第七話
文字数 5,676文字
電車の音、心地よい揺れ。あたしは微睡みの中にいた。
この超ローカル路線の
赤い4両編成の車両。玩具の電車の様で可愛らしいのであたしは結構好きだ。マニアの中でも好む人が多いらしい。車窓から見える景色は都心付近は華やかだが、進むにつれ緑豊かなのどかな風景に変わって行く。
『星花町~、星花町~』
あ、着いた・・・今日もよく寝たなぁ・・・
電車が空いているのは嬉しい。都心の主要駅から来る子達は『電車混んでて最悪!』とか毎朝の様にぼやいているけど、その心配はあたしにはない。たまに主要駅に向かうと車内の人口密度の濃さに驚かされるけど。
古めかしい木造駅舎を出て、のどかな田園風景広がる道を進む。相変わらず静かで平和だ。都会の喧騒などまるで夢の様だ。
今日の
あれ
はなんだったんだろう。昼休みの出来事を思い出し考え込んだ。田中さん(自称祓い屋)のことだ。あの人はあたしと同じく霊も視えるようだ。それに、紫乃さんの事も知っている様だ。
「・・・このお守りって・・・結局なんなんだろう?」
紫乃さんから貰った水晶の勾玉のお守りを取り出し見つめてみる。特に変わった様子はない。普通のお守りだ。
どうやらあたし、このお守りのおかげで霊は回避出来ていたが同時に視える能力も失っていたらしい。田中さんがお守りを奪った直後、あんな気配を感じたのが証拠だ。
「まあ・・・別にいいんだけど・・・」
霊なんて視えない方が良いに決まっている。余計な面倒ごとに巻き込まれないで済むし。そもそもあたしは平穏な高校生らしい生活を望んでいるのだから。
でも・・・田中さんのことは気になるから聞いてみよう。紫乃さんに。
「遅かったじゃないの。」
田園風景広がる道を抜けた時だった。突然目の前に何かが現れたのは・・・
それも・・・
ん?えっと・・・・??
「どなたですか?」
目の前に立っているのは女性ではなく男性だ。いや、少年と言った方がよいのか。しかも中々のイケメンである。あたしはこんな人物に会った事はない。あったら絶対に覚えている。イケメンだから。
で、でも・・・この口調・・・・これが『オネエさん』って奴なの?うわぁ・・初めて見るけど凄いなぁ。イケメンなのに・・・
「ああ、この姿じゃわからないわね。」
「ええ、全く。」
「・・・コホン。じゃあ・・・」
そう言うとイケメン君は咳ばらいを一つ。鞄の中から何故か茶髪のボブヘアのウィッグを取り出しかぽっと被り・・・
「皐月さんったらひどくなぁ~い?りりこショックなんだけどぉ~!」
「!?」
・・・えと・・・こ、この小悪魔なブリブリな感じは・・・
あたしはショックで言葉を失った。
だ、だって!!イケメンが!オネエで、しかもいきなりぶりっこ口調でくねくねしてあんな台詞を言うんだよ!?しかも今風女子のウィッグ被って!!ショックを受けない方がおかしい!!
「・・・コホン。これでわかったかしら?」
「・・・」
「ちょっと?皐月さん?」
バタン・・・
「皐月さん!?何なのよぉ!?ちょっとしっかりしなさいよ!!」
あたしはショックのあまり・・・現実逃避して気を失った。
はぁ・・・あたしの平穏は何処に・・・
*****
「う~ん・・・」
目を覚ました時、あたしは公園のベンチに横になっていた。夕日に染まった空が綺麗だ。
「目が覚めた?良かったわ・・・急に倒れるんだもの。」
「うわぁ~~~!?」
「失礼ね。人を化け物みたいに・・・」
その人を見るなり、あたしは身を起こしその場から素早く離れた。
どうやらあたしはただベンチに寝かせられていた訳ではなかったらしい。その人・・・田中さん・・・と思われる
イケメン君
のお膝を借りていたようだ。いや、これはこれでおいしい・・・ってそうじゃない。膝枕の件は置いておいて!問題は・・・
「あ、あたしのお兄ちゃん元刑事なんですよ!!」
「何よ?訴えようっていうの?助けてあげたじゃない?」
「うっ・・・そ、そうですけど・・・!!って思いっきり塩かけられたんですけど!!」
「私流のお祓いよ。ま、そんなことしなくても良かったのかもしれないけど・・・」
イケメン・・・もといオネエさん・・・いや、田中さんは完全に開き直っているようだ。涼しい顔をして髪なんぞ掻き上げて恰好つけていた。
「ど、どうして
「仕事上仕方なく。でも藤桜の制服を着れたのはラッキーだったわね。可愛いでしょ?セーラー服って。」
「し、仕事上って・・・や、やっぱりあなた
そっち
の気があるんですか!?」「そう言う差別はダメよ。それに私はバイセクシャルよ?どっちもってこと。わかるかしら?」
と、今度はにっこり得意げに言う田中さん。いや、もう田中さんていうよりは『ただのイケメンなオネエ』なんだけど。
そんないきなりカミングアウトされても・・・しかも威張って言う事なの?それ?
「安心なさい。あんたはタイプじゃないし。」
「そ、そう言う事言ってんじゃない!!だ、大体女子校に・・・だ、男子が潜入って!しかも女装って!!非常識過ぎるでしょう!!こ、この変態!」
「ま!失礼ね!!ちびっ子にクセに!!非常識はともかく変態は聞き捨てならないわ!!撤回なさい!!」
「ちびっ子ってそれこそ撤回してください!!」
「あんたが謝ったらしてあげるわ!」
「そっちが先です!!」
暫し睨み合うあたしと田中さん。気が強く負けず嫌いなのは一緒らしい。どちらも折れる気はない。
ああ・・・なんでこんなことに!!つかやっぱり嫌な奴だった!!田中め!
あたしはぐっと拳を握った。いや、別に殴る気はない。ご安心を。ただ怒りを鎮めるためだ。
このままどちらかが折れるまで・・・この睨み合いは終わる事はない。そう思った。
「珠ちゃん?」
しかし、タイミング良く現れたこの人。紫乃さん。あたしの姿を見ると爽やかな笑顔を浮かべとことこ歩いて来た。
相変わらずの服装だなぁ・・・
「帰りが遅いから心配したんだよ?聡一郎さんなんかお店放って迎えに行きそうな雰囲気だったから、なんとか説得して俺が・・・」
「あ!紫乃さん!!ちょうど良いところに!!」
「え?な、何?」
さすがの紫乃さんもあたしの気迫に何かを感じたのだろう。少し笑顔を引きつらせながら首を傾げた。胸ぐらを掴みそうな勢いのあたしに。しかし、そんなことは気にしない。
「この人!知ってます!?」
「え?」
びしっと田中さんを指さしてずばり聞く。あっちは知っているみたいだったし、紫乃さんが知らないはずはないとそう思ったからだ。
ふん・・・これで『知らないなぁ』って感じの答えだったら・・・祓い屋ってことは嘘になるのよ!田中さん!!
当然慌てふためいているだろう彼(彼女?)に目を向けた・・・が・・・
「き、如月紫乃様!本物なのね!!」
あろうことか・・・田中さんは目をキラキラに輝かせうっとりした表情で紫乃さんを見つめていたのだった。
な、なんていうか・・・これ・・・恋する乙女の顔だ。
「わぁ~!本当にイケメン~!!色白、お肌も艶々だわぁ~!!」
「え?ちょ、ちょっと君??」
さわさわ・・・
「腰も細いのねぇ~!!あ、でも体格はやっぱり男らしい・・・」
「え!?ちょっと・・・た、珠ちゃん?これは・・・」
困惑する紫乃さんなぞ気にもせず、紫乃さんの体を触りまくる田中さん。耐えられなくなったのか、ついに紫乃さんはあたしに助けを求めるような目を向け始めた。
なるほどぉ~・・・・ふ~ん・・・・
あたしはあたしで納得。何故田中さんがあたしに嫌味ったらしい態度を取っていたのか。何故、紫乃さんの名前を聞いてあんな反応を示したのか。簡単だ。これを見れば。彼女・・・じゃなかった彼は紫乃さんのファンなのだ。作家ではなく祓い屋方面の。
そんで何処かから紫乃さんがあたしを守るっていう噂を聞いて・・・あんな態度に。あたしと接触したのも、ここでわざわざあたしを待ち伏せしてたのも全ては紫乃さんに会う為。あたしはそのダシに使われたってことだ。
なぁにが『仕事上』だ。それだってあたしを見張るために違いない。
ふ~ん・・・・へぇ~・・・・
ちょっと『イケメンとの出逢い♡』なんて期待しちゃったけど!そう言う事ならもう・・・
ふつふつと怒りが湧き起こる。色々な想像のせいで。
「ちょ、ちょっと待った!!えっと・・・君は・・・」
「あらやだ!私ったら!!ごめんなさい!!」
「う、うん?」
『セクハラ地獄』から何とか解放された紫乃さんはようやくいつもの調子を取り戻し、爽やかな笑顔で田中さんと向き合った。田中さんは田中さんで相変わらずうっとりしているけど。
「えっと・・・君と珠ちゃんの関係から教えてくれないかな?」
「クラスメイトですよ・・・一応。」
と、これはあたしが。ズバリ言ってやった。
「え?だって珠ちゃんの学校って女子校・・・・」
と、当然笑顔のまま固まる紫乃さん。しかしあたしは構わず続ける。
「そうです。この人・・・女装して潜り込んでたんです!変態なんです!!」
「ちょっと!紫乃様の前でなんてこと言うのよ!あんた!!」
「だって本当の事でしょう!?紫乃さんのファンだか何だか知らないけどここまでするなんて信じらんない!!」
「それとこれとは別よ!別!!仕事だって言ってんでしょう!!」
「どうだか・・・?あの霊だって何か仕掛けとかあったんじゃないんですか!?」
「そんな事するわけないでしょ!あんたみたいなちびっ子相手に!!」
「じゃあなんであたしに近づいて来たんですか!?」
「あんたがそっちの気があるみたいだったから気になったのよ!何かあってからじゃ遅いんだからね!?」
「そ、それは・・・・」
紫乃さんにも同じことを言われたので思わず押し黙ってしまった。
この人・・・田中さんはあたしを心配してくれてたってこと?でもそれにしちゃあっちから何のアクション起こしてこなかったし。そのおかげであたしはつい最近まで寂しいぼっちな高校生活を送る羽目になったんだから!!
ま、まぁ・・・それを人のせいにするのは間違ってる。ぼっちどうこうはこの際どうでもいい。
「いつから気づいてたんですか?」
「そうねぇ・・・入学式からかしら。たまに祓ってあげてたりしたのよ?」
「え!?そ、そう言えば・・・たまに急に体が軽くなったりした記憶が・・・・」
し、知らないうちに面倒みられてたの!?あたし!?恥ずかしい!!
田中さんは入学当初から山吹さん達とつるんでたし、あたしには見向きもしなかったように思えた。まさか男なんて思いもしなかったし。
「そういえば・・・たまに塩っぽい粉が制服に付いてて・・・」
「それよ!私のお清めの塩よ!!」
「やっぱり・・・!というか、祓うならもっと簡単に出来ないんですか?紫乃さんみたいに肩払いするだけで霊って離れるんじゃ・・・・」
「それは紫乃様の才能あっての賜物なのよ!そんなことそこら中の祓い屋が出来る訳ないでしょ!」
「はぁ・・・・そんなもんなんですか?」
くるりと紫乃さんに顔を向けて聞いてみる。紫乃さんはいとも簡単にああやって祓っていたので祓い屋の基本なのかと思っていた。
「そうだね。祓い方は祓い屋個々のやり方があるものだからね。俺も昔は塩とか使ってたよ?あとは清めた水とかお香とか・・・お札や祝詞とかも使えるよね。」
「そうねぇ~。私は塩が一番合っているからそうしているけど。」
「やっぱり塩にも拘りが?」
「勿論よぉ~!あ、今度一緒にどうです?私が見繕って差し上げますわ!」
「え?それは興味深いなぁ!俺は塩より水の方なんだけど・・・」
あれ・・・いつの間に話題は祓い屋同士の職業トークに・・・
えっとぉ・・・二人とも盛り上がってるし、あたしの疑問はとりあえず解決したし。帰って良いかな?
「珠ちゃん、どこ行くんだい?」
「えと・・・お二人で盛り上げっているので邪魔したら悪いかと・・・」
「駄目だよ。女の子が一人で危ないだろ?」
「いえ、お構いなく。」
「いけません。ほら、一緒に帰るよ?」
紫乃さん・・・この年でお手て繋いで帰るってのは・・・
差し出された手に戸惑っていると・・・
「あら?繋がないなら私が繋いじゃおうかしら?うふふ♡」
と、嬉々として手を握ったのは田中さん。勿論紫乃さんの手をである。
ああ、もう勝手にしてくれよ・・・
「え、えっと・・・そ、そうだ!君の名前は・・・」
「嫌だわ、私ったら!つい忘れちゃったわ!!」
忘れるなよ。自己紹介。大事だぞ?
「申し遅れました。私、
「珠惠です!!」
「ああ、そう。なら珠ちゃんね?ふふ、ムキになっちゃって本当お子ちゃまねぇ~!」
こ、この人やっぱり苦手だ!と言うか嫌い!!絶対わざとだ!!
「ちなみに、文字は『秋』に『明』で秋明よ。」
「綺麗な名前だねぇ~!・・・ん?でも立花って・・・」
「ふふ、紫乃様の話は姉からよく聞いてますもの。」
「・・・え?君あの人の・・・弟さん!?」
「ええ、そうです。」
「あ~・・・そっかぁ~!なるほどねぇ・・・」
何か納得したように頷くと、紫乃さんは苦笑した。それを満足そうな笑みで熱く見つめる田中さん・・・いや、秋明さん。なんだか異様な雰囲気を醸し出している。
この人・・・お姉さんいるんだ。きっと綺麗だけどこの人とは正反対の心優しい人に違いない。うん。
「じゃあ、珠ちゃん。帰ろうか?」
「あら、じゃあ私もご一緒しますわ♡」
ガシッ!
え?何これ??
あたしは何故か、紫乃さんだけならず秋明さんとも手を繋いで帰る事となった・・・
その光景を目の当たりにした兄に怒られたのは言うまでもないだろう。
というか・・・
あたしの平穏ライフがどんどん崩れていく気がするのは何故だろう?