残留思念 二

文字数 4,843文字

 五月十八日
 月曜の朝、いつもの通学路を自転車で走ってゆく。まだ覚醒しきってない頭で、次はあの首絞め女いつ来るんだろうなぁ、と考えていた。
 運動神経が悪くて成績は真ん中くらい。特筆すべき取り柄も無い。そんな普通の高校生でいいのに。どうして肝心なところが普通じゃないんだろう。もしも、こんな体質じゃなかったら、どうなっていただろう。今まで幾度繰り返されたか分からない問いが頭の中に浮かび、けど、考えたってしょうがない、と思い直す。取り返しがつかない事に対する<IF(もし)>程不毛なものは無い。
 学校に行く途中にある踏切に着くと、ちょうど遮断機が閉まっていくところだった。私以外に踏切に人影は無い。
 なんで遮断機って左右片方ずつ閉まるんだろう、と他愛ない事を考えながら電車が過ぎるのを待っていると、私の後方からセーラー服姿の女の子が歩いてきた。ただ前を見据えて歩く女の子は、遮断機が目の前にきても歩調を緩める様子はない。そのまま女の子は閉まった遮断機を

。ガタンゴトン。電車の音が近づいてくる。女の子は線路の真ん中まで着くと、音の近づいてくる方へ体を向けた。電車は減速も、警笛を鳴らすこともなく通過していった。衝突音はなかった。電車が通り過ぎ遮断機が上がったので、ペダルを漕ぐ。踏切には何の跡も残っていない。
 ――自分の死の瞬間を繰り返すなんて、毎朝毎朝ご苦労な事です――
 通学の度たびに寸劇を繰り広げる女の子に、心の中で(ねぎら)いの言葉を掛けた。

 その後は特に何に絡まれる事もなく、教室に到着した。朝のホームルーム前は、友人と世間話している生徒が多い。
 自分の席に座ると、斜め前の席で談笑している女子生徒二人組の会話が耳に入ってきた。
 「さっき廊下でハンカチ落としたらさー、百目鬼(どうめき)君が拾ってくれたの!」
 「いいなー!ってか、百目鬼君がいるの分かって、わざと落としたんじゃないのー!?」
 くだらない恋話(コイバナ)をしている子達の後ろの席では、周りの音なんて聞こえませんと言わんばかりに参考書にかじりついている男子生徒がいた。こんな朝っぱらから勉学に励んでいる生徒は、おしゃべりしている生徒よりは少ないものの、他にもそこそこいる。科峰高校は所謂(いわゆる)進学校なので、名門大学への進学の為に入った生徒が多い。その為、朝のホームルーム前だけでなく、授業の合間の休み時間や昼休みに勉強をしているのも、特におかしな光景ではない。
 私も隙間時間は勉強している事が多い。ぼっちの私としては、一人でいてもあまり浮いた感じにならないので、その点では助かっている。
 「よお、おはよう」
 先ほどの勉強している男子生徒に、その友人らしき男子生徒が声を掛ける。声を掛けられた男子生徒は、顔を上げると、挨拶を返し、何やら世間話を始めた。
 まあ、友達はいるよね。私みたいにおしゃべりする友人がいないから勉強している人の方が稀だろう。
 そんな事を考えていると、私のバッグから短い振動音が聞こえた。ショートメールが届いたようだ。確認すると、差出人は為辺さんだった。
 『今日17時に生涯学習センターに来い』
 メールには簡潔にそう記されていた。

 「ああ、お疲れ維純」
 この町の公民館である、「生涯学習センター」に着くと、入り口の近くに優里香が立っていた。
 現在時間は16時30分過ぎ。帰りのホームルームが16時10分位に終わるので、それから自転車でここまで漕いでくると、この位の時間になる。
 私は、駐輪場に自転車を停めてから、優里香の元へ行き話しかける。
 「為辺さんは?」
 「今公民館の人と話してる。なんでも急に決まった依頼みたいで、師匠も詳しい話は知らないみたい」
 「急な依頼ねぇ・・・」私は、今朝届いたショートメールを見て、納得した。ここはお祓いするよなあ、と。
 ここの公民館は、私の自宅からは少し遠い場所にある。だが、小学生というのは、ずっと同じ場所で遊んでいると飽きるもので、私と幼馴染みは、二回程この公民館に来た事がある。ここの公民館は、子どもが遊ぶスペースが併設されてるもので、遊ぶ分にはとても楽しめた。それなのに、二回しか来なかったのは、私がヤバい気配を感じたからだ。
 一回目に来たときは、少し変かもな・・・という程度で、幼馴染みにその事を言った時も、「俺は何も感じないけど・・・維純の考えすぎじゃない?」と言われたからあまり気にしなかったのだが、二回目に行った時に明らかに前回よりもその存在を近くに感じ、又、こちらを認識して少しずつ近づいてるような気味悪さを感じたので、それから二度と遊ばなくなったのだ。
 当時の私は今程霊をよく分かっていなかったので、なんとなく不安を感じただけだったが、今思うと、町内に居る霊の中でも相当ヤバい部類に入る霊だった。もし私が今のバイトをしてなかったら、間違いなくここには近付いていなかっただろう。

 それから私と優里香は、公民館の入り口の前にあるベンチに座って、ボーッとしたり、たまに世間話をしたりして、為辺さんを待っていた。
 「でも公民館の人驚いてたなぁ。師匠が僧侶に見えなかったらしくて・・・」
 「見えないでしょ、あれは」私はいいながら為辺さんの外見を思い浮かべる。元からなのかわざとなのか分からないが、遊ばせたように見える程よくはねた毛先。派手ではないがモデルが着ているような服装。さらに、整った顔立ち。僧侶と言うよりもホストといった方がしっくり来る。
 「名刺を渡されてやっと半信半疑になった感じだったな」
 「そういえば源氏名は出令(スイレイ)って言うんだっけ?」
 「源氏名じゃなくて僧名ね・・・。維純、間違っても師匠本人の前でそんな事言っちゃ駄目だからね。あの人ガチギレすると容赦ないから。私前に本気で怒らせちゃった時、滝行させられたもん」
 「え、面倒(めんど)!」
 それから、暫く為辺さんに関しての愚痴が続き、それでも中々出て来ないので、「為辺さんまだ本当に僧侶か疑われてるんじゃない?」と話していた。
 流石に為辺さんへの愚痴が無限にあるわけではないので、少し会話が切れてくる。人は、話す話題がなくなると、なんとなく周りを見て話題を探すものだ。そのようにして見つけたのだろう、優里香が「ねえ、あの乗り方できる?」と、肘を曲げて控えめに指を差した。その先を見ると、五十代位の女性が、片足で助走をつけて自転車に乗っているのが見えた。
 「ああ、よくおばさんがやってるやつね」
 「うん、よく見るけどさぁ、地味に高度な技術が必要だよね」
 「確かに・・・言われてみれば」
 「・・・できる?」
 「どうだろ・・・でも、おばさんがやってるんだよね」
 「おばあちゃんがやってるのも見るよね」
 「じゃあ、私にもできるか」
 ちょっとした出来心だった。暇を持て余した私達は、少し浮つきながら、私の自転車が停めてある駐輪場に向かって行った。

 「馬鹿か、お前達は・・・」呆れた表情で為辺さんが言う。
 「ごめんなさい・・・」
 公民館のロビーのベンチに座り、私は、消毒液とティッシュで擦り剥いた膝頭を消毒しながら言った。
 「私も・・・その、私が促しちゃって」私の隣で肩身狭そうに立っていた優里香が、続けて謝る。
 結局あの後、例の乗り方を試みた私は、思いっきり転んで両膝を擦り剥いた。私も優里香も絆創膏はおろかハンカチもティッシュも持っていなくて、仕方なく公民館の人にティッシュを貰おうと思って入ったら、ロビーで話していた為辺さんと公民館の職員の人と出くわし――今に至る。
 本当は来る途中に転んだ、と嘘をつく事も考えたが、ロビーから外が見えるので、もしかしたら見られてるかもしれないという話になり、全て話す事になった。優里香曰く、嘘をついてばれたほうが、後が怖いらしい。
 「お前が怪我する分には構わないが、周りの人を巻き込んで転んだらどうする。現に公民館の人に迷惑を掛けてるし」
 「い、一応巻き込まないように周りは確認したけど・・・公民館の人は、その、ごめんなさい」
 「いいえ、お気になさらないでください・・・ええと、この方達が除霊のアシスタントをなさるのですか?」
 先程為辺さんと話していた女性職員が笑顔を作って優里香に返した後、不安そうな面持ちで為辺さんに問い掛ける。無理もない。学生にしか見えない女の子二人組かつ、自転車で遊んで怪我をしたときたら、誰でもそんな顔になるだろう。
 「不安に思わせてしまって申し訳ない。ただ、二人とも除霊は慣れてますので。17時に児童センターは閉まるんですよね?それまで二人に説明させてください」
 為辺さんが話をつけ、私と優里香は為辺さんに依頼内容を聞く事になった。職員の人は一旦仕事に戻って行った。
 ロビーの隅の方に、自販機の前に机を挟んで椅子が設置されてるスペースがあったので、そこに座って話を聞く事になった。もう子どもが遊べるスペースが閉まる時間帯だからか、子どもの姿も無い。
 「どうやらこの公民館の中の、児童センターで霊現象が起きるらしい」
 子どもが遊ぶスペースは児童センターというらしい。私が小さい頃に妙な気配を感じたのも、その児童センターだろう。
 「その霊というのがな・・・。はっきり姿が見えた事は無いらしいが、立て続けに不可解な事が起こるらしい。かれこれ五年くらい前から。過去に二回、霊感があるという職員がいたことがあったが、二人ともここにはヤバい霊がいるって言って来なくなったって事もあったらしい」
 「不可解なことって、何が起きたんですか?」為辺さんの言葉に、優里香が問いかける。 
 「閉まった後に職員が見回りした時に、誰もいないはずの図書コーナーから人の気配を感じたり、同じく誰もいない遊具部屋から物音が聞こえたり・・・こういう些細な事はよくあるみたいだ」
 些細な事。我々霊感体質の人間からすれば日常茶飯事だが、普段霊とは関わりのない人間からすれば些細な事では片付けられないだろう。
 「それだけでは無いですよね。向こうは切羽詰まった様子でこちらに依頼してきたようでしたし」優里香が問い掛ける。
 「ああ、俺も何となく只事でない雰囲気を感じて急な依頼を受けたからな。それで、何で今回急に依頼をしてきたかと言うと、子どもが不可解な怪我をしたらしいんだ。その怪我をした場所っていうのが、前々から職員の間でも気持ち悪いと話題になっていた場所でな。遊具部屋のその場所にある遊具が、子どもが登って遊べるものらしいんだが、そこから子どもが落ちたんだ。幸い子どもは軽傷で済んだが、その子どもも、見ていた親も、何者かに引っ張られるように落ちたって言ってたらしい。その親曰く、実際引っ張る人物は見えなかったけど、足を滑らせたにしては不自然な落ち方だったってな。子どもの方も、遊具に登り始めた時から耳元で何者かが呟くような声を聞いていたらしい。その話を聞いた公民館側も、心当たりがあったから、お祓いを呼んだというわけだ」
 「成る程・・・。今まで直接的な危害が無かったから放っておいたけど、流石にもう黙ってられないって事ですよね。まあ、今回は運が良かっただけで、また同じ事が起こったらどうなるか分からないですもんね」為辺さんの話を聞いて、優里香が納得したように頷いた。
 「一応ここの土地についても聞いてみたが、墓地の跡地とか、特にそういう曰くは無いらしい。単独犯か複数いるか、そこらへんは実際視てみないと分からないな」言いながら、為辺さんは腕時計を見る。
 「そろそろ17時だ。残ってる奴がいないか確認してもらってから、俺達も入るぞ」
 為辺さんは立ち上がり、それに私達も続いた。
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登場人物紹介

宵村維純(よいむらいずみ)

控えめで暗い性格。幼い頃から霊が視えており、霊への恐怖はほぼ無い。その反面、人間が苦手。

短命の呪いを抱く。

為辺出(ためべいづる)

少しキツい性格。除霊師で、天会寺の僧侶でもある。維純を除霊師にスカウトする。

長庚を強く嫌悪している。

砂流優里香(さりゅうゆりか)

除霊師で、出の弟子。面倒見がよく、維純を気にかけている。

霊能者という枠を超えた、特殊な事情を抱いているようだが・・・?

狛井長庚(こまいつねやす)

骨董品屋の店主。霊の浄化を趣味としている。末代までの呪いを抱き、同時に呪術師の家系でもある。

出の親友とのことだが・・・?

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