第129話 放物

文字数 2,052文字

 ユウトは戦闘態勢の構えを解いて自然な立ち姿へと戻る。軽く肩で息をしながら手に持つ光魔剣をまじまじと見つめた。

 ヨーレンの許可が出るまで禁止されていた実戦を想定した身体の動きを久しぶりに行ったが、その空白期間を感じさせないほどにマレイによって作り直された光魔剣は扱いやすくなっているとユウトは明確に感じている。これまでであれば気を緩めてしまうとすぐに最大出力になってしまうような荒い、極端な操作感覚だった魔力調節が無段階に綺麗な階調になっていた。

 マレイによる改良の成果に対して素直に感激し、その実力に驚くユウト。立ち尽くしているユウトにヴァルが近寄りつつ発言した。

「出力安定性、良好。出力損失、少量。最大攻撃力ハ大剣ニ劣ルモノノ、完成度ハ光魔剣改修型ノ方ガ圧倒的ニ優レル」
「確かに・・・な。モリードには内緒にしておいてやってくれ。きっとそれを知ると対抗心を燃やして暴走するだろうから」
「了解シタ」

 ヴァルの報告に苦笑いしながら言葉を返すユウトは光魔剣を腰のベルトに引っかけるようにして身に着ける。

「さてと・・・それじゃオレ達も戻ろうか。今日の魔力消費分は使い切ってしまったことだし」
「ワカッタ。デワ我ニ乗レ」
「ヴァルに、乗る?」
「ソウダ。急ギノ用ガ出来タ。我ガ野営地マデ送ロウ」

 巨大な卵のような形をしたヴァルをユウトはいぶかしげに眺める。その滑らかな金属曲面はけして乗りやすいようには見えなかった。

「乗レバ、ワカル」

 ヴァルが念を押すように疑いの目を持つユウトに返答する。ヴァルと出会ってから数日を共にしている期間でヴァル自身が主張をすることは初めてだった。

「そうか・・・わかった。せっかくだしよろしく頼むよ」

 ユウトはそう言うとヴァルの頂点に両手を置いて慎重に腰を下ろす。するとすぐにユウトは不思議な感覚を認識した。全身を含め、身に着けている衣類までヴァルの表面に吸い付くような作用を感じる。さらにヴァルの表面と密着している面から力が発生し、ユウトの身体は滑り出した。

 ヴァルの正面から乗っかったユウトの身体は半回転を行いヴァルと同じ方向を向く。ユウトの姿勢も調整され、ユウトの意思と関係なく体制を調整された。ユウトはヴァルに表面で固定される。安定感があるが、離れそうにない両方の手の平にユウトは拘束されているような気もした。

「え、おい。動けないんだが・・・」
「デハ、行クゾ」

 準備が整ったのかヴァルが声を上げる。それと同時にヴァルに触れた面から振動が伝わってくることにユウトは気づいた。振動のふり幅は小さいものの、徐々にその周期を縮めている。まるでヴァルの中心から発せられているような高速の振動にユウトは得も言われぬ不安を抱いた。

「ちょっと待て、何をするつもりだヴァル!」

 ユウトの問いかけに答えることなくヴァルは「発進」と言ったと同時に地表からポンッと跳ね上がる。上昇する速度はすぐに衰え、高めの跳躍かとユウトは思った。

 しかしその瞬間、上昇速度は猛烈にその勢いを取り戻す。ヴァルから突き上げるような加速をユウトは全身で感じ取っていた。

 ヴァルの頭上に固定されているユウトは身動きが取れない。そんな状態でみるみるうちに離れていく地上の風景をただ眺めていることしかできなかった。

 草原を円形になぎ倒しながらユウトとヴァルは空を昇る。斜め方向に角度のついたヴァルの飛翔は放物線を描き出していた。

 上昇速度が落ち、ゼロになる。最も高い点に迫るそのひと時の瞬間、ヴァルは緩く回転しユウトは周囲を見渡した。遠くにそびえる崩壊塔、大工房にジヴァのいる森を見下ろし、真下に広がる星の大釜。日に照らされた新緑の緑が広がる光景にユウトは自身の不安定な状態を忘れてしまうほど見入ってしまった。

 しかしその視界の隅に何かが引っかかる。ユウトの視線は遠く森の広がる彼方へ引き寄せられた。
 顔をしかめさせて厳しい表情を取るユウトが睨んだ方向で鳥が森から飛び上がる。背の高い木々の間から黒々した何かがちらりと覗いた。

「あれが・・・」

 ユウトは小さくつぶやくのに合わせたかのように広がる景色は速度を上げて流れ始める。ヴァルは自由落下を始め、重力加速度に身を任せるように加速していった。

 気を取られていたユウトはその変化の対応に一歩出遅れてしまい、ぞわっとする感覚に襲われてしまう。緊張感が裏返りそれまで考えていたことがかき消されてしまった。放物線の軌道をたどって姿勢を保ったまま落下していくヴァルにユウトは声を出すこともできずに静観するしかない。星の大釜の外縁に並ぶ大小さまざまなテント群を飛び越えた開けた草原が迫ってきていた。

 ユウトの頭の中ではすでに地面に激突してしまった時の対処について思考が巡り始めている。覚悟を決めかけていたユウトに反してヴァルの落下速度はがくんと急激に弱まりを見せた。地面に激突することなく柔らかな浮遊感を持ってヴァルは地上へ着陸を果たす。ユウトは全身の緊張が解けるように大きく安堵の息を吐いた。
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