方法がないんじゃしょうがねえだろ。」
「ねえ、博士!私たち人間でも、魔界へ行ける方法はないの!?」
「わしが、いくら魔物博士でもな…。ただ、幻の塔の話は聞いたことがある。そこへ行けば、異界へ行けるという。異界とは、もしかすると魔界のことかもしれん。だが…幻の塔と言われている塔だからな。そんな塔が、そもそもあるのかどうか。」
「幻の塔か…。それは、どの辺にあるか見当もつかないのか?」
 ツルギが聞いた。
「いや、場所は分かっている。南の砂漠の町、アビシスから東に浮かぶ、幻の島。そこに出現すると言われている。」
「なんだ。それなら、そこに行ってみるしかねーだろ。」
「しかし、よく考えろ。もし、幻の塔があって、そこから魔界へ行けたとして…、そして、どうする?魔王と戦うのか?あるいは、大臣と戦うのか?たった4人で?」
「……。」
 ツルギは渋い顔をした。
「それよりも、魔物がどうやってこちらに来るのか、それを調べた方がいいんじゃないか?そして、そもそも魔物がこちらへ来ないようにすれば、攻め込むことも出来ないだろう。」
「それは、そうだな…。」
「おそらく、こちらと魔界を繋ぐ、出入り口のようなものが、あるはずなんだ。そこを結界術で塞げば、魔物はこちらへ来れなくなる。問題は、その出入口だが…。」
「その、幻の塔が怪しいと思うわ。」
 ユリカが言うと、博士は頷いた。
「そうだな。幻の塔に出入口があってもおかしくない。」
「なら、幻の塔を調べに行こうぜ。」
「…言っておくが、幻の塔へ行って、帰った者はいないと言われている。」
「それでも、行ってみるしかねーだろ。他に怪しい所があるのかよ?」
「いや…。」
「まずは、アビシスまでどうやって行くかね。陸路では行けないわ。」
 ユリカは地図を開いた。
「船なら、東の都、ヤマトから出ているはずだ。それに乗れば、アビシスへ行けるだろう。」
「じゃあ、北のソレストを越えて、東を目指してヤマトへ行きましょう。長旅になるわ。」
「決まりだね。じゃあ、まずはソレスト目指して!」
 スミレが言った。
「もう一度確認するぞ。まずはここから北のソレストから東へ行き、山を越えて南下すれば、ヤマトに着く。そこから船で、アビシスへ行くんだ。」
 博士が地図を示しながら説明した。
 4人は、旅支度を整えると、北の町ソレストを目指して行った。

 コルバド北の森(博士の家から北にある森)では、魔物を浄化しつつ、レベル上げを行い、全員レベル10になった。
「ここから先は、どんどん魔物が強くなるから、気を引き締めて行きましょう。」
 ユリカが言った。
「浄化武器は、あたしたちのレベルに応じて強くなっていくみたいだね。新しい武器を買わなくて済んでお得だね。」
 スミレが言った。
「でも、ソレストでは、新しい装備を買った方がいいよ。防御を上げることも大事だから。」
「なんだか、4人で冒険するって、ワクワクしますね!」
 ヨロイが楽しそうに言った。
「おいおい、俺たちは観光気分で行くんじゃねーんだぞ。」
 呆れたように、ツルギが言った。
「いいじゃない。楽しい気分も大事よ。ずっと深刻な顔してたら、疲れちゃうでしょ。ツルギは、もう少し肩の力を抜いた方がいいわ。」
 ユリカが、ツルギを見て微笑んだ。
「…ま、それもそうかな…。」
 ユリカの笑顔が眩しくて、ツルギは顔を背けながら、照れたように言った。
「…なるほどね~。」
 二人の様子を見て、スミレは一人、頷いていた。

 次第に、風が冷たくなってきた。
 遠くに見える山々は、雪を被っていた。
 ユリカたちの住むコルバド地方は、比較的過ごしやすい気候だが、コルバドの山を越えると、一気に気温が下がる。ソレスト地方は、冬が長く夏の短い所なのだ。
 今は、春になったばかり。しかし、ソレスト地方はまだまだ寒い冬の気候だった。
 道がだんだん白くなり、雪道になっていった。
「転ばないように気を付けてね。」
 ユリカが皆に注意した。
 しばらく進んで行くと、町が見えて来た。
 町は分厚い壁で囲まれていて、入り口には頑丈そうな門があり、門番が両側に立っていた。
「そこの者たちは、旅人か?」
 門番に尋ねられた。
「はい。この町で買い物と、宿をとりたいのですが。」
 ユリカが答えた。ツルギとヨロイは、魔物の特徴である、尖った耳を帽子で隠していた。
「いいだろう。町で問題など起こすなよ。」
「はい。ありがとうございます。」
 ユリカは丁寧にお辞儀をして、門を通って行き、他の三人もそれに続いた。
「ユリカのおかげだな。」
 門から離れると、ツルギが言った。
「俺たちが怪しまれなかったのは。」
「そうですね。スミレどののおかげでもありますが。」
「へ?あたしは別に何もしてないけど。」
「スミレさんが、門番の方たちに微笑んだでしょう。それを見て、門番さんたちも癒されたみたいでした。」
 そう言って浸っているヨロイを、横目でツルギが呆れて見ていた。
「そうなの?別に微笑んだつもりもなかったんだけど…。」
 スミレは首を傾げていた。
「スミレさんの微笑みは、皆を癒してくれます。」
「それを言うならユリカでしょー。あたしはそんなキャラじゃないし。」
 スミレは、他人のことには敏感だが、自分のことには疎かった。
「ねえ、それじゃ早速買い物しようよ。お金のことなら大丈夫。父さんから少し借りてきたんだ。事情はちゃんと説明してね。そしたら、皆の分もって。あ、もちろん皆の分もあたし持ちだから、返さなくていいからね。欲しい物があったら言ってよ。」
「スミレ。そういうわけにはいかないわ。ツルギたちはともかく、私は薬師だし、お金なら出すわ。私の分は、ツルギとヨロイの分にして頂戴。いくら親友だからって、お金の貸し借りはだめよ。」
「全く、ユリカは義理堅いんだから…。じゃあ、ツルギとヨロイの分を買ってあげるよ。」
「本当に悪いな…。一応貯金はしてるんだが、まだあんまり貯まってなくてな。手持ちも少ないから、助かるよ。」
 ツルギが言った。
「僕も…情けないです…。本来なら、僕がスミレさんのために、花束を買ってあげたいところなのですが。」
「花より、何かおいしいものが食べたいなー。そうだ、お腹すかない?お昼食べてから買い物しようか。」
 スミレの提案で、昼食をとることにした。
 ソレストの町は、コルバドよりもかなり大きな町だった。
 店もたくさんある。
 4人は、カフェで軽く昼食をとってから、再び歩き出した。
 次に立ち寄ったのは、武器防具屋だった。
 筋骨逞しい店主の男が出迎えた。
「らっしゃい。何をお探しで?」
「武器は買わなくていいから、防具だね。ええと、ツルギは…?」
「今着てる革の鎧…ボロボロだな…。なんか適当な鎧はねえか。」
「じゃあ、革の鎧は売って、新しく鉄の鎧にしようか。あと、革のマントも装備するといいかな。それと、剣士なら盾も必要じゃない?この鉄の盾がいいわ。」
と、スミレが話しているのを、店主が聞いていた。
「お?お嬢さん、なかなか、詳しいんじゃねえか?」
「ああ、あたし、道具屋の店員やってるから。さすがに、ソレストは品揃えがいいねえ。」
「だろう?ここらへんに出る魔物は手ごわいからな。いいものを揃えるようにしてるんだ。」
 その後も、店主とスミレは意気投合したように話し続けていた。
 その間にツルギたちは、装備を選んで待っていた。
「…よし、ツルギは決まりだね。ヨロイはどうしようか。」
「僕は、多少重い装備でも平気ですので、鉄の鎧と、鉄兜、鉄のグリーブ(すねあて)でお願いします。あ、盾は装備出来ないので、盾はいりません。」
「そっか。ヨロイはハンマーで戦うから、盾は装備出来ないもんね。オーケー。おじさん、決まったよー。」
「よし、特別にまけてやろう。」 
「やったー!ありがとう!」
 その後で、スミレとユリカも装備を買った。勿論オマケしてもらって。
 店の試着室で着替えを済ませて、4人は武器防具屋をあとにした。
「ユリカはシルクのコートかあ。いいね、似合ってる。」
「スミレも同じでしょ。私たち、お揃いだね。」
 二人は笑い合った。
「僕たちもお揃いですね。鉄の鎧どうし。」
「まあ、ここで買える一番防御力の高いものだからな。」
「もう。ツルギさんは。」
 ヨロイは不満そうに言った。
「僕たちも仲良くしましょうよ。」
「なんだよ。いきなり。気持ち悪いな。」
「僕たちは呪いの者どうしじゃないですか。」
「う~ん…。そういえばそうだったな。」
「おかしいと思いませんか?剣と鎧だけなんて。きっと、兜も盾もあるはずです。」
「確かに、そうだったような気がするな。」
「この旅で、もしかしたら見つかるかもしれませんよ。他の呪い装備だった者が。」
「どうだかな…。」
 ソレストの町は珍しい物が多く、4人は店を色々回ったあと、薬草などの必要品を買ってから、宿屋に向かった。
「買い物は疲れるな…。」
 ツルギはぐったりとしていた。
「早く風呂入って寝てえ。」
「ごめんね。色々付き合わせてしまって…。」
 ユリカが謝った。
「あ、いや、別にいいんだよ。楽しかったし。」
 ツルギが慌てて言った。
「…二人きりだったらもっと良かったんだがな。」
 ぼそりと呟いた。
「え?何か言った?」
「いや。…明日から、ソレストを出て東に向かうんだろ?」
「そうね。もしかしたら、こんないい宿屋で寝られるのは当分先かもしれないわ。ここでちゃんとお風呂に入って、ご飯もしっかり食べて寝ないとだめよ。」
「ああ、分かってる。」
 ツルギたちは、宿の風呂に入って、夕食を食べた後、4人部屋で布団を並べて眠った。

 翌朝。
 宿を出て、門へ近付いていくと、昨日会った門番二人が声を掛けてきた。
「おう。お前たち。出発するんだな。どこへ向かってるのか知らないが、ここからまっすぐ東へ行くと、ソレストの洞窟がある。そこを抜けられれば、山奥の集落に着くだろう。」
「ああ。俺たちは、東に向かってるから、ちょうど良かった。洞窟があるんだな。」
 ツルギは言った。
「ああ。だが、気をつけろ。そこには、スケルトンが出るんだ。手ごわい魔物だぞ。」
「スケルトン?」
「骸骨の姿をした魔物よ。闇属性だから、光属性に弱い魔物なの。私の魔法が役に立つかも。」
 ツルギの問いに、ユリカが答えた。
「他にも、イエティという魔物も出る。いずれも強敵だから、気を付けることだ。」
 門番の忠告を聞いてから、四人はソレストの町をあとにした。
「イエティか…。そいつには何が効くんだ?」
 ツルギがユリカに聞いた。
「イエティは水属性だから、土属性が効くわ。でも、炎には強いの。今の所、誰も土属性の魔法は覚えていないみたいね。とにかく、炎だけは効かないって覚えておくといいわ。」
「そうか。俺の得意な炎の魔法が効かねーとはな。ま、そんなら浄化武器でボコボコにぶん殴るだけだな。」
「…浄化武器のおかげで、浄化ができるようになったからって、魔物に対して、哀れみの心は忘れちゃだめよ。」
 ユリカが顔をしかめてツルギに言った。
「ああ、そうだったな…。」
 ツルギは首をすくめた。
「それに、洞窟は迷いやすいから、その点も注意しないとね。」
 スミレが言った。
「よし!とにかく洞窟目指して進もうぜ!」
 ツルギは張り切っていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み