第143話 経過

文字数 2,051文字

 脚に不安の残るレナの両脇をヨーレンとカーレンの兄妹で支えながらその後ろをノノ、ユウトと続き、マレイに指定された荷馬車へ向かう。ゆっくりと歩きながらユウトは現場の上空から照らすラトムに声を掛けて先に戻ると会話をしていた。

 ユウトは最後に荷馬車へとたどり着きその荷台を見て少し驚く。荷台の奥から傾斜を付けるように占領する何かが積まれていた。それには布がかぶせられており、一見何かわからない。マレイを含む皆はその布の上に座っていた。

 ユウトは少し気後れしたが思い切って一足跳んで荷台へと上がると布の上に座り込む。それは思っていた以上に弾力があり座り心地は悪くなかった。

「出してくれっ!」

 乗り込んだユウトを確認してマレイは荷馬車の前方に向け大きな声で合図を出す。その声を受け荷馬車は進み始めた。

 荷台の後ろからは魔術灯のいくつもの明かりと、ラトムの広く照らしだす柔らかい光が闇夜に浮かんで見える。傾いていたはずの魔獣に襲われた荷馬車はすでに正しい位置へと立ち直り、ゆっくりと動きだそうとしているようだった。

 ふと、ユウトは山盛りに積まれ、腰の下に引く荷が気になる。視線を巡らせ荷馬車の中を見渡してすぐに手がかりに気づいた。

「マレイ、この布の下は魔獣の毛か?」
「そうだよ。せっかくの戦利品だ。ラーラに売り払ってもらって君らで分けても文句を言う者はいないだろう」

 マレイは最も荷車の最も奥で傾斜を着けて積み上げられた毛に身体をあずける。

「魔獣の毛は魔力が練り込まれているし、貴重なのもあってなかなか高値で取引されるんですよ。騎士団の運営にも欠かせないものになってます」

 カーレンが補足説明をしてくれた。

 くつろぎ始めていたマレイは「あっ」と言って何かを思い出したように上半身を立たせる。

「ところでヨーレン。量産型の魔鋼帯。使ってみた報告を今のうちにしてくれ。問題はないか?」
「はい。わかりました」

 突然のマレイの質問に対してヨーレンには焦った様子もなく返事をして報告を開始した。

「私が見る限り問題はありません。今回あくまで私は補助に周り、ノノがレナに使用しました。レナ、怪我の具合はどんな感じだい?痛みや違和感、体調の変化があれば教えて欲しい」

 問いかけられたレナは少し悩みながら脚の怪我を負った部分を包帯の上から触れ、話始める。

「全然痛みはなくて、足先までちゃんと感覚もある。血も止まっているし今のところ違和感とかもないかな。正直ちょっと怖いくらい」

「経過はまだ観察しますが今のところ結果は良好だと思います。
 ノノ、衛生班の習熟状況はどうなっているか報告してくれ」

 ヨーレンは続いてノノに尋ねた。

「えっと、ですね。大工房衛兵の衛生班への訓練過程は完了しています。あとは実際の損傷を目の前にして適切に判断して動けるか、ということが課題です。
 ギルドの方にも声を掛けて希望者の方に訓練課程を受けてもらっています。こちらは実戦を経験なれされている方が多くいらっしゃったので大工房側と共同で訓練を行い、経験の共有をしてもらって想定より早く済みそうです。
 あとは、まだ到着されてない騎士団の方々に対してどうするかですが・・・」

 ノノは最後、言葉を濁しながらカーレンの方を見る。それを察してヨーレンがカーレンに尋ねた。

「カーレン。調査騎士団の団員には治癒魔導士も在籍していると思うけど、治癒魔術具の使用についてどういう見解を持っているか知っているだろうか?」

 ヨーレンの声にはマレイと話しているときとはまた違った緊張の色がユウトには見える気がする。

「個別の魔導士の意見というよりクロノワ団長の決定次第とは思います。これは私個人の感想ですけど団長は有用であれは魔術具の採用に対して偏見は持たれないと思います。ですのでそういった団長が人選した治癒魔導士ですので使用を控えるかもしれませんが概ね受け入れられるのではと。
 実際に私はその使用に立ち会って拝見いたしましたし、その効果に驚くものもありました。このことについて団長の方にきちんと報告いたします」

 カーレンはヨーレンに、というよりマレイに対して語っているような印象をユウトは受けた。

「ありがとう。カーレン。
 私からは以上です、工房長」
「わかった。引き続き進めていいだろう。頼んだぞ」
「はい」

 重みのある短い返事をヨーレンはマレイに返して報告は終了する。マレイは緊張を解くようにもう一度、身体を後ろに倒して積まれた魔獣の毛を覆う白い布の上に寝そべった。

「急ごしらえの実戦配備だ。問題も必ずでてくるだろう。経過記録はしっかりやっておくようにな」

 後頭部に両手を持っていきながら瞳を閉じるマレイが気軽に指示する。それから石畳の上を小刻みに揺れながら進む荷台の中は静かになった。

「兄さんのやりたかったことってこういうことだったの?」

 突然のカーレンの発言にマレイ以外の全員がカーレンに視線を集める。カーレンの表情は怒るでもなく悲しむでもなくユウトは全く感情を読みとれなかった。
 
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