第7話 モブキャラまで絵に描いたような美形です

文字数 2,053文字

 カンナは風呂に入らされ、身支度を整えられていた。

 コルセットで締め上げ、ヒラヒラなドレスに着替えさせられ、化粧も施された。環奈一人でやったわけではなく、く屋敷にいる大勢のメイドにやって貰ったわけだが。さすが漫画世界だけあり、モブキャラのメイド達も絵に描いたように美女揃いだった。

「お嬢様、とても美しいですわ!」

 メイク担当は、ヘレンという若い娘だった。カンナと同じ歳ぐらいだが下働き歴が長いという。自分で部屋でメイクをして貰ったが、手先も器用で丁寧な仕事ぶりだった。

「ありがとう、ヘレン」
「まあ、そんなお礼言ってくれるなんて、嬉しい!」

 ヘレンは泣いて喜んでいた。なんでもメリアは全くお礼も言わず、お高くとまった嫌なお嬢様だったという。

「嘘? そんな性格悪かったの?」

 確か漫画の中で、メリアはヒロインとして可愛く描写されていたが。ただ、メイドの態度などは細かく描かれていたわけでも無いので、あり得ない話では無いようだった。

 こうして漫画のヒロインの裏の顔を見てしまいと、夢が壊れそうだ。

 もっとも鏡の中にいるカンナは、絵みたいに綺麗に仕上がっていた。佐藤環奈(17)の影も形もなく、思わずため息が出そうだった。

「メリアお嬢様は最初はそんな性格ではなかったんですよ。ある時から突然人が変わったみたいで。何かに取り憑かれたみたいに性格が悪くなったんです」
「本当に? いつから変わったの?」
「メリアお嬢様が家出するちょっと前ですかね。態度も雑になって、とにかく偉そうなんです」

 家出する直前というと、メリアが前世の記憶を思い出した頃ではないか。前世を思う出した時に何かあったのだろうか。元いた世界に帰れるヒントがあるかもしれない。

 カンナは、その頃の様子をくわしくヘレンに聞いてみた。

「その頃、何か変わった事はない?」
「そうですねぇ。旦那様があまり家に帰ってこないと言いますが、仕事で地下の部屋に篭る事が多かった気がします」
「そう、ありがとう」

 詳しく聞いても、ヒントがあるようには思えなかったが、一応頭の片隅に入れておく事にした。

 そしてメイクも終わり、部屋に執事のレンが入ってきた。

 ばっちりと燕尾服が板についた執事だが、身支度が終わったカンナを見て、顔を赤らめていた。

「お迎えにあがりましたよ、カンナ」
「ええ、では行きましょう」

 カンナは淑やかに頷き、レンと一緒にご主人のいる公爵の部屋に向かった。中身は佐藤環奈(17)であるが、こんな格好をしてしまうと身が引き締まる。自然と背筋を伸ばし、言葉つかいも丁寧になっていた。

 やはり、この屋敷は公爵邸という事もあり、べらぼうに広い。

 広くて長い廊下をレンと一緒に歩いた。廊下はフカフカなカーペットがひかれ、靴に食い込みそうだ。はっきりいって歩きにくい。歩幅も狭くなり、歩くスピードもゆっくりになるが、レンは歩調をあわせてくれた。

 なぜかレンの頬は赤い。熱でもあるのかとも思ったが、背筋は伸び、具合自体は悪くなさそうだった。やはり、漫画世界のキャラだけあって、美形ではある。別にカンナの好みではない顔だが、元いた世界での失恋はすっかり忘れていた。モブキャラのメイド達も美形だったし、この世界の美の基準は高いらしい。目の保養にはなる。

「本当にメリアお嬢様のフリしてバレたりしない?」
「大丈夫ですよ」

 レンは根拠のない自信があるようで、胸を張っていた。

「ところで、メリアお嬢様とはどれぐらいの付き合いなの? ずっとこの屋敷で働いてるの?」

 特に話題もないので、レンの事を質問してみた。

「ええ。私は10年ぐらい勤めています。お嬢様が5歳ぐらいの時からですかね」
「長いんだ。今いくつなの?」
「28歳です」

 その割にはぜいぶんと若く見えた。美形だと老けるのも遅いのかもしれない。

「この仕事好き?」
「まあ、嫌いじゃないですよ」

 レンはニヤっと笑った。その笑い方がちょっと邪悪で、背中がぞくっとした。

「きゃ!」

 そんな事を考えていると、コケそうになった。しかし、すぐにレンに身体が受け止められた。

「きゃ、大丈夫ですって!」

 至近距離で美形を見るのは、心臓に悪い。思わず、レンから避けるように姿勢を変えた。

「ふふ、良いですよ」

 レンはまた意地悪そうな笑みを浮かべていた。少し嫌な気分になったが、心臓はドキドキし続けていた。

 それにしてもコケそうになって美形に助けられるシチュエーションって、どんな少女漫画?

 心なしか背景に薔薇やチューリップが見えてしまう。

 いや、ここは少女漫画の世界みたいだけれども……。妙にご都合主義的な空気も感じ始めていた。さすが夢の世界という事なのだろうか。

 そんな事を考えていたら、この屋敷のご主人であり、メリアの父親である公爵の部屋についた。

「公爵様、お嬢様のメリア様を連れてきましたよ」

 レンはノックをすると、何食わぬ顔で嘘をついていた。第一印象は、犬っぽい素直そうな美形に見えたが、どうも策士っぽい男にも見えた。一筋縄ではいかなそうだった。
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登場人物紹介

佐藤環奈(17)

クリスチャンJK。漫画やゲームが大好きだった。恋愛に免疫が無い。

サトゥ・カンナ

少女漫画「悪役令嬢は、カフェ店長になって隣国の騎士に溺愛されます」の中での環奈の姿。ヒロインの公爵令嬢の身代わりをする事に。

レン

少女漫画「悪役令嬢は、カフェ店長になって隣国の騎士に溺愛されます」の中のイケメン執事

メリア

少女漫画「悪役令嬢は、カフェ店長になって隣国の騎士に溺愛されます」の正規ヒロイン。前世の記憶があるらしい。

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