頭狂ファナティックス

忍谷夕吉VS切田善嗣①

エピソードの総文字数=3,384文字

 千ヶ谷家の三人と忍谷は再び集まり、談笑に耽った。もっとも千一郎だけは口を開かなかったが。パーティはたけなわを迎えていた。誰もが酒を飲んで心地よくなっていた。しかしこの政治の思惑が渦巻くパーティが平和のうちに終わるはずもなかった。
 忍谷たちの近くにある丸テーブルには砂糖壷が置かれていた。突然、その砂糖壷から砂糖が噴出した。
 そして砂糖はナイフの形状に固まると、絹人の首に向かって飛んでいった!
 この奇襲には誰もが反応できなかった。千一郎一人を除いては。
 俄かにパーティ会場が閃光に包まれた。誰もが驚きのあまり、忍谷たちの方を見た。砂糖のナイフは強烈な閃光を受け、飴色に焼け焦げて、床に落ちた。
 この会場にいる人間で予想していないものはいなかったが、政治争いが勃発したのだ。SPたちはそれぞれの主人を守るために、前に進み出た。
 ここで初めて千一郎は忍谷に声をかけた。口を耳に近づけて、ぼそぼそと喋った。
今のはおそらく宇津木派の人間の攻撃だ。はっきり言って、対立する人間が多くいるこの場所で俺たちのコンプレックスは見せたくない。今の攻撃に対しては、やむを得ず俺がコンプレックスを使った。これからはお前が戦えるか?
 千一郎は無礼な口の利き方をしたが、忍谷にとっては千ヶ谷家に実力を見せつけるこれ以上ないチャンスだった。だから、千一郎に対してこのように答えた。
もちろん戦えます。奇襲してきた人間も特定しています。向こうにいる青いスーツを着た男です。奇襲の前、彼は一瞬こちらを見た。そして今、スプーンを持っていますが、あれはテーブルから取ったものではなく、突然現れたものです。あれがシンボルでしょう。私は具現化する瞬間を確かに見ている。
大した洞察力だ。それでは、この場はお前に任せる。俺たちは会場から離れる。
 緊急事態が起きたため、SPたちは会場から主人を次々と退場させた。無論、千ヶ谷家の三人も会場から出て行った。千陰は忍谷に不安気な表情を送ったが、結局何も言わず、SPに連れられていった。
 青いスーツも着た男も会場から出て行こうとしたが、忍谷はその腕を掴んだ。
たった今、千ヶ谷さんを暗殺しようとしたのは貴様だな? とぼけても無駄だ。貴様のコンプレックスはすでに把握している。シンボルはスプーン。コンプレックスは「砂糖を操る」能力だ。この会場にはアルコールや塩分、水分が大量にある。しかし貴様はなぜか量が少ない糖分を暗殺の道具として用いた。それは貴様が糖分、おそらく砂糖しか操れないからだ。
 忍谷と青いスーツの男はその場でたっぷり三十秒間沈黙した。男が何も言わないのは忍谷の推測が当たっているからに違いなかった。そのあいだに、会場からは二人以外の人間が捌けた。
 男は忍谷の腕を振り払うと距離を取った。男は少年のようなすべすべとした肌を持った好青年だった。
 忍谷はさらに相手にプレッシャーを与えるために口を開いた。
貴様は宇津木、もしくはその関係者から雇われたのだろう。しかし千ヶ谷さんの暗殺に失敗した時点で貴様は消される。誰が雇い主か判明したら大事だからな。どうする? 俺と戦って死ぬか? それともここから逃げ出して、上の人間に殺されるか?
お前、何者だ? 今日のようなパーティに参加できる人間で、お前の顔は見たことがない。千ヶ谷の方についているようだが。確かに俺はどのみち殺される。というよりも、そもそも千ヶ谷の暗殺に成功したとしても俺は口封じのために殺されただろう。
ならばなぜこの仕事を引き受けた。そこまでして宇津木に肩入れする理由があるのか?
俺の生まれは貧しい。だから俺が命を持って金を稼がなくては、家族が飢え死にしてしまう。そのためにこの仕事を引き受けた。そもそも、惨めな生まれの俺が上流階級の人間に拾ってもらえたこと自体が奇跡だ。俺のコンプレックスに感謝しなければな。
奇遇だな。俺も貧しい生まれだ。そして、まさに今、お偉い方のコンプレックスを敵方に見せるわけにはいかないという理由で戦わされている。出会い方が違えば、一生の友になれたものを。裕福な人間は貧しい人間の人生を狂わせる以外にやることがないのかね?
つまり宇津木と千ヶ谷の代理戦争というわけだな。お互いに苦しい立場だな。しかし俺はお前を殺さなければならない。俺はお前に勝とうと負けようとどのみち死ぬ。しかし千ヶ谷派の人間を一人殺したとなれば、俺の家族に払われる報奨金は増される。
断崖に立たされた人間同士の戦いか。ままならないな。俺は貴様に敬意を払う。この殺し合いはお偉方の都合だけのものに終わらせたくない。できるならば、貴様の名前とコンプレックスの名称を知りたい。
俺もお前に対して親近感が湧いてきたところだ。だから不利益を承知で情報を出そう。俺の名前は切田善嗣。コンプレックスの名前は『バナナフィッシュにうってつけの日』。お前の名前とコンプレックスは?
名前は忍谷夕吉。悪いが、俺は無能力者だ。コンプレックスを持っていない。
冗談だろ? 千ヶ谷は無能力者を能力者と戦わせようとしているのか? まあ、それがブラフでもいい。ここで本当のことを言う義理はないのだからな。悪いが殺させてもらうぜ。お互いに良い生まれなら、こんなことにはならなかっただろうがな。それじゃあ、お互い仕事を始めようか。
 切田がシンボルのスプーンを振るうと周りにあるテーブルの砂糖壷から砂糖が浮き出した。そして一塊になると、砂糖の銃弾として忍谷に襲い掛かった。
 忍谷は集中砲火を避けるたびに飛びのいて、白いクロスの掛かったテーブルの下に潜り込んだ。しかし一発だけ避けることができず、右足に直撃した。
 テーブルクロスに隠れながら、忍谷は右足の傷を確認した。傷は痛みから予想したよりも浅かった。忍谷は『バナナフィッシュにうってつけの日』は殺傷能力の低いコンプレックスだと把握した。それゆえに、奇襲に失敗したあと絹人に追撃しなかったのは、SPもろとも殺害するだけの攻撃力がなかったからだと判断した。また自分を殺す場合、砂糖を撃ち込んでくるのは当然急所である首か心臓だ、と忍谷は踏んだ。
 切田は砂糖壷を一つ取ると、忍谷が隠れているテーブルの下に投擲した。そして砂糖を爆竹のように炸裂させた。白いテーブルクロスが引き裂けた。はたして、そこに忍谷はいなかった。
 忍谷は相手の死角となる位置からテーブルを抜け出し、音もなく別のテーブルの下に隠れていた。
 切田は忍谷がどこに消えたかと、手品に引っかかり考え込んでしまった。それは忍谷が攻撃の番に回るには十分な隙だった。先ほどの奥にあるテーブルの下からフォークが投擲された。そのフォークは真っ直ぐに切田の左目に飛んできた。切田は寸でのところで身を反らした。フォークは切田の頬に刺さった。即座に切田はフォークを引っこ抜いて床に投げ捨てた。傷口から出てきた血を舐めたが、幸いにも毒は塗られていないようだった。
 切田は千ヶ谷の人間が自分と無能力者を戦わせた理由がわかった。忍谷はテーブルクロスに隠れた場所から、正確に相手の目を潰しに来た。コンプレックスを持っていなくとも、これほどの技術があれば、能力者と対等に戦うことは可能だった。
 切田がフォークの飛んできたテーブルに近づくと、忍谷はそこから抜け出し、相手と距離を取った。
 そして不可解なことに忍谷はテーブルからオレンジジュースを取ると、相手に見せつけるように、それを飲み干した。切田はその姿を無言で眺めていた。
 お互いに身動きを取らなくなった。二人とも、それぞれの思惑があって動かなかったのだ。先にしびれを切らしたのは切田の方だった。砂糖壷の一つから砂糖の槍を作り、相手の喉に飛ばした。
 忍谷は手近にあったジョッキのビールを取ると、砂糖の槍に中身をぶちまけた。槍は溶けて、そのまま床に落ちた。
やはり貴様が操れるのは乾いた砂糖だけのようだな。溶解した糖分も操れるならば、俺がジュースを飲んだ時点で殺していた。
気付かれたか。お前の奇妙な動きでそうだろうとは思ったがな。さすが千ヶ谷が戦闘を任せるだけはある。確かに俺は乾いた砂糖しか操ることができない。しかしそれがわかったところで、次はどのような手に出る? コンプレックスを持っていなければ、じりじりと追い詰められるだけだぞ。

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