何やっても許されないよ

文字数 2,509文字

「貴様に話すような事はない。とっとと帰れ」

 年寄りはこれだからよ。睨みつけて横暴な事を言えばなんでも相手が言う事を聞くお思ってやがる。お門違いだ。俺がビシッと言ってやるぜ。

「そこをなんとか! 私には、彼女が必要なのです!」
「どれだけ頭を下げてもあの子には会わせん! もう二度と顔を見せるな!」

 随分と頑固なオヤジだな。だが俺の話術の前にたちまち気を許してしまうだろうよ。

「お願いしますぅううぅぅうう!! どうかぁ!! どうかぁあ!」
「泣き喚いても聞けんもんは聞けん! 貴様があの子にした仕打ちを考えてみろ!!」

 年寄りは固定概念で物を考えるからいけねぇ。俺が今から真実を言って、熱心に説得しなくちゃならねぇだろうな。
 これも、頭の柔軟な若者の義務ってものよ。

「私はっ! 本当に悪い事してないんですよ! 信じてくださいッ!!」
「娘から全部聞いとるわ! 適当ぬかすな!」

 どうやら、あの女の悪癖が出たらしい。あの女はちょっとの事を過剰に騒ぎすぎなのだ。人間生きていたら相手とソリの合わない事の一つや二つあるだろうに、それをまるで犯罪者のように吹聴する。むしろ被害者はこっちの方だろう。

「そんな! 私が何をしたっていうんですか!?」
「夜な夜な他の女と遊んどったと聞いているぞ!」

 ほらな? あの女嫉妬深いんだよ。ちょっと友達と飲んでいただけでこれだ。その友達が偶然女性で、偶然酔ってしまって、偶然俺が送る事になって、偶然その家に泊まっただけの話だ。ちゃんと注意したので相手が妊娠していたりという事もない。騒ぐような事かよ。

「それは誤解なんです! あの人とは何もなかった!」

だと?? 一人や二人じゃあないらしいと聞いておるぞ!」

 おいおいバレてたのかよ。でもそれだって、何も問題のない事がたくさんあるってだけだ。じゃあ何もないだろう。
 むしろ、こうして事ある毎に騒ぎ立てるヒステリー女を見捨てずに迎えに来るぐらいなのだから感謝して欲しいくらいだ。

「誤解なんですよ! 私はやましい事などなにもないんです!」
「ならば家族のためだと言っておった貯蓄を使い込んだというのはう説明する!」

 使い込んだとは人聞きが悪い。あの女そんな事を言ったのか。
 第一、貯蓄のために今が犠牲になっては元も子もないだろう。お金を貯めるにはある程度の余裕が必要なんだ。

「必要な出費でした! どうしても切り崩す事ができなかったものなのです!」
「女に貢ぐための金じゃろうが! 貴様が香水やバッグやドレススカートなんかを必要としとるはずあるまい!」

 なんで金の使い道なんか知っているんだよ、プライバシーの侵害だろ。いくら夫婦でも超えちゃいけないラインを考えろよ。全く女はこれだからいけない。

「勘違いですよ、そんなの買うわけないじゃないですか! 私は女性とお金には真摯な男ですとも!」
「会社の金を横領しとるのは調べがついておるのじゃぞ!」

 おいおい、とうとうここまで来たか。これは立派な名誉毀損だ。人を犯罪者呼ばわりなんて酷すぎる。会社で余ってる備品を質に入れてきただけでなんでそんな事を言われなきゃならない。どうせ使われない物を金に変えただけなのだから、むしろ社会奉仕と言って欲しいものだ。私がそれをしなければ社会に回らなかった金なんだからな。

「近所のリサイクルショップを利用しているだけです! 正当なお店を利用しただけで、それはやましい事にならないでしょう!」
「会社の決済を誤魔化しておいて、言い逃れができると思っているのか!!」

 なんだよそれは。家にいながら調べられる範囲を超えてるじゃないか。あの女にはやはり裏があるな。前から怪しいと思っていた。例えば探偵なんかを雇って俺を調べていたなら、それは夫婦の絆を疑う裏切り行為だ。しかもその探偵を雇う金は俺が稼いだ金じゃないのか。専業主婦だったあの女に金が作れるはずがない。この浪費は問題だろう。
 さっきから聞いていれば、あの女有る事無い事好き勝手言いやがって。それを鵜呑みにするこのオヤジも頭がおかしいとしか言いようがない。
 ここは、ちゃんと言ってやる必要があるみたいだな。

「本当に何もしていないんです! 全部悲しいすれ違いが生んだ事故なんです、勘違いなんです、思い違いなんです! あと一眼彼女に会わせてください! お願いします!」
「ッ……!!!」

 俺のあまりの剣幕に、オヤジはビビって口を噤んでしまった。歯ぎしりをするくらい怯えているところを見るに、あと一押しでションベンちびりながら許しを乞う事になるだろう。

「どうか……」
「出て行け!! 二度とそのツラ見せるな!!」

 どうやら相手を怯えさせ過ぎたようだ。とうとう私の言葉を聞く事すら放棄してしまった。このあたりのさじ加減は難しいものなので、今日のところは帰って明日またチャレンジするとしよう。
 俺の事を蹴飛ばして追い出すような非礼は、とりあえず見逃してやろう。私は寛大だからな。その後の投げつけられた茶碗や湯のみなんかも全然気にしていない。

「……?」

 頭上から、ポトリ、と。
 何かが落ちてきた。上を見ると、家の二階から覗く人影が見える。俺に気がつくとサッと隠れてしまったが、あれはあの女に違いないだろう。
 足元を見下ろすと、そこに落ちているのは一枚の封筒だ。宛名も何も書いていないのは、記載する必要がなかったからに違いない。この封筒は、俺に直接渡されたのだから。
 なんだ、なかなか可愛いところがあるもんだな。あのオヤジは娘のためだとか思っているのだろうが、とうの娘は俺にぞっこんじゃないか。俺は手紙をその場ですぐに開く。内容によっては、あのオヤジの言動を三割ほど許しても構わない。
 そして中にはよく分からない恨み辛みが書かれた紙切れと、あの女の名前がすでに記載されている離婚届が入っていた。
 どうやら俺宛の封筒じゃないな。勝手に開けてしまって、送られるはずだった誰かさんには悪い事をしてしまった。
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