第11話 『とある丸の内OLの手記』の創作裏話

文字数 2,503文字

『とある丸の内OLの手記』の創作裏話

先日、小説『とある丸の内OLの手記』をNOVEL DAYSにアップしました。
その、創作裏話です。

実は、『とある丸の内OLの手記』の着想は量子力学のコペンハーゲン解釈から得られました。

量子力学のコペンハーゲン解釈をご存知でしょうか。
諸説あるようですが、基本的には以下のように考えられています。




観測するまでは素粒子の状態を知りようがないから確率的に記述しておく、ということではなく、本質的に素粒子は様々な状態が確率的に重ね合わされた状態である、という考え方です。少し異なる言い方をすると、同じ初期状態の素粒子であっても、観測していない次の瞬間に同じ状態であるとは限らず、素粒子の状態は本質的に確率的にしか予言できない、という考え方のことです。

一般的というか、古典物理学(ニュートン力学)の範疇で考えると、ある物体は、観測しようがしまいが特定の状態(位置は速度など)を持っているのであり、確率的な状態ではなく、決定論的な状態と解釈されます。古典力学においては、初期状態が分かっていれば、理論的にはその後を正確に予言できます。量子力学においては、素粒子(量子)は確率的な状態なので、個別の量子の振る舞いについては予言できない、ということになります。

湯川秀樹は、量子力学の解釈について、「観測を行うことによって、ある結果が得られるということは、多くの可能性の中から1つの選択を意味する」と述べています(※下記参考文献参照)。

ちなみに、「コペンハーゲン解釈」との名称は、ボーア研究所がデンマークのコペンハーゲンにあったことに由来するそうです。

で、私は、この量子力学のコペンハーゲン解釈が人間の心理にも共通するものがある、と思ったのです。

量子の状態は、観測するまでは、色々な状態を重ね合わせた状態にあり、これが、心の中に色々な感情が重ね合わされた状態に相当すると思ったのです。そして、量子は観測されると、ただ1つの状態に決定されます。人間の感情で言えば、言語化したら感情が言語化した状態に決定される、と思ったのです。

言語化する前は色々な感情が重ね合わされた状態だったのに、感情をひとたび言語化すると、言語化された状態だけに決定されるように感じるのです。量子力学風に言えば、言語化することで感情が収縮する、という感じでしょうか。

『とある丸の内OLの手記』の作中には、友達と好きな人の名前を言い合うとときに、それほど意識していなかったのに、名前を言ってしまうと急に意識してしまい、好きになっていてしまう、という例を挙げました。言語化する前は、他にも色々な感情が重ね合わされていた(U君もカッコイイけど、V君もいい感じだし、W君も悪くない)のに、言語化したことで1つに決定してしまい(U君が好き)、重ね合わされていた他の感情(V君やW君への好意)が消えて行ってしまうように思ったのです。

心理学の分野では認知的不協和というものが知られています。
認知的不協和とは、互いに矛盾(不協和)が存在する状態、そして、その不協和の状態を不快に思い、思考を修正しようとすること、を言います。

先の例だと、U君が好き、と口に出してしまったので、V君、W君へも好意があるということに不協和が生じ(複数の人を同時に同様に好きなことに何の矛盾もない、という考えもあり得ますが、一般的ではないと思います)、その不協和を解消するためにU君をより好きになり、V君、W君への好意が消えていく、ということになります。

あるいは、ブラック企業で働いている場合、こんなブラック企業で働いているのは(ブラック企業と認識しているのに、そこで働くという矛盾した行為)、自分がこの仕事を好きだからだ、と自分に言い聞かせてしまって、なかなか辞められなくなる、という現象も認知的不協和から生じているとも言えます。

ついうっかり、あるいはお酒の影響で一夜の関係を持ってしまって、自分はそんなふしだらではない、という行動と自己認識の不協和があり、関係を持ったのは好きだからに違いない、よって、自分は相手のことが好きである、という(無意識下の)思考の流れも認知的不協和が影響していると考えられます。


認知的不協和から考えても、人間は、それまでの自分の行動や言葉に基づいて、できるだけ矛盾しないように世界を捉えて認識しようとする心理的傾向があるので、言語化したことに合わせてその後の自分の認識や感情が作られていくことになるのだと思います。そうすると、心の中に他にも同時に存在していたのに言語化されなかった感情は消えていくように感じて、それが少し悲しいように思ったのです。

そんなことを考えて、小説『とある丸の内OLの手記』を書きました。

2023.1.9 
神山ユキ
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参考文献:
・『目に見えないもの』湯川秀樹





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