第1話 それは人類の夢だから!

文字数 4,493文字

「さて、皆様お集まりいただき誠にありがとうございます」
「……皆様って。私一人しかいないじゃないかい」
「え?そんなん当たり前じゃないか。コミュ障の僕がヒカリ以外の人の前で話すなんて、それどんな手の込んだ自殺なんだよ」
「ワタルねぇ……あんた、将来探偵になるんだーって息巻いてたじゃない。そんなんで探偵になんてなれるのかい?」
「その点は心配ご無用。テレビやアニメなんかの皆様お集まりいただいて~って場面になんて現実的に起こるはずなんてないんだから。あと一対一なら全然会話OK。でも二人以上に同時で来られるともうアウト」
「その割りにはさっきは結構ノリノリだったじゃないか……まぁいいわ。それで?何か大事な話でもあるのかい?」
「うん……ヒカリにどうしても聞いておかなければいけないことがあるんだ……」
「な、なにさ、そんなに改まって」
「ヒカリ……」
「なんだい」


「ブラのサイズいくつ?」


「…………はい?」
「だから、ブラのサイズ。君の、そのまるで映画館で4D上映でも見ているかのような大迫力の胸のことだ。きっとIカップでは済むまい。もしや人類の夢であるJにまで到達してしまったのかい!? やめろ! そんなことをすれば進化の未熟な人類は人の形を保てなく……あいたっ!」
「あんたね……バカも休み休み言いな! えらく真剣な顔で話があるからってんでわざわざ来てあげたのに、することが幼馴染みにへのセクハラかい? 頭の出来が違うあんたと違ってこっちは期末のテスト勉強だってひいひい言いながらやってんだよ。大した用事じゃなかったら帰るよ、もう」
「いててて……まあ待てって。答えてくれ、ヒカリ」
「…………ご明察、Iカップだよ。けど、それがいったいぜんたいどうしたってんだい?あんたは時々へんてこな事を言い出すけど、バカじゃないのはあたしが一番よく知っている。今回はまたどんな面倒な事に首を突っ込んでんだい」
「うん、ヒカリこそご明察。いま、ヒカリの知らない所でとある事件が起きているんだ。いや、起きているかも知れない、といった方が正確か」
「事件?」
「そう。事件も事件、殺人事件さ」
「なんだって!? そんなの、大変なことじゃないかい! 直ぐに警察に知らせないと……」
「うーん、まあそれはそうなんだけど……それをどうやって説明したら良いものかな、と。あと、まだ全然調べられてないからさ」
「どういうことだい?」
「ヒカリは先日、商店街にある魚屋の梅澤さんのおばあちゃんが亡くなったのを覚えているかい?」
「あぁ、勿論だよ。突然の事だったからビックリしちゃったよ。春菜も酷く落ち込んでいたからね……」
「うん、あれは見ていて可哀想だったね。気の毒だったよ」
「待て、もしかしてあのおばあちゃんの事故死が実は殺人事件だった、なんて言い出すんじゃないだろうね?あれは完全に事故じゃないか。だってあの火事はおばあちゃんの卓上ガスコンロの火の不始末だったんだし、それで逃げ遅れてしまったって話だったろう?」
「そう、確かにおばあちゃんは不幸にも火の不始末によって逃げ遅れたことにより亡くなった。それは紛れもない事実だし、そこに疑いの余地はない。が、僕はおばあちゃんがなぜ逃げ遅れたのかがどうしても気になっていた」
「たしか、台所で気を失っていたんじゃないかっていわれていたねえ。でもそれは火の手が上がったことに気がついたおばあちゃんが消火をしようとするも火の手が思った以上に強くて、結局煙に巻かれたっては話だろ」
「うん、確かにそうなっているね。でも、僕は恐らくおばあちゃんは火事が起きたときには既に意識がなかったんじゃないかって思うんだ」
「ど、どういうことだい? それじゃあ、誰がコンロに火をつけたのさ」
「ん? さぁ……それはまだわからないかな。おばあちゃんかもしれないし、犯人なのかもしれない。重要なのはおばあちゃんが倒れた原因さ」
「話の要領が見えないだけど……」
「まあまあ、順を追って説明していくよ。あの日、おばあちゃんの事故が起きる前におばあちゃんの自宅に人が訪れていたのは知ってるかい?」
「えっと……確かおばあちゃんの掛かり付けのお医者さんが訪問していたんだっけ」
「そう、おばあちゃんは糖尿病にかかっていたからね。足も少し悪いこともあって町医者の明神さんが午前中に訪れていた」
「まさか、明神さんが!?」
「こらこら、最後まで話を聞け牛女」
「……おっと手が滑った」
「ぐわっ!?」
「で、明神さんは犯人じゃないんだね?」
「いててて……くそ、ポンポン頭を殴りやがって。僕の頭までヒカリみたいなバカに……冗談! 冗談だからその手を下ろせ!! ……ったく。そう、明神さんは真っ白も真っ白さ。その後に訪れた人については?」
「えっと……おばあちゃんの孫で、春菜の従兄の人だっけ? 名前までは覚えてないなあ」
「そう、福地徹さんという梅澤さんの従兄だ。僕はね、この人がなにか重要なことを知っているんじゃないかと思ってるんだ」
「嘘だろ? だってあの人あれだろ、お葬式でわんわん泣いてたあの真面目そうな人だろ?」
「そうそう。まあ気になる点は三つあるんだ。まず一つ目。福地さんはとある飲料メーカーの営業の仕事をしている。ある程度自社の飲料の特性などは把握しているはずだ。次に二つ目。火事の現場にはそのメーカーのスポーツドリンクの残骸が大量に残っていた。福治さん曰く、売れ残ったスポーツドリンクが大量にあったので、熱中症対策もかねておばあちゃんの家に備え付けていたらしい。三つ目。これが重要だ。おばあちゃんは糖尿病の2型だったそうだ」
「糖尿病の、2型?」
「まあ糖尿病と言うものは大まかに二種類あって、インスリン注射の必要な1型と、あまり必要としない2型があるんだ。まあこの分け方少し語弊があるけどヒカルに分かりやすくするため割愛する。で、おばあちゃんは2型なんだけど、この2型所謂生活の不摂生でなる人が多い」
「ああ、おばあちゃん、確かに太ってたもんな」
「それで、明神さんの定期的な診察を受けたり薬で治療をしていた訳だが……ここで問題になってくるのがさっき言ったスポーツドリンクだ」
「スポーツドリンク? それがなんの関係があるんだ?」
「糖尿病の合併症で恐ろしい症状がいくつかあるけれど、なかでも速効性が高く、危険なものがある。それが糖尿病ケトアシドーシスだ」
「糖尿病、ケトアシドーシス?」
「んー、ざっくり言うとインスリンが働かなくなってしまった時に糖が血中に逃げてしまう。そうすると本来体は糖から分解してエネルギーをつくるはずなのに、脂肪からを分解を始めてしまう。そうなってくると今度は分解した時に発生するケトン体というものが増えるんだけど、これが血中に増えると血液が酸性になって合併症を引き起こす。これはインスリンがそもそも分泌されなくなる1型の人が発症しがちな合併症だね」
「む……? では2型のおばあちゃんは関係が無くないか?」
「ところが、この糖尿病の人が発症するアシドーシスには別のタイプのものがある。それが……清涼飲料水アシドーシス、またの名をペットボトル症候群だ」
「清涼飲料水……あっ」
「そう、梅澤さんのおばあちゃんはペットボトル症候群により意識を一時的に失っていた可能性が高い」
「け、けど……おばあちゃんもお医者さん、明神さんにかかっていたんだからその点は注意をしていたんじゃないのか? それに、スポーツドリンク程度でそこまでの症状が出るのだろうか」
「その点は明神さんから既に証言をいただいている。その日、検診に訪れた明神さんがおばあちゃんの呼気から果物のような匂いを感じたそうだ。あまり果物は糖分が多いから控えるようにと助言をすると、おばあちゃんは果物を食していないといったそうだ。そこで明神さんは不思議に思い問いただせば、孫から熱中症対策に大量のスポーツドリンクを貰ったから少しずつ飲んでいたらしい。スポーツドリンクと言うものは、非常に糖分を多く含む。飲みやすさと一度に摂取できるエネルギーを増やすためだろうが、赤いラベルのコーラが100mlあたりに11.3g。今回の件で注目するスポーツドリンクは含有量がおよそ5.7g。コーラのあのベトベトする甘さに対して半分とはいえ、シュガースティック一本が大体平均で5gだから、100ml飲む度に体にシュガースティック一本入っていくと思えばいいだろう」
「そんなに入っているのか!? どうしよう、今後飲むのを躊躇ってしまうな……」
「運動後の摂取なら良いんじゃないか? あの甘さはそれだけ身体に取り入れやすくするためにしている面もある。要は飲みすぎない事が大事ということさ。それで合併症が発症した可能性を疑った明神さんがご家族に相談に行っていた間に痛ましい火災が起こってしまった。ちなみに呼気に果物のような甘い臭いがするのはアシドーシスが発症した際に呼気にアセトンが含まれるようになるからだそうな」
「ふむ……スポーツドリンクについては理解した。おばあちゃんが倒れた原因についてもまぁ、それが正解かはさておきあり得ない話ではないことはわかった。が、やはり解せないのがなぜ件の従兄はおばあちゃんを?」
「それについてはこれからだね。しかし、明神さんがおばあちゃんにスポーツドリンクを飲んではいけないと強く言ったときに、孫から身体に良いから毎日飲むようにと言われたといっていたとのことだ。飲料水メーカーに勤めていながら、しかも営業の人間が糖分の含有量に対して無知であることは考えづらい。となれば何らかの思惑をもっておばあちゃんにスポーツドリンクを飲ませるよう仕向けたのだろう。その上での、最後に訪れていたという状況……完全に黒とは言い難いけれど、白とも言えないんじゃないかな、とね。だから悩んでるんだよ。まだ証拠になるもの少ないし、証言だけで動くのも危ないしね。でも、なんかやっぱりあるんじゃないかなって」
「まぁ確かに、これだけで従兄さんを犯人にするには弱いだろうな。しかし……ふむ、言われてしまえば確かに引っ掛かる。よし、少し探りをいれてみようか」
「頼む。こんなこと、あちこちに伝のあるヒカリの親父さんにくらいしか頼めないからな」
「なに、構わんよ。謎に触れることができれば父も探偵冥利に尽きるだろうよ。それじゃあ早速連絡をいれてくる……んん?」
「ん? どうしたヒカリ」
「今回の件についての話はOKだ。だが、それじゃあ何故私のブラのサイズを聞いてきた。なにか重要な接点があるのか?」
「え? そんなのあるわけないじゃん。それはただ単純に聞いてみたかっただけさ。なんだヒカリ、えらく想像力が高いじゃないか。スポーツドリンクとブラか。なんか言われればあり得ないものの組み合わせってどこか事件性を、ぐわあっ!!」
「……いっぺん死んどけ、この屑野郎」
「生まれてきてすみませんでした……」
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