橘 麗名《たちばな れいな》 三

文字数 638文字

 お母さんは、素っ気ない人だった。帰って来ても、『ごめんね。疲れているの』そう言って、すぐに眠ってしまう。

 私がなにか失敗すると、激しく叱りつけてくる。まるで、不機嫌をぶつけてくるみたいに。

 逆に、妹のことはとても可愛がっていた。


 いつからかお母さんは、たまに私に演技の指導をするようになった。きっかけは小学校の文集。私が将来の夢に、女優と書いたことだ。

 なんとなく、という感じで、そう書いたことを覚えている。

 それをお祖母(ばあ)ちゃんから聞いたお母さんは、私に演技を指導するようになった。

 その時、必ず言われることがあった。


『下手ね、あなたは。女優には向かないわ』


 なにがダメなのか。訊いてみても、明確な答は返ってこない。

 それでも、お母さんが帰ってくる度に、演技の指導は続いた。その度に酷評されるから、だんだんとその時間が苦痛になっていった。

 お母さんに褒めてもらいたくて、お母さんの映っているドラマや映画を観た。

 仕草や表情、そうしたものを真似ると、とても怒られた。


 ある日を境に、お母さんは私に演技を指導しなくなった。そして、ほとんど私や、妹とも会話をしなくなった。


 たまに家に帰ってきていたお母さんが、まったく帰って来なくなった時、お祖母(ばあ)ちゃんから、お母さんが白血病に掛かって入院していることを知った。


 自分勝手な人だ。その時、私はお母さんに対してそう思ったことを覚えている。


 
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