第18話「自白」
文字数 1,803文字
『嫌です。』
心なしか、意地の悪く見えるような笑みを浮かべて、葉介は言った。
「な…!」――私が此処まで頭を下げているのに、何故…っ!
そう口走りそうになったところで、翠春の様子が目に入った。
――剛史さん、落ち付いて…!
身振り手振りで、そう伝えてくる。
「…っ。」
その様子に咄嗟に口籠 り、言葉を飲み込んだ。
『私にあまり深く関わるなと申し上げているのです。言い過ぎただの、そういう問題ではありません。』
「…。そうだな…。」
私は少し気を落ち着かせようと深く息をしてから、続けた。
「お前には迷惑かもしれんが…、私が、お前たちに興味を持っているんだ。」
『…。』
弟は僅かに意外そうな表情をして、此方を見つめ返した。
「今、家には翠春しかいない。二人でも何ら問題なく、安定した日々だ。しかし、その…。――些か、面白くない。変わり映えのしない、ただ過ぎてゆくだけの毎日だ。」
『…。それで?』――何か思う所があるのか、僅かに眉をひそめると、葉介は続きを促した。
「――だが、お前の家は違う。子が二人もいて、日に日に育っていく。その様を見ていられるなら、これ程楽しいことはない。だから、その…。駄目か?」
『…。………………、』
やがて弟は、此方をじろりと睨め付けると、表情を解さぬまま、ぽつりと呟いた。
『…貴方も、お歳を召されましたね。』
――ああ。
「全くその通りだと、…我ながら思う。」
苦く笑って自ら認めると、弟も同様に苦笑した。
『…良いでしょう。ただ、毎日では困りますので、――週に一度程度なら。』
「ああ…分かった…。」
――意外にも頻繁に訪れて良いのだなと、密かに喜んだ。
『此方から押しかける事もあるかと思いますが宜しいですか?』――すると、弟は不意に不敵な笑みを浮かべ、言った。
「そ、それは…」――翠春にも聞かぬ事には、と、ちらりと翠春に視線を送った。
「勿論 、週に一度と言わず毎日お出で下さっても、何の問題もありませんよ!」――注意深く様子を窺っていた翠春は、ようやく解れた雰囲気に安堵したのか、嬉しそうな様子でこちらの会話に交じる。
「…いや、毎日は流石に…」――が、それとこれとは別問題である。
「良いじゃありませんか。だって、お暇なのでしょう? 毎日。」
「…ん?」――翠春の言葉に何処か妙な意味を感じ、改めてそちらを見やると。
「私と。…二人だけでは、お・ひ・ま・な・の・で・しょ・う?」
表情は笑っているが、何処か不穏な空気を纏った翠春が其処に居た。
「…!!?」――それに怯んでいると、くすりと笑った弟が言った。
『…では、此方の都合の良い時に勝手にお邪魔しますね。』
「えぇ、構いませんよ。時折、この耄碌爺 の相手をして差し上げて下さい。お一人で退屈なさっているようですので。」
「貴様っ、耄碌爺とは何だ!」
「あはははは、貴方も子どもみたいなお方ですねぇ」――こちらの気も知らず、翠春は盛大に笑っている。
「貴様にだけは言われたくない!」――笑って流せる冗談なのであれば、どうやら揶揄 っただけのようだ。それが余計に気に障って、結局声を荒げてしまった。
***
「…元気やなぁ、つよし…。」
「…うん…。」
中の様子を陰ながら見守っていた瑠璃と晶は、ほっと安堵の息を吐きました。
「たぶんそのうち、へばるんちゃうか…?」
「…瑠璃ねえちゃん、僕ものどかわいた。」
「ほーか、ほんならお茶、飲みに戻ろか」
「うん。」
――そういや喉渇いたな。
と、瑠璃も笑います。先程までぴりぴりとした雰囲気のそばにいたせいか、二人して喉が渇いたようでした。
「ただいまー。おとーさん、お茶あるー?」
「ん? ああ、お帰り二人とも。お茶なら、まだ残りがあったと思うよ。――身体は冷えなかったかい?」
「うん、だいじょうぶ。」
「だいじょうぶ。」
「…せっかくだから、淹れなおすよ。」
「はあい。…コップ、取ってくる」
「落とさないように気をつけるんだよ。――ああ」
「?」
「済まないが、剛史おじさんの分も持って行ってあげてくれないかな?」
「…! うん! まかせときや!」
「…ありがとう。」
さぞ不安だったであろう二人の頭を順番に撫でながら、葉介は目を細めるのでした。
心なしか、意地の悪く見えるような笑みを浮かべて、葉介は言った。
「な…!」――私が此処まで頭を下げているのに、何故…っ!
そう口走りそうになったところで、翠春の様子が目に入った。
――剛史さん、落ち付いて…!
身振り手振りで、そう伝えてくる。
「…っ。」
その様子に咄嗟に
『私にあまり深く関わるなと申し上げているのです。言い過ぎただの、そういう問題ではありません。』
「…。そうだな…。」
私は少し気を落ち着かせようと深く息をしてから、続けた。
「お前には迷惑かもしれんが…、私が、お前たちに興味を持っているんだ。」
『…。』
弟は僅かに意外そうな表情をして、此方を見つめ返した。
「今、家には翠春しかいない。二人でも何ら問題なく、安定した日々だ。しかし、その…。――些か、面白くない。変わり映えのしない、ただ過ぎてゆくだけの毎日だ。」
『…。それで?』――何か思う所があるのか、僅かに眉をひそめると、葉介は続きを促した。
「――だが、お前の家は違う。子が二人もいて、日に日に育っていく。その様を見ていられるなら、これ程楽しいことはない。だから、その…。駄目か?」
『…。………………、』
やがて弟は、此方をじろりと睨め付けると、表情を解さぬまま、ぽつりと呟いた。
『…貴方も、お歳を召されましたね。』
――ああ。
「全くその通りだと、…我ながら思う。」
苦く笑って自ら認めると、弟も同様に苦笑した。
『…良いでしょう。ただ、毎日では困りますので、――週に一度程度なら。』
「ああ…分かった…。」
――意外にも頻繁に訪れて良いのだなと、密かに喜んだ。
『此方から押しかける事もあるかと思いますが宜しいですか?』――すると、弟は不意に不敵な笑みを浮かべ、言った。
「そ、それは…」――翠春にも聞かぬ事には、と、ちらりと翠春に視線を送った。
「
「…いや、毎日は流石に…」――が、それとこれとは別問題である。
「良いじゃありませんか。だって、お暇なのでしょう? 毎日。」
「…ん?」――翠春の言葉に何処か妙な意味を感じ、改めてそちらを見やると。
「私と。…二人だけでは、お・ひ・ま・な・の・で・しょ・う?」
表情は笑っているが、何処か不穏な空気を纏った翠春が其処に居た。
「…!!?」――それに怯んでいると、くすりと笑った弟が言った。
『…では、此方の都合の良い時に勝手にお邪魔しますね。』
「えぇ、構いませんよ。時折、この
「貴様っ、耄碌爺とは何だ!」
「あはははは、貴方も子どもみたいなお方ですねぇ」――こちらの気も知らず、翠春は盛大に笑っている。
「貴様にだけは言われたくない!」――笑って流せる冗談なのであれば、どうやら
***
「…元気やなぁ、つよし…。」
「…うん…。」
中の様子を陰ながら見守っていた瑠璃と晶は、ほっと安堵の息を吐きました。
「たぶんそのうち、へばるんちゃうか…?」
「…瑠璃ねえちゃん、僕ものどかわいた。」
「ほーか、ほんならお茶、飲みに戻ろか」
「うん。」
――そういや喉渇いたな。
と、瑠璃も笑います。先程までぴりぴりとした雰囲気のそばにいたせいか、二人して喉が渇いたようでした。
「ただいまー。おとーさん、お茶あるー?」
「ん? ああ、お帰り二人とも。お茶なら、まだ残りがあったと思うよ。――身体は冷えなかったかい?」
「うん、だいじょうぶ。」
「だいじょうぶ。」
「…せっかくだから、淹れなおすよ。」
「はあい。…コップ、取ってくる」
「落とさないように気をつけるんだよ。――ああ」
「?」
「済まないが、剛史おじさんの分も持って行ってあげてくれないかな?」
「…! うん! まかせときや!」
「…ありがとう。」
さぞ不安だったであろう二人の頭を順番に撫でながら、葉介は目を細めるのでした。