第五夜:鏡の中
文字数 1,429文字
こんな悪夢をみた。
私は暗闇の中に立っていた。目の前には大きな鏡がある。私の身長よりもはるかに高い、金色の丸渕の鏡だ。普通なら目の前にいる私の全身が映るはずなのに、鏡に私は映っていない。その代わり鏡の中の、かなり奥のほうに一人の少女がいた。青いワンピース姿で赤いランドセルをかついでいる。小学生だ。少女は何か嫌なことでもあったのか座り込んで泣いている。しくしくと、少女の泣き声だけが私の耳に響く。
「………て………………………の」
しばらく鏡の中をのぞいていると、少女の口が動き何かを言った。だが、遠すぎてほぼ聞こえない。また見ていると、
「……して………………………の」
少女の口が動いた。まだ何を言っているのかは分からない。
「……して、……………………の」
鏡の中の少女が、少し自分に近づいたような気がした。
「……して、…………………たの」
「ど…して、…………………たの」
「ど…して、………………ったの」
「どうして、…………かったの。」
明らかに少女が私に近づいてきている。
どうして。どうして。どうして。
耳の奥で、ぼんやりとした声がこだました。
今や少女は私の目の前まで迫ってきている。うつむいていなければ余裕で顔も見れただろう。
「どうして。」
また、少女が言った。顔を上げた彼女と目が合う。目を真っ赤にはらしてこちらをにらんでいる。
「どうして、たすけてくれなかったの?」
今度はハッキリと聞こえた。
目の前の少女は私だった。
私は少女に触れようと手を伸ばした。しかし鏡のひんやりとした感触だけが手のひらに伝わる。
「だってあなたは、助けを求めなかった。」
私は少女の目を見て言った。彼女は何も言わない。
「だってあなたは助けを求なかった。」
その反応に苛立ち、私はもう一度言った。目の前の少女は小学生の頃の私だ。この子が今どんな状況に置かれており何を感じているのかは、私が一番よくわかっているはずだった。おそらく今かけてほしい言葉も。それでも私は彼女を非難せずにはいられなかった。次から次へと口をついて言葉が出る。
「だってあなたは声を発さなかった。」
「だってあなたは行動を起こさなかった。」
「だってあなたは誰も信じなかった。」
「周りの人はみんな自分を理解してくれないと決め込んで、自分の殻に閉じこもり続けた。」
傷口をえぐられているような気分なのだろう。うつむいていても少女が顔をゆがめているのがわかる。意識をこちらに向けてほしくて、私は鏡を力まかせに叩いた。ビクッと少女の肩が揺れ、怯えたような顔が上がる。私は言った。
「たくさん選択肢があって、それでもあなたは何もしなかった。」
少女の目に大粒の涙が溜まる。ほおを伝ってゆく涙をそのままにして、彼女は言った。
「…あなたなら、わかってくれるとおもったのに。」
そして、煙のように消えた。
目の前の、暗闇のみを映す鏡を見ながら、私は思った。そうだ。私も私を助けようとしなかった。今だから、過去となった今だからこそアレコレと偉そうに言えるのだ。あの頃の私は、心がどんなにつらい、苦しいと訴えても放置した。大丈夫。つらくない、苦しくないと、自分に言い聞かせ続けた。
「…それでも、心のどこかで、助けを求めていたんだよね。」
目が覚めた。
あのとき私が声を発していたら、未来は‥今の私は、何か変わっていたのだろうか?
私は暗闇の中に立っていた。目の前には大きな鏡がある。私の身長よりもはるかに高い、金色の丸渕の鏡だ。普通なら目の前にいる私の全身が映るはずなのに、鏡に私は映っていない。その代わり鏡の中の、かなり奥のほうに一人の少女がいた。青いワンピース姿で赤いランドセルをかついでいる。小学生だ。少女は何か嫌なことでもあったのか座り込んで泣いている。しくしくと、少女の泣き声だけが私の耳に響く。
「………て………………………の」
しばらく鏡の中をのぞいていると、少女の口が動き何かを言った。だが、遠すぎてほぼ聞こえない。また見ていると、
「……して………………………の」
少女の口が動いた。まだ何を言っているのかは分からない。
「……して、……………………の」
鏡の中の少女が、少し自分に近づいたような気がした。
「……して、…………………たの」
「ど…して、…………………たの」
「ど…して、………………ったの」
「どうして、…………かったの。」
明らかに少女が私に近づいてきている。
どうして。どうして。どうして。
耳の奥で、ぼんやりとした声がこだました。
今や少女は私の目の前まで迫ってきている。うつむいていなければ余裕で顔も見れただろう。
「どうして。」
また、少女が言った。顔を上げた彼女と目が合う。目を真っ赤にはらしてこちらをにらんでいる。
「どうして、たすけてくれなかったの?」
今度はハッキリと聞こえた。
目の前の少女は私だった。
私は少女に触れようと手を伸ばした。しかし鏡のひんやりとした感触だけが手のひらに伝わる。
「だってあなたは、助けを求めなかった。」
私は少女の目を見て言った。彼女は何も言わない。
「だってあなたは助けを求なかった。」
その反応に苛立ち、私はもう一度言った。目の前の少女は小学生の頃の私だ。この子が今どんな状況に置かれており何を感じているのかは、私が一番よくわかっているはずだった。おそらく今かけてほしい言葉も。それでも私は彼女を非難せずにはいられなかった。次から次へと口をついて言葉が出る。
「だってあなたは声を発さなかった。」
「だってあなたは行動を起こさなかった。」
「だってあなたは誰も信じなかった。」
「周りの人はみんな自分を理解してくれないと決め込んで、自分の殻に閉じこもり続けた。」
傷口をえぐられているような気分なのだろう。うつむいていても少女が顔をゆがめているのがわかる。意識をこちらに向けてほしくて、私は鏡を力まかせに叩いた。ビクッと少女の肩が揺れ、怯えたような顔が上がる。私は言った。
「たくさん選択肢があって、それでもあなたは何もしなかった。」
少女の目に大粒の涙が溜まる。ほおを伝ってゆく涙をそのままにして、彼女は言った。
「…あなたなら、わかってくれるとおもったのに。」
そして、煙のように消えた。
目の前の、暗闇のみを映す鏡を見ながら、私は思った。そうだ。私も私を助けようとしなかった。今だから、過去となった今だからこそアレコレと偉そうに言えるのだ。あの頃の私は、心がどんなにつらい、苦しいと訴えても放置した。大丈夫。つらくない、苦しくないと、自分に言い聞かせ続けた。
「…それでも、心のどこかで、助けを求めていたんだよね。」
目が覚めた。
あのとき私が声を発していたら、未来は‥今の私は、何か変わっていたのだろうか?