第4話

文字数 2,479文字

そんな声を無視して、3番ボックスに座り川野美幸に声をかける。

「お待たせしました。美幸さん、ヒカリです」
「……誰?」
「あっ、俺だよ、ヒカル」
「ええっ? ヒカル?」
「そうだよ。今まで騙しててごめん、俺、女の子だったの」
「うそーっやだ、ヒカリ。かわいい」
「あっ、ありがとう……」

 なんだか雲行きが怪しい。

「あの、ほら」
 と言いながら、ファッションリングを外して見せ左手の結婚指輪の方だけ見せる。

「結婚してるからね。もう人の物なの」
 と説明したが川野美幸は聞いていなかった。

「もういいわ、もういいの。ヒカルが誰のものでも」
「えっ?」
「だって、ヒカルのボックス席に座って私は話をしてるんだもの」
 得意げにSNSにアップした二人の2ショット写真を見せてくれる。

「ヒカルが女の子だって、ぜんぜん平気。ますます好きになったわ」
「あらひかりちゃん、良かったわね。ファンが出来て」
 皮肉たっぷりにちいママが言う。

「美咲さん」
「このまま、毎日勤務してくれてもいいのよ」
「それは勘弁してください」

 伏し目がちになってウーロン茶を口にする。
 終始、ハート目な美幸に今は何を言っても通じないだろうと思うと、ため息が出てくる。

「美咲さん、今日はそろそろお暇するよ」
「えーもうちょっと一緒にいてよ。ヒカリちゃん」

 不満そうに美幸が言う。

「あらっ、もう帰るの?」
「うん、連れの三人によろしく言っておいて」

 遠目に田森、田辺、田中を見る。
 三人とも楽しそうに女性と話をしている。うまくいってるみたいだ。
 清算して店を出る。着てきた服は紙袋に入れてあり、店を出る前に雪が持たしてくれた。
 家に帰る道すがら近所の公園によってブランコを漕いでいると、俺のそばに光の塊が降りてきた。

 案の定、天使だった。

「女性の気持ち、少しはお分かりになりましたか」
「ああ。少しね」

「なら、あなたに残しておいた前世の記憶引き取ります」
「いや、いいよ。この記憶も込みで今の私でしょ」
「よろしいのですか? 貴女には必要のない記憶でしょう」
「そうだね。でも、戒めのために必要かな」
「……左様でございますか。ではこのままで。それから、美幸さんですが」

「何?」
「ハンナさんの生まれ変わりです」
「そう……俺、謝った方がいい?」
「ご随意に」
 天使は老獪な感じの笑みを浮かべて一礼すると、すっと闇に解けて消えた。

 次の日、携帯が鳴った。クラブ『アルマーレ』からだった。

「ひかりちゃん、あれから大変だったのよ。
 常連客からご指名がたくさん入って。でも、貴女帰った後だったしね」
「へぇ。あの、私の連れはあの後どうなって」
「三人とも女性客と仲良くなってペアになって帰っていったわ」

 それはよかった。モテ方レクチャーはうまくいったらしい。

「ねぇ、ひかりちゃん。正式にうちのホステスになって務めない?
 ひかりちゃんなら、すぐにナンバーワンになるわよ」
「冗談。美咲さん、お客だから楽しいんですよ。それに、浮気しないって決めたんです」
「何、それ、椚木ヒカルらしくないんじゃない」
「あーっそれ、黒歴史。二度と言わないでください」

 あははって笑いながらちいママが言う。

「そう。残念ね、どっちでも稼ぎ頭だったのに」
「天使と約束したんです。女性をないがしろにしないって」
「へぇ。まっ、ヒカルってほんとに男の人みたいだったものね」
「椚木ヒカルはもういません。今日から光に戻ります」
「一つ、聞きたいのだけどあなたの本当の名はなんていうの?
 椚木光流なんていかにも源氏名でしょ」

菊留(きくとめ) (ヒカリ)ていいます」
「うふ、珍しい苗字ね。ヒカリちゃん」
「はい。ドレス、クリーニングに出してから返しますね」
「そう。じゃまたお店に来るの待ってるわ、それじゃまたね」
「はい、美咲さん。さようなら」

 携帯を切って、時計を見る。
 夕方の五時に近いのだから、そろそろクリーニングも出来上がってる頃だろう。
 引き取ってアルマーレまで持っていくことにした。

 アルマーレの店先でストーカーまがいの怪しい人影を見つけた。
 やたらに店の方を伺っている三人組。帽子を目深にかぶり人目を気にしている。
 その反対側でグラサンかけたお金持ちのお嬢様が、
 高級車ジャガーを背に腕を組んで店先を睨んでいる。

 どうにも見覚えがある。

「……田森、田中、田辺。何やってんの?」

 後ろから声をかけた途端、くるっと振り向かれて土下座をされた。

「師匠ーっ! 師匠と呼ばせて下さい」
「はあっ?……」
「俺ら、昨日うまくいって彼女ゲットしたんですよ~」
「そっ、そう。よかったね」
「だから次はデートのレクチャーを」
「ばっ、ばかやろう! そんぐらい自分でやってよー」

 店先でそんな馬鹿なやり取りをしていると、
 お嬢様は気が付いたらしく、グラサンをずらしていきなり私を指さして叫ぶ。

「ひかり、ひかりお姉様よね。そうでしょう?」
「み……美幸さん?」
「美幸、お姉様が男でも女でも関係ありませんわ。お姉様の事を、お慕い申し上げております」

「イヤ、えーと。私は構うんですけど。
 それはラブじゃなくって恋に恋してるというかただの憧れというか」

「さすが師匠! 女になってもモテるんですね」
「ちがう! これは」

 美幸に抱きつかれてもがくけど、前世(むかし)の様に力がでない。
 男から女に生まれ変わったんだから当たり前だ。
 自業自得だった。
 アルマーレに通って半年間、客に愛想振りまいた結果がこれだった。

「貴方は少し、女性の気持ちが分かった方がいい」

 耳朶に蘇る天使の声。
 あいつはそうとうな策士だ。
 俺は何重の意味で反省した。おそらく天使の思惑通りに。

 蒔いた種は自分で刈り取るしかない。
 俺は大人しく美幸に拉致られる事にした。

 了
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