文字数 867文字

 春、進路が決まらぬまま、卒業を迎えた。仕方なく、新宿にある書店で働き始めた。これまで全く考えてもみなかった仕事だった。しかし、あらゆる仕事への興味を失ってしまった今、唯一心が動いたものが本を扱う仕事だった。本屋の仕事は思いの他、重労働だった。仕事を終え調布の部屋に戻ると、立ちっ放しのために足がむくみ痛みが走った。重い本を詰めた山のように積まれた段ボール箱を何度となく運び、腰の具合もよくなかった。酷い時は週に六日働き、それでいて手取りは十六万円程度、とても続けられる自信など無かった。
 ミライは相変わらず素人劇団に所属しながら、メジャーな劇団、芸能事務所などのオーディションを受けていたが、どこにも受からなかった。夜の居酒屋でアルバイトを始めたが、家賃とレッスン代を払うと幾らも残らなかった。苦しい月は腹が減ると部屋に来てセックスをし、食事をねだった。そんな生活がしばらく続いた。生活が苦しくなるにつれ、ミライは自分の部屋の家賃が負担で、同棲した方が楽になると考えていた。しかし、言い出せなかった。会って食事をして、セックスをして、明日また仕事があるからと言って、テツヤはそっぽを向いてしまう。同棲することで『結婚』はより現実的になる。そうなれば、今のままではいられない。裸のままベッドに横になって互いの性器を意味も無く触っていた時、急に心が泥の水で溢れた。吐き気がした。目を瞑り、それをどうにか飲み込んだ。醜いものが顔を覗かせそうだった。
「近々、引越して来てもいい?」
 ミライが上目遣いする。何も答えなかった。
「私にできることって、これくらいしかないから」
 テツヤの背中に頬を摺り寄せる。
「今日は泊まっていくわ」
「明日の朝早いからもう寝る」
 再び背を向けた。
「迷惑だった?」
「何が?」
「同棲したいって、言ったこと、迷惑だった?」
「そんなことはないけど・・・・・・ただ、少し疲れただけ」
 しばらく冷たい背中を見つめた。
「おやすみなさい」
 部屋の明かりを消し、シャワーを浴びにユニットバスに向かった。テツヤはそのまま眠ってしまった。
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