何も始まることなきプロローグ

文字数 1,042文字

「「付き合ってください」」

 二つの声が重なる。
 校舎裏、呼び出し呼び出され男女二人っきりでそんな台詞を吐いたとなりゃあ、結末は決まっている。
 例えその声音が投げっぱなしの何の感情も篭っていない無機なものだとしても――糸は絡まってしまうのだ。
 そも、こういうイベントってのは大体観客が一人や二人は居るもので、俺の後ろにも野次馬が――俺を煽った愚かな友人達が木陰に隠れている。
 対する相手も、告白の無感情さは何処にやら視線が泳いでいることから"同じ"なのだろう。
 一見すりゃ両想いになってしまった告白、観測者が居る以上最早波風立てない結末など望めそうにない。
 ポケットの糸くずは、一度絡まれば簡単には解けない。それは見栄だとか悪戯心だとか、そんな物で出来ていて。今更自身のちっぽけなプライドを恨んでも遅すぎたのだ。
 長い、そう酷く長いため息を互いに吐き出して、このくだらないイベントに終止符を打つ為に右手を差し出す、即ち握手。カップル成立というのには些か儀式的に握った彼女の手はそれでも柔らかかった。

「手汗、酷いわ」
「テメェもな?」

 その笑みに恋情は無く。フェザータッチな握手は恥じらいなどでは決してない。
 犬猿の仲という言葉すら温い、お互いに無関心を意識し続けた関係性は今、呆気なく瓦解したのだ。

「貴方なんかが私と」「テメェなんかが俺と」

「「付き合えることを光栄に思え」」

 ほらな、こういう奴だってわかっていたのに。それはもう、誰よりも理解していた筈なのに。俺の心がこの金髪程に輝いちゃいないように、彼女の心もまた銀糸の髪のように煌めいたものでは無いのだ。
 それでも俺達は間違えた。テストの解答欄を間違えたような、或いはボタンを一つ掛け違えた様なミスを、一点のズレもなく同時に犯したんだ。
 互いにこの傲慢さに腹を立てて、それでも世間体を気にして。右手を離せば鏡合わせのように振り返った。走り寄ってくる友人の数、そして掛けられる言葉すら一致しているのだろう。

「どうだった!?」

――ってな。そして自信満々な虚栄を張ってこう答えるのだ。

「当然だろ」「当然でしょ」

 友人達を追い越してヒラヒラと手を振って。学校裏の角を曲がる時に彼女の方を見れば視線が交差した。あの顰めっ面の裏で念じられているだろう呪符を、俺が代弁するとしよう。

「――俺はテメェなんかを、認めねぇ」

 そうやって俺達は、セメントの白い壁に同時に影を落とした。
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