初詣

文字数 3,816文字

 大晦日の日付が変わる頃に、地元の神社に初詣に行くのは、子供の頃からの習わしだった。今年ももうすぐその時期がやってくる。地元の神社は世間的は少しは有名で、初詣の時に結構な人が出る。今年は、神社の本殿が修復されて見違えるようになったそうだ。そうだと言うのは、未だ見ていないからで、お披露目は大晦日の夜だそうだ。全く神主さんも勿体振った事をする。そう思っていたら、工事が遅れて本当は新年にずれ込むかも知れなかったそうだ。神社としてはそれだけは避けたい。なんせ、一年で一番賑わう時期に本殿が閉鎖されていては、たまったものでは無いからだ。第一収入に響く。
 俺は今年の春に、学生時代からの付き合いだった会理と結婚した。式や披露宴は自分の背丈に合ったものにした。近くだが海外に新婚旅行にも行った。今は実家を出て同じ市内だが、会理の実家と自分の実家からの等距離に近い場所に住んでいる。会理もこの街の生まれだ。でも知り合ったのは大学に入ってからだった。
 俺は地元の公立高校に通っていたし、会理は東京の私立の女子校に通っていたからだ。
「ねえ。今年も行くのでしょう? 初詣」
 年末のある日、夕食を二人で食べている時に会理が何気なく訊いて来た。
「ああ、行きたいと思ってる」
「毎年行ってるんだっけ?」
「必ずと言う訳では無いけどね」
「今年は新しい本殿が公開されるのでしょう」
「そうそう。それも楽しみなんだ。新しい年に新しい神社に拝めるのは縁起が良いじゃないか」
「そう言われるとそうねえ」
 その時は他愛のない会話のはずだったのだ。
 年末の「仕事納め」も終わり年末休みとなった。会理は風邪を引いたとかで医者に行っている。その間に俺は、掃除をしながら古いアルバムを見ていた。このアルバムは結婚した時に実家から持って来たものだ。その中に神社で撮影した写真が幾つかあった。懐かしい写真でもある。
「あれ、両親と写真撮ったのか」
 俺が見つけた一枚には神社の本殿の前で両親に挟まれて笑顔で立っている俺が写っていた。確か小学校に上がる前の年だったと思う。小学校の一年生の時は確か風邪を引いて年末から正月は寝ていたからだ。正月に寝ていたなんてのはこの時だけだったら良く覚えている。
 写真を見ていたら一つ気がついた事があった。自分の左手は母親の手を握っていたが、右手は父親の手を握っておらず何かを握っていた。そのままでは何を握っているのか判らないので拡大鏡を持って来て見て見る。するとなにか赤いものを握っていた。それを見て思い出した。確か、この日は迷子になり、親切な人に両親を探して貰ったのだ。そしてその人に貰ったものだった。その時は、それが何か判らず、そのまま持って帰って机の引き出しにしまったのだった。平べったい筒状のものだった。上と下の平面に何か口が付いていてコードか何かで接続するものだと思った。
 尤もそれは俺が成人してから判った事だ。当時は何か判らないがとても凄いものだと信じて自分の「宝物」としたのだった。確か実家を出る時に「宝物」の箱に入れて、それをそのまま持って来ているはずだった。会理に見つかれば
「こんなガラクタ捨てちゃいなさい!」
 と言われるに決まっている。確かにガラクタなのだが、それぞれに思い出があり、簡単に捨てる訳には行かない。
 思い出を確認するために、押入れの奥から箱を出して見た。ホコリを払って蓋を開いて見ると赤く平べったいものは確かにそこにあった。でも今の俺にはそれが何か判ったので、一層不思議感が強まった。
「これ、モバイルバッテリーだよな。それもこの前、俺が買った奴にそっくりだ」
 全く同じものとは思えないが、これがモバイルバッテリーだとしたら、あの時代に何故、そんなものがあったのだろう。そして何故、あの人は俺にくれたのだろう。そんな疑問が残った。
 年越し蕎麦も食べて、家を出る。今年は例年に比べると、かなり暖かい。それでもコートにマフラーをして行く。神社に到着したのだが、やはりというか想像通り、開門を待ってかなりの人が列を作っていた。毎年、大晦日は混むがこれほど混むのは初めてだと思った。確か、あの写真を撮影した年も人が多かったと記憶が蘇って来た。
 やがて太鼓が打ち鳴らされ神社の門が開かれた。余りの多さに人数制限が行われて、少しずつ進んで行く。
「今年はいつもより人が多いわね」
 会理が驚いた顔を見せる。無理もない。会理だって大晦日の夜にここに来るのはそう多くは無い。彼女も家族で温泉に行った年もあったり、友達とスキーに行った年もあったからだ。今までは、必ず毎年俺と新年を迎えている訳ではなかったのだ。
 列は段々進み俺たちも境内に入ることが出来た。間近に見える新しい本殿は荘厳で、美しくライトアップされていた。特に漆喰の壁と朱塗りの柱の対比美しかった。その時、俺はこの本殿は初めて見るはずなのに、何故か既視感を感じた。
「前にも来たよな」
「何言ってるの。今日がオープンでしょ。ボケたの? 前に来た時よりホント凄くなってる。新しいのも良いわね」
 会理はそう言って、一刻も早く参拝したいという表情を見せた。俺の呟きは無視された。
 少しずつ進んで俺たちの番になった。二礼二拍手一礼で参拝をする。
「何をお願いしたんだ」
「ヒミツ!」
「いいじゃん。教えてくれよ」
「じゃ、後で。ここじゃ恥ずかしいから」
 会理のその言葉で大凡は想像出来た。俺も幾つかはお願いをしたが、一番は同じだと思った。
 本殿の階段を降りた所で男の子とぶつかった.
「痛て! あ、ごめんなさい」
 男の子は誰かを探してる感じで後ろ向きに歩いていたのだ。
「ああ、構わないよ。それよりどうしたのボク?」
 会理が俺の代わりに男の子に声をかける。
「うん。お父さんとお母さんと来たのだけど、逸れちゃったの」
「あら迷子になったんだ」
「うん」
 会理が困った顔をしたので俺は
「一緒に捜してあげようか?」
 そう言うと男の子は嬉しそうな顔をした。
「ホント!」
「ああ、本当だよ」
 そう言ってあげた。
「何処ら辺で逸れたの?」
 会理が男の子から訊来出す
「それが拝んでいたら居なくなったの。だからもう階段降りちゃったのかと思ったの」
 それならば、未だ近くに居るはずだし、第一この子を捜してるはずだと思った。
「一緒に捜してあげるからね」
 会理はもう一度男の子に言う。すると俺が言った時より顔を輝かせた。やはりこいつも男なんだなと思った。しかも会理が好きという事は俺と同じ要素を持ってるのだと思った。 境内の中に居ると思うのだが、あまりにも人が多すぎて見つからない。その内に俺と会理とも逸れそうになったので、俺は持っていた鞄の中から何かを掴んで男の子に手渡した。「迷子になっても、これを持っていれば君だと判るから」
 そう言うと男の子は
「うん判った。これを絶対離さないよ」
 そこまで言って俺は男の子に手渡したのが先日自分が買ったモバイルバッテリーだと認識した。頭の中で何かがぐるぐる廻る。あの写真の光景が蘇って来た。
「どうしたの?」
 会理の言葉も耳に入らなかった。
『これは何だ。この子は、ひょっとして俺なのか?』
 あり得ない事だった。そんな馬鹿なことがあるはずが無い。
 理屈では判っていても否定しようが無かった。あの写真と宝箱にあったモバイルバッテリーがそれを証明していた。その時だった
「あ、お母さん!」
 振り返ると男の子が人混みの中に消えて行く所だった。
「あ、ボク!」
 会理が声を出すが既に男の子の姿は消えていた。
「消えちゃった……」
 
 神社からの帰り道。俺は会理に正直に全てを話した。宝箱のモバイルバッテリーの事。実家から持ってきたアルバムの写真の事。それらを包み隠さずに話したのだった。
「それって、信じられない話だけどあるかも知れないわね」
「信じてくれるのか?」
「気が付かなかった?」
「何を?」
「あの子、アナタそっくりだったじゃない。だから私も声をかけられたのよ。それにあの子も嬉しそうだったじゃない」
 そうか、アイツは俺だったから嬉しそうな顔をしたのか。何か納得してしまった。
「そう言えば、さっき何をお願いしたのかと訊いたら、後で教えてくれると言っていたね」
 俺は話を戻して神社で何をお願いしたのかを尋ねた。会理は、そっと俺の耳元で
「あのね。良い子が生まれますようにってお願いしたの」
 それって……俺はてっきり、子供が出来ますように、だとばかり思っていた。
「出来たのか!?」
「うん」
「何で言わなかったんだよ」
「だって、新年に驚かさせようと思って。それにちゃんと見て貰ったの一昨日だから」
 一昨日は仕事納めで遅くなったのだった。それに帰りに一杯誘われて強か酔って帰ったのだった。
「いつだ?」
「七月よ」
「そうか楽しみだな」
「うん。でもね私、生まれて来る子は男の子のような気がするんだ」
「そうか。そうかもな……」
 何だか俺もそんな気がした。
「お店が開いたら、新しいモバイルバッテリー買わないとね」
「ああ、そうだな。まさか、あれはもう使えないだろうしな」
 そう言ったら会理が笑った。


                      <了>
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