第09話「祈り」

文字数 634文字

 山の中腹、森の中に開けた10m四方ほどの広場に、突然炎が灯った。
 炎に照らされ、今まで屈みこんでいた男の影が立ち上がると、足元の薪を数本くべて近くの丸太に腰を下ろす。
 炎の明かりの中で、男は赤黒い革製の大きな本を開くと数頁読み進めたが、思い直したように本を閉じ、袋の中にしまった。

「……いまさら何をやっているのだ私は」
 胸の十字架に指を当てると神に祈る。
 私自身と、長い付き合いの友人と、その愛すべき娘、その3人の命と運命がどうなるのか、今夜決まる。
 もう神に祈る以外にすべき事はないのだと、ダリウス司祭は改めてそう想った。
 空には夜空にポッカリと浮かんだ邪悪な狼の瞳のように、赤みがかった黄金色の満月が浮かんでいる。
 月を見上げたダリウス司祭は静かに目を閉じ、ただ祈りの言葉をつぶやき続けた。

 神に支えようと心に決めてから20年ほど。
 戦争を止めることはおろか、友の怪我を癒すことも、酒に溺れる友を救うことも出来なかった。
 こんなちっぽけな存在である自分に、ルー・ガルーを倒すことも邪悪な狼に魅入られた可愛らしい娘を救うことも、出来る理由はないように思えた。
 救うなどとは大それた、思いあがりの言葉だった。
 ただ友に寄り添い、神に祈りを捧げよう。
 父を想うあまりに狼に魅入られた少女の心と、家族を想うあまり家から離れた男の心、2つの心を支える小さな楔になろう。
 その後のことは2人と神が決めるだろう。
 ダリウス司祭は祈り続けた。
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登場人物紹介

アンヌ・シャルトル

 フランス、ジェヴォーダン地方の小さな村に住む10歳の少女。

 母親譲りの輝くように美しい銀髪と、父親の血が色濃く残る力強い眼をしている。

 父親はインドでの戦争以降、家に寄り付かなくなり、街でゴロツキのような生活をしているが、小さな頃から聞かされた父の武勇伝を信じ、今でも父を慕っている。

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