ふしぎなおじさん

文字数 1,401文字

  住宅街のはずれのあたりに、誰も来ないような小さな駄菓子屋がある。とても小さな一軒家で、ボロボロの建物がよりいっそう人を遠ざける、おぞましい雰囲気を出していた。品揃えはというと、美味しくもなさそうなガムに、フルーツ味のあめ、アイスがあると思いきやべとべとに溶けてしまっている。
 面白いくらいに訪れる理由も金を払う要素も思いつかない。
 店主の太郎さんは70ぐらいになるおじさんで、近所の大人たちからは「妖怪男」なんて呼ばれている。これは愛称でもなんでもなく、よぼよぼの体とサンタクロースのようなひげを生やしていることからついた、あだ名、だ。

 さて、まともな商売もできていなさそうなこの店だが、一年を通して唯一、夏だけは多くのお客さんに恵まれる。汗水たらして顔を真っ赤に染め上げている野球少年、ゲーム大好きなちびっこ君、ひと泳ぎしてきた少女たち・・・
 何故ともわからず、この季節になると子供たちはこの駄菓子屋に遊びに来るのだ。
「おじさん、アイスちょうだい!」

 子供たちの元気な声が聞こえなくなり、代わりに夕暮れ時のメロディーが奏でられ始めると、駄菓子屋からは一気に熱が感じられなくなった。まるで高熱を出して、思いのほかすぐに治った時のように。
 私は仕事の帰りにしばし寄ってみたくなった。太郎さんの駄菓子屋の、子供を引き付ける何かを、私も味わってみたくなったのである。
 「こんにちは」
 「ん?おやおや、いらっしゃい!」太郎さんは嬉しそうに言った。
 「何かおすすめのものはありますか?」
 「そうじゃな、ソーダのアイスキャンディーなんかは人気じゃが」
 「ならそれで」
そういうと、太郎さんはもはや何年前のものかわからないレジに移動し、アイスキャンディーの値段を提示した。私はカバンの中から財布を取り出し、おつりが出ないように太郎さんに支払った。
 アイスキャンディーをうけとると、私は店の前においてある長い椅子に腰かける。予測はしていたが、座り心地も決して褒められたようなものじゃない。子供たちがこぼした跡らしきしみも残っているうえに、明らかに虫に食われた箇所が確認できる。

 じっと座っていられるのも時間の問題だ。

 「いただきます」そう言って、私はアイスキャンディーに口をつけた。
 
 しかし、食べている間はなかなか心地のいいものがあった。夏特有の涼しさを感じられるそよ風とともに、澄んだ空気が運ばれてくる。あたり一面は空き地ばかりで、人の気配はみじんもしない。
 願はくは、この体験をこんな田舎の町でなく、都会の高層ビルかなんかで体験したかったものだ、と思えるほどだった。
 
 ・・・いっこうに子供たちにあそこまで好かれる理由は見当たらないのだが

 
 「お兄ちゃんは、仕事は何をしとるんじゃ?」
 しばらく黙っていた太郎さんが急に話しかけてきた。
 「普通のサラリーマンですよ」
 「ほお、じゃがいいのか?まだ若いのに、こんな町で・・」
 「多分、都会じゃ暮らせませんよ、私じゃ」
 私には、夢をつかむことができなかった。それが本音。
 「じゃが、若いうちに田舎で働くというのも、幸せなのかもしれんな・・・」

 それからちょっとの間、太郎さんと一緒にお互いのことを話し合った。結局、疑問に対する答えは出てこなかったが、まあまあ良い時間ではあった。
 彼の時代や社会に流されない姿勢が、案外私も求めていたものだったのかもしれない。

 
 
 
 



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