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文字数 1,091文字

 私たちの家の近くには、大きな映画館がひとつもない。
 だから、映画を見るには、新宿とか渋谷とかに出なければならなかった。
 ちゃらい女たちにしてみれば、そういう都会に出るのは楽しみなんだろうが、私みたいに流行に疎い場違いな奴にとっては、都会なんか恥を掻く場所でしかない。正直、行きたくもない所だ。
 まぁ、仕方がないだろうな……。

 電車の中での文彦君は、文枝の弟とは思えないくらい大人しく、私の横にただ黙って座っていた。
 少年ってのは電車の中では退屈して、外を眺めたり本を読んだりするものだと思っていたが、彼はそうでは無いようだった。
「文彦君、さっきは『久し振り』って、私言ったけど、実は私、文彦君のこと殆ど覚えていないんだ」
 私は気に掛かっていたことを告白した。だって私にとって「久し振り」って台詞は嘘なのだ。彼はそれで傷付くかも知れないが、それでも嘘は言いたくない。
「そうだと思いました。僕も晶さんと会った記憶はありませんから。だから、晶さんの顔は姉さんの卒業アルバムで確かめさせて貰いました」
 そう言えば、文彦君はそんなこと言っていたよな。
「文枝とは、小さい時からよく一緒に遊んでいたけど、不思議と文彦君と遊んだ記憶がないんだよ。大体、あの近所では近い学年の子は、群れて遊ぶ筈なんだけどなぁ?」
「それは僕が病弱だったからです。僕は殆ど外で遊んだ記憶がないですから」
「そうなんだ……」
 私と文彦君との会話はそこで途切れた。
 文彦君はその話をしたくないと言う感じでは無かったが、話しをすることが疲れると言う様に私には見えたんだ。それが病弱の身体の為か? それとも彼の性格によるものか? 私には分からないけど、間違いなく彼の負担になりそうだったので、私は無意味な会話をすることは電車の中では避けるようにした。

 電車を降りると、私は文彦君の手を引いて映画館まで歩いた。
 彼を連れて行くと言うよりは、私の方が人混みでパニックにならない為に、文彦君に手を繋いで貰ったと言うのが正直な感想だ。
 映画館はビルの中にあり、看板を見上げるだけで大都会のスケールに圧倒されるような気がする。
 とにかく、私たちは予定通りの上映時間の映画を見た。彼にはポップコーンや何やらを勧めたのだけど、彼は「要らない」と言ったので、修一への土産のパンフレットだけを買って、結局、淡々と映画を見ただけだ。
 勿論、私は映画をワクワクドキドキ興奮して見ていたが、文彦君は静かにストーリーを鑑賞している様だった。それでも、チラっと見た時、彼の目がキラキラと輝いているのを見て、私はなんだかんだ言っても来て良かったと思っている。
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