天の国の猛騎兵(ハッカペル)

"狂信者"は泣く

エピソードの総文字数=4,498文字

喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい。

(新約聖書『ローマ人への手紙』12章15節)

 朝。生徒がぽつぽつと教室に入ってくる頃。

 陽太が教室に足を踏み入れると、珍しく小林が駆け寄ってきた。2人の他クラスの生徒を連れて。

おはよー水野っち!
お、おはよう。
水野っちにお客さんだぜ!
え、僕に?
厳密には愛花ちゃん目当てなんだけど、水野っちって愛花ちゃんの一番弟子みたいなもんだし、ついでに挨拶したいみたいだぜ!
そっか……。

(うわ……サイッコラさんの弟子と思われてるんだ……。つらい。)

 陽太は人知れずメンタルにダメージを受けた。だがそんなことも知らずに、2人の生徒は自己紹介を始める。
どうも、鷹尾傑(たかお すぐる)だ。君が最近サイッコラさんと一緒に行動してる水野君だね。
で、俺は大谷将司(おおたに まさし)だ!よろしくな!
えっと、サイッコラさんに何か用事かな?
この2人は、超常現象とかについて調べるの好きらしくって、愛花ちゃんの力に興味持ってるらしいんだ。ちょっと愛花ちゃんと喋ってみたいんだって。
そ、そうなんだ。

(サイッコラさん、2人のこと知ったらめっちゃテンション上がるだろうなあ……。)

実は我々は、オカルト研究会を勝手にやっているのだ。
もちろん、2人だけだと同好会としては申請できないし、勝手に2人で超常現象とか都市伝説について語り合ってただけなんだけどな。
そうやって2人で語り合っていたある日、サイッコラさんがイエス・キリストのように、怪我や病気を治して回っているという噂を聞いたものでな。
治して回ってるって言っても、僕が見たのは3件だけだけど。

(ていうか本当にサイッコラさんが治してるのかわからないし……。)

 "オカルト研究会"の2人は目を輝かせる。
十分すげえじゃん!あちこちで噂になってるぜ!
噂を耳にした時、我々は感じたのだ。我々の求めているものはここにあった!今我々は、超常現象を間近に見る特権を与えられているのだと!
というわけで、サイッコラさんが何かやるときに俺たちも見てみたいってわけ。
うーん、サイッコラさんなら、喜んで同意しそうだなあ。
よし、それでは、サイッコラさんが来るまで待たせてもらうとしよう。
あ、来たよ。噂をすれば。
おお!

 愛花は教室に入るなり、陽太に手を振る。愛花に侮蔑の視線を送る者は、もういない。

水野君おはよー!
おはよう。
愛花ちゃんおはよー!君にお客さんだぜ。

おはよう小林君!

なになに?聖書について聞きたいの?
いや、そうじゃないみたいだけど……。

 傑と将司は、自分たちがオカルトに興味を持っていること、愛花が起こした”奇跡”の噂を聞き、自分もそれを見てみたいということを愛花に話した。


えっと……オカルトかぁ……。うーん、まあいいや。機会があったら、横で見ててくれていいよ。
(サイッコラさん、もっと喜ぶと思ってたけど、ちょっと複雑そうだなあ。)
感謝する!
楽しみだぜ!
なんか面白そうだし、俺も鷹尾ちゃんと大谷ちゃんに協力するぜ!
(これからどうなっていくんだ……。いろんな人が絡んできてるぞサイッコラさん……。まさかカルト教祖になったりはしないよね。)

 その後、”オカルト研究会”の2人が、愛花に治してほしいという人物を見つけた場合、愛花のもとに連れてくるという取り決めになった。時間は互いの都合がつきやすいよう、放課後ということになった。また、"治してほしい人"探しについては、顔の広い小林も協力することになった。

 その後、午前中の時間はいつも通りに流れて言った。そして、いつも通りに昼食の時間が始まった。陽太と幸音と愛花の3人は、踊り場でそれぞれ弁当を開く。


はー、昨日はやっちゃったなー。
私こそごめんね……。嫌なこと言っちゃって。
いやいや、白附さんは悪くないよ。私は自分の知恵に頼って聡美さんを論破しようとしてしまった。神様の言葉である聖書を、人間の知恵で弁護しようなんて、おこがましいことなのに……。何事においても神様を頼らなきゃ。自分の言葉1つ1つについても。
ふーん、なんか難しいね。

(うわ、反省して丸くなるかと思ったら、敬虔値アップしてる。やっぱりこの子怖い。)

実際は自分でやろうとするより、神様に委ねた方が楽なんだよ。我が心で歩もうとすると、空回りして疲れるし……。

……そうなんだ。

(僕の目から見たら、サイッコラさん相当空回りしてるけどね!)

今回は本当に失敗したわ。神様の愛を示さないといけないクリスチャンが激しく争うだなんて……。
そもそも聖書科の教育方針に喧嘩売って今回の運動始めたのでは……。
うっ!
 今まで自信満々だった愛花が、申し訳なさそうにビクリと肩を震わせる。攻撃的な態度で自分の考えを広めようとしたことを、心の底から後悔しているらしい。
僕の中では、キリスト教ってプロテスタント同士でもいろんな論争あるんだなーってイメージになったよ。
 愛花が弱気になっているのを良いことに、陽太は追撃を加えた。陽太は捻くれた性格なので、こういう時だけ強気になるのである。ひどい。
あー、出だしから間違えた~!!それに白附さんには、特に嫌な思いさせちゃったよね……。通ってた教会でいろいろあったんだよね。
いや……昨日のことでは嫌な思いはしてないよ……。教会ではいろいろあったけど。
(打ち明けるんだ白附さん。がんばれ!がんばれ!)
 心の中で幸音を応援した。愛花に対する態度とは、えらい違いである。
まあ、いろいろ。
そっか……。
(今だ!チャンス!)
神様の愛って何だろう?
ん?
なんか、行ってた教会でいろいろあって、神様に見捨てられてるような気がしてて……。
幸音は躊躇いながらも、少しずつ言葉を絞り出す。
(おお!いけるいける!)
辛かったんだね……。良かったら聞かせてくれる?
えっと、昨日水野君にも話したんだけど……。
うん。
えっと、中学生のとき、あることで悩むようになって……。えっと……。
…………。
……。(がんばれ!)
悩みがあったんだね。それはどんな悩みかな?
えっと、ごめん、悩みの内容は……今はまだ話せないかな。
そっか……。悩むようになって、それからは?
まずは、教会の友達に話したの……。そうしたら、それは大変だから教会のカウンセラーに話すようにって言われて……。それで、えっと……。
 こうして、幸音は教会での出来事を話した。カウンセラーに相談すると、祈れば解決すると言われたこと。祈ったが何も変わらず、そのことを話すと、カウンセラーから責められたこと。そして、牧師から教会に立ち入ることを禁じられたこと。さらに、両親すらも幸音のことを責め立てたこと。その後、両親がその教会を離れ、別の教会に通うようになったこと。それから、自分は神から見捨てられているのではないかと感じるようになり、今はどの教会にも通っていないこと。
そっか……。1人で悩んで、助けてもらおうと頼ったカウンセラーに責められた上に、教会からも追い出されたんだね……。
うん……。
(サイッコラさん、どう答えるんだろう。サイッコラさん、変な子だし狂信者だけど……。)
 陽太は固唾を飲んで見守る。愛花のことだから、”神の愛”を説くはずである。しかし、この”狂信者”が、幸音を傷つけるようなことを言ったりはしないかと、少しばかり不安にもなる。
ずっと、辛かったよね。
う、うん。
…………。
 愛花の両目から涙が溢れ始めた。愛花の両頬を伝う大粒の涙。
(え、この子、泣いてる!?)
 徐々に、流涙の激しさは増し、愛花はむせび泣き始めた。まるで幼子のように。
ひっく……ひっく……うぇええええ…………。
えーと、大丈夫?

(この子メンタル大丈夫かよ!?感情のジェットコースターやでえ……。)

サイッコラさん、大丈夫?
うわぁあああん……だって…………。
(狂信者だから宗教の暗部を見てショックを受けたのか?)

 愛花は暫くの間むせび泣いた後、徐々に落ち着きを取り戻し始めた。とは言え、はらわたを絞られたかのように辛そうな表情をしている。


教会は、キリストの体で……皆が神様の愛に出会うところなのに……なのに、寂しい思いをさせて追い出すなんて、あんまりだよ…………。
ごめんね、私がしんどい話しちゃったから……。
 愛花があまりに辛そうにしているので、幸音が愛花を気遣う。これではどちらが悩みを打ち明けた側なのか分からない。
違うよ!幸音ちゃんは何も悪くない!それに、このまま幸音ちゃんが自分を苦しめ続けるなんて、神様は望んでないよ。
サイッコラさん……。

”愛花ちゃん”でいいよ。

たとえ幸音ちゃんがどんなでも、何か変わっていく必要のある課題があったとしても、神様は幸音ちゃんをそのまま愛してくれるから。神様は絶対に”幸音ちゃんを諦めない”から……。
(神が白附さんを諦めない?それってどういうことだ?)
 方向が逆ではないか、陽太は疑問に思った。人間が神という”真理”を追い求め続けるのは理解できる。しかし、神の方から人間を追いかけるなど、あるものなのか。それはまるで、恋愛シミュレーションゲームをプレイしているときに『この子が俺のことを好いているんだ』とか言い出す痛いオタクみたいではないか。陽太には全く理解できない世界である。

 ともあれ、陽太は愛花があまりに激しく悲しんでいるので、さすがに心配になって声をかける。

えっと、サイッコラさん大丈夫?
ごめん、大丈夫……。
いや、弁当半分しか食べてないけど。
えっと、後で食べる……。
 愛花はそう言うと、弁当箱を閉じて片付けてしまった。
幸音ちゃん、祈って良い?
(へ!?唐突すぎるんだよなあ。)

 愛花は幸音を抱きしめ、幸音の頭に撫でるように手を置き、祈り始めた。

愛する天のお父様、幸音ちゃんが教会での出来事を話してくれたこと、あなたに見捨てられたんじゃないかっていう気持ちを打ち明けてくれたこと、感謝いたします。神様、幸音ちゃんが毎日苦しんでいることは、あなたが一番ご存知です。どうか、幸音ちゃんの心の傷に触れて癒してください。幸音ちゃんがあなたに愛されてるんだって信じられるように、あなたの愛で包み込んでください。『あなたはわが目に尊く、重んぜられるもの』というあなたの呼びかけが、幸音ちゃんにも聞こえる日が来ると信じます。どうか、幸音ちゃんがあなたの愛を感じて、毎日あなたの愛を喜べるよう、あなたが共にいて、幸音ちゃんを苦しみから助け出してください。愛するイエス様の御名前を通して祈ります。アーメン。
……アーメン……。ありがとう。
 愛花が祈っている間、幸音の顔が陽太には見えていた。陽太には、その表情はまるで罪悪感で曇っているように思われた。まるで、自分はその祈りを受けるに値しないと感じているように……。

 祈り終えた愛花は、幸音の両肩に手を置いて向き合う。

神様は絶対幸音ちゃんのこと大好きだからね!
…………。
(えっと、これはこれでいいのか……?)
 陽太は愛花の接し方をやや強引なものと感じたが、それが幸音にとって良いものか悪いものかは、よく分からなかった。

 その後、誰も一言も話すことなく、昼食の時間は過ぎていったのであった。

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