第2話
文字数 3,047文字
はっと眼 が覚 めた。
知 らない天井 だった。
そして、天井 を黙 って見 ていると、事情 を思 い出してきた。
朝 、川上 さんに本気 で叱 られて、僕 は泣 き出 した。
みんなは、僕 が授業 を受 けれる状態 じゃない、と判断 したみたいだった。
僕 は保健室 に連 れていかれた。
そして、今 に至 る。
僕 は、状況 を思 い返 すと、体 を起 こした。
すると、それを誰 かが察知 したらしい。
ベッドを区切 るカーテンがシャッと開 けられた。
「タロちゃん、おはよ」
「……佐藤 さん」
カーテンの向 こうにいたのは、同 じクラスの佐藤 さんだった。
桃色 の髪 を二 つに分 けて結 んでいて、それがちょこんと両肩 に乗 せられている。
ぴょんと毛先 が上向 いていた。
「朝 から、瑠 美 にイジメられて、大変 だったにゃあ」
佐藤 さんは、まず現実 世界 では聞 かない語尾 をつけて、僕 を慰 めてくれた。
「いや、あれは僕 が、悪 かったよ」
佐藤 さんはそう言 うけれど、僕は川上 さんは悪 くないと思 った。
僕 が、甘 ったれたことを言 ったから、川上 さんが正 してくれたのだ。
僕 は、川上 さんの大声 をそう理解 していた。
「そうかな?春奈 はそうは思 わなかったけど?」
佐藤 さんは、軽 やかな足 取 りで、保健室 の中央 にあるテーブル――問診票 や体温計 が置 いてある――のそばに近 づいていって、そのテーブルに備 えてある椅子 にボスンと座 った。
「瑠 美 はねぇ、マジメすぎ。誰 だって弱音 の一 つや二 つぐらい吐 きたいよねぇ。 それがたまたま、瑠 美 の逆鱗 に触 れる言葉 だっただけだよね? でしょ?」
佐藤 さんは、椅子 の上 で首 をカクンと横 に倒 して、僕 の意見 を問 う。
僕 は、ベッドの上 で体 を起 こした態勢 のまま、頷 いた。
「だよねぇ?春奈 は頑張 ったなんて、思 えなくても、いや、思 わなくても、いいと思 うよ。だって、結果 でしかわからないことって、いっぱいあるもん」
「でも、僕 は、川上 さんの言 ってることも、間違 えてはないと思 う」
少 なくとも、川上 さんは彼女 なりに、僕 を励 まそうとしてくれていた。
だから、僕 はあそこで川上 さんの言葉 を、否定 することを言 っちゃダメだった。
佐藤 さんは、僕 がそう言 う間 、黙 って聞 いていた。
かと思 うと、急 に椅子 から立 ち上 がって、僕 のベッドに近 づいてくる。
佐藤 さんは、僕 が横 になっているベッドの端 に座 った。
「恋愛 だってさ、だいたい失敗 するものじゃん? 頑張 っても振 り向 いてくれないかもしれないし、何 もしなくても好 きになられることも、あるでしょ? だから、頑張 ったかどうか、なんてどうでもいいんじゃない?」
佐藤 さんは、ベッドに座 ったまま、足 をブラブラさせている。
「春奈 ね、恋愛 ってね、頑張 らないようにしてるの」
「……頑張 らないようにしてる?」
「そうなの。恋愛 に本気 になっちゃうとね、いつかシンドイ時 が来 ると思 うんだよね」
そう言 って佐藤 さんは、僕 を見 る。
「タロちゃんはさ、村口 さんのことを本当 に好 きだった?」
「……うん」
「じゃあさ、次 に好 きな人 ができたら、どうする?」
「……今 は考 えられない、かな」
「そういうこと」
佐藤 さんは、僕 を指 さした。
小 さな手 が拳銃 の形 にして、僕 に狙 いを定 めた。
「そうやって、本気 になるとね。いつの間 にか、好 きな人 の残像 が心 の底 に染 み付 いちゃうんだよ。でもね、人 って忘 れる生 き物 でしょ。だから、いつの間 にか、前 の人 なんて忘 れて、次 の恋 を始 めるの。でもね、残像 はそのまま心 の隅 っこに残 り続 けるの。そうやって、いっぱい恋 をしてね、たくさん失敗 するとね、心 の中 が残像 で、キツキツになっちゃうんだよ」
佐藤 さんは、そこで一呼吸 置 いた。
「タロちゃんは、残像 がいっぱいになると、どうなると思 う?」
「……好 きになれなくなる――?」
「せいかーい。苦 しくなって恋 ができなくなるんだよ。だから、恋 に必死 になっちゃいけないの」
佐藤 さんは、そう言 ってから意味 ありげに視線 を外 した。
「女 の子 は、恋 を上書 きするなんて言 うけど、そんなことないよ」
そして佐藤 さんが手 で形作 った拳銃 が、火 を吹 いた。
「女 の子 だって、影 が残 っちゃう。そういう人 もいる。だから、春奈 はなんとなく恋 をするの」
「……なんとなく?」
「そう、なんとなく。なんとなく好 きだなって思 ったら、なんとなく仲良 くなろうとするの。それで告白 されたら、なんとなく付 き合 って。それで、なんとなくそんな雰囲気 になったら、なんとなくそういうコトをして。それでも大丈夫 だったら、なんとなく結婚 して。なんとなく暮 らして。なんとなく死 んでいきたいの」
佐藤 さんはこの間 に何回 「なんとなく」と言 っただろう。
佐藤 さんの世界 は、なんとなくの世界 だった。
「だから、春奈 は、別 に恋愛 なんて、頑張 らなくていいと思 うよ。いや、頑張 らなくていいよ。頑張 って思 わなくったっていいの。頑張 ったら辛 くなるのは自分 だから」
そう言 って、佐藤 さんは、また引 き金 を引 いた。
そして、フッと、人差 し指 の銃口 に息 を吹 きかけた。
「じゃあ、佐藤 さんにはないの? 残像 」
「えー、それは言 えないにゃあ」
佐藤 さんは猫 のマネをしながら、そうおどけた。
佐藤 さんの心 にある残像 を隠 そうとしたのかは、分 からなかった。
「タロちゃんもさ、早 く立 ち直 って、なんとなくでいいから、好 きな人 、見 つけちゃいなよ」
「……なんとなく、かぁ」
「そうだっ! じゃあ、春奈 と瑠 美 だったら、どっちがいい?」
佐藤 さんは、からかうように笑 っている。
「なんとなく、でいいんだよね?」
「うん、なんとなく。……どっち?」
どっちを言 ったとしても、笑 われそうで答 えたくない。
それに、まだ、そんなに軽 く言 えるような心持 ではなかった。
そうやって、答 えれずにいると、佐藤 さんは、僕 の額 にデコピンをした。
パチッ、と佐藤 さんの小 さな爪 が、僕 のデコをはじく音 がした。
「にゃはははー! タロちゃんには、まだまだ難 しそうですなあ」
そう言 って佐藤 さんは歯 を見 せて、笑 っている。
「タロちゃん。恋愛 ってね、失敗 しても何 かを残 していくものなんだって。……タロちゃんは、いい恋愛 をしたんだね」
「それが残像 のことだよね?」
「残像 以外 に、いい物 もたくさん残 ったんだよ。だから、タロちゃんは落 ち込 んじゃったんじゃない?」
「分 からないけど……」
そう言 われて、僕 は、村口 さんのことを思 い出 そうとしてしまった。
けれど、思 い出 すのはフラれたという事実 ばかりだった。
僕 は、佐藤 さんの言 っている残像 を明確 に意識 した。
残像 は、ゆっくりと形 をはっきりと浮 かび上 がらせてくる。
そして、あと少 しで形 が出来上 がるという瞬間 に、残像 は霧散 してしまった。
残 ったのは、残像 が消滅 するときに置 いていった仄 かなぬくもりだけだった。
「それだよ。そのぬくもりが幸 せの証 だよ」
僕 は、佐藤 さんがそう言 ったのに驚 いた。
正確 には、その声 が、あまりも近 くから発 せられたのに驚 いた。
眼 を開 けると、佐藤 さんはベッドの上 にいて、僕 の心臓 に手 を当 てていた。
「少年 、それが恋 の残滓 さ」
「……佐藤 さんって、本当 に同 い年 ?」
「むぅ、失礼 だぞ」
そう言 うと佐藤 さんは、僕 の心臓 にあてている手 にグッと力 を込 めた。
「春奈 は、ただの恋愛 好 きのJKなのだ」
それって絶対 に普通 の人 の自己 紹介 じゃないよね、と言 おうとした時 。
僕 は押 し倒 された。
体 がゆっくりとベッドに倒 れていき――ガンッという鈍 い音 。
僕 は、頭 をベッドのフレームに強打 したのだった。
痛 くて少 し、涙 が出 た。
「ちぇー、失敗 しちゃった」
僕 は、少 しは悪 びれて欲 しいと思 った。
そして、
みんなは、
そして、
すると、それを
ベッドを
「タロちゃん、おはよ」
「……
カーテンの
ぴょんと
「
「いや、あれは
「そうかな?
「
「だよねぇ?
「でも、
だから、
かと
「
「
「……
「そうなの。
そう
「タロちゃんはさ、
「……うん」
「じゃあさ、
「……
「そういうこと」
「そうやって、
「タロちゃんは、
「……
「せいかーい。
「
そして
「
「……なんとなく?」
「そう、なんとなく。なんとなく
「だから、
そう
そして、フッと、
「じゃあ、
「えー、それは
「タロちゃんもさ、
「……なんとなく、かぁ」
「そうだっ! じゃあ、
「なんとなく、でいいんだよね?」
「うん、なんとなく。……どっち?」
どっちを
それに、まだ、そんなに
そうやって、
パチッ、と
「にゃはははー! タロちゃんには、まだまだ
そう
「タロちゃん。
「それが
「
「
そう
けれど、
そして、あと
「それだよ。そのぬくもりが
「
「……
「むぅ、
そう
「
それって
「ちぇー、