第1話

文字数 1,010文字

 新幹線のドアが開き、荷物を持って中に入る。狂ったような夏の日差しが射し込み、憂鬱なストレスを抱えながら、席に座る。駅で買った弁当のふたを開け、ウェットティッシュで手を拭く。なんでここに来たのだろう。理由なんかなかった。あまりに現代人は理由を求めすぎる。ただ行きたかったから来たのだ。席は窓際で、都会の風景が広がっていた。隣に座った女性は傷ついた目をしていた。いや、ただ自分にはそう見えているのかもしれない。女性は缶ビールのふたを開け、じっと一点を見つめている。
 新幹線はゆっくりと動き出し、僕は弁当を食べていた。なんだか何かを胃の中に入れるという行為がやけに鮮明に感じた。考えてみれば奇妙なものだと思った。窓の外の景色が急速に移り変わっていく。女性は缶ビールを少しずつ飲んでいた。季節は夏だ。車内は快適以上にクーラーで冷たかった。
「どこかに行かれるんですか?」
 気が付くと女性が僕を見ていた。
「とりあえず京都に行きます」
「旅行ですか?」
「まぁそんなところです」
 新幹線は先へ先へと時刻通りに進んでいく。車内はやけに静かだった。僕は何か間違ったことをしている気分になった。それと同時に女性にも興味を持った。ただあまりいい印象は持っていない。僕自身は自分のことについて考え、他人は他人でしかなかった。
「あなたはどこへ行くんですか?」
「実家へ帰るんです」
「そうですか」
 女性は缶ビールを飲み干し、バッグから新しい缶ビールを取り出した。窓の外は田園風景に代わり、悲し気な光景に見えた。僕は弁当を食べ終え、容器を袋に入れて、前の網に挟んだ。いったい僕はどこに行くのだろう。
「実家はいいですよね。僕は何年も帰っていないんです」
「どうしてですか?」
「わからないです」
 わからない。全てがよくわからなかった。僕と女性はまるで世界から切り離されているみたいだった。
「あなたも飲みますか?」
 僕は女性から缶ビールを受け取った。僕はプルタブを開け、一口飲んだ。久しぶりのアルコールだった。僕はきっと逃げようとしている。だから休みを利用して、こうして目的のない旅に出ようとしていた。電車が名古屋に着くと、女性は黙って降りた。僕らは言葉を交わさなかった。僕はもしかしたら彼女は僕の作り出した幻影なのではないかと思った。京都に着くまで後三十分だった。確かに僕の手元にはビールの缶がある。僕は窓の外の景色を見続けた。いつの間にか風景は変わっていた。

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