第二一話 信長ちゃんからの手紙

エピソード文字数 5,350文字

 ◆天文十四年(一五四五年)八月中旬 尾張国(おわりのくに) 那古野(なごや)

 信長ちゃんの名前が、吉姫から三郎信長に変わると同時に、信ママこと土田御前(どたごぜん)、弟の勘十郎(かんじゅうろう)信行、三十郎(さんじゅうろう)信包(のぶかね)が、信パパ居城の古渡(ふるわたり)城に移っていった。かなり城内の人が減ったみたい。

 史実とは違う動きなので、慎重に行動しなければならないな。信長ちゃんの元服に伴った一連の変化が、良い結果に繋がるのか悪い結果に繋がるのかすら予想つかないので、これまで以上に情報収集に努めよう。

 そういえば、信ママの土田御前はご懐妊されているらしい。ネタ元は当然太田牛一なんだ。今年中か来年早々に、出産する見込みのようだ。多分、女の子が生まれて、お市の方になるのだろう。
 史実では、戦国時代一の美女とも伝わるお市の方。信長ちゃんと似たら、とても期待ができるので、かなり楽しみにしている。

 信長ちゃんは、おれの好みのどストライクの顔立ちだけれども、この時代ではもう少し切れ長で一重の細い目の女性が美人とされている。信長ちゃんは、かなり目が大きく綺麗な二重だから、決して美人とは言われていない。
 だけど大きな目がイタズラっ子のように、キラキラしていたりするのがたまらなく好きだ。

 信長ちゃんの弟、勘十郎信行は、史実では確か末森城(すえもりじょう)の城主になる。そして、林秀貞(ひでさだ)、林通具(みちとも)兄弟と柴田勝家らの家老(重役)を中心とした面々が、信行を擁立して謀反を起こしたはず。
 勝家は既に取り込んでしまったから大丈夫そうだけど、林兄弟の行動には警戒しなくてはいけない。要注意人物といったところだな。ちなみに、末森は那古野城の東に存在する地名だが、まだ築城されてはいない。

 もう一人注意するのは、三河の安祥城(あんじょうじょう)(愛知県安城市)を守っている三郎五郎(さぶろうごろう)信広(のぶひろ)だ。信パパの長男にあたる。母親が正室の土田御前ではなく、庶兄(しょけい)なので家督争いには不利ではある。だが、史実でも野心を見せて、信長に抗う動きをみせた。

 試し戦の快勝や改良して精度を高めた火縄銃の威力などで、女子にも関わらず信長ちゃんの実力が、織田家内でクローズアップされてきたのは、実にいい傾向。
 公的にも信長ちゃん直属の部下だし、私的にも美少女上司をなんとしても助けてあげたい。信長ちゃんは、史実の織田信長と同等以上の優秀さを既に発揮している。ならばとりあえずの目標は、信長ちゃんを織田家の嫡子と認めさせることだろう。

 だけれども、これまでの歴史介入の影響が、どこまで史実を変化させるか、まったく読めない。現代の知識をあからさまに利用するのもまずい。目立ち過ぎるのも、粛清や怨嗟(えんさ)の的になってしまうだろう。
 まずは、信パパの戦に従軍して信長ちゃんの戦功をあげるのが、今一番効果があるだろうか。それには、やはり強兵策を重視したいところ。

 他にも経済政策、農業政策、開発品の検討など、しなくてはいけない事が山積みなんだけど、どうにも仕事に手がつかない。
 原因はただひとつ。信長ちゃんだ。つるぺた発言にたいそうご立腹なんだ。
 身から出たサビとはいえ、お奈津も軽々しく話さないでほしいぞ。ハリセンを献上していなかったら、もしかすると首チョンパだったの? いや、それは考えたくないな。

 解決策はひたすら謝るしかないのか?
 というか、どうしてこうなったのか、よく分からないんだ。信長ちゃんの護衛を受け持っている、忍びのお奈津に詳細を訊くのが早いだろう。ただ、彼女がおれに好意を向けているのを分かっているだけに、余計に関係がややこしくなる恐れもあるので避けたい。

「殿から文を預かっていますのでここに置いておきます」
 丹羽長秀がさらりと、信長ちゃんからの手紙を持ってきてくれた。池田恒興だと『殿と何かあったんですか?』などと、きっと余計なこと言いそうなんだけれど、さすが長秀だよ。
 デキる子は違うぜ。史実のライバルだけあるぞ。やるなあ。

 信長ちゃんからの手紙の内容に、少々嫌な予感がするが、読んでみないと始まらない。
 どれどれ……。

『わらわがなんばんわたりのはりせんにてさこんがこうべを……』
 ひらがなばかりで、当然ながらスペースもないので読みにくいぞ。意訳するよ。

『ワシがハリセンで左近の頭を叩いたのは、カッとなってしまったからじゃ』
 はい。そうだろうね。

『反省しているし、多分もうしないので許せ』
 はい。つるぺた発言をしてしまって、こちらこそごめんなさい。多分のところがちょっと気になるけど。

『左近のことを嫌いになったわけではないのじゃ。勘違いするでない』
 ホッとしたぞ。主従の亀裂はまずい。嫌いになってもらっては非常に困る。

『父上も「吉が左近のことを好いてるのは間違いない」と言っているのじゃ』
 ん? 父上って信パパのことだよな。どこからパパが湧いてくるんだ? イミフだろ。
 よくわからないぞ。何を言いたい?

『だから、安心してこれまで通り助けてほしいのじゃ』
 うんうん。そもそも辞めるつもりないし、そのつもりだよ。
 でも、この『だから』っていうのは、『父上』あたりに掛かってるよな。そこが謎だ。

『ツルでペタなのは、ワシが奥手であるからだろう』
 今は小学六年生だからしょうがないよな。戦国時代の食生活のせいもあるし。

『だんだんと育っているのだから』
 そうだな。理想をいえば、あと三年から五年ぐらいで、魅力的な身体に育っていってほしいぞ。

『ツルでペタを理由に、約束を守らぬことは言語道断で、三国(日本・中国・インド)に聞こえるほど不都合で、天罰が落ちるほどの行いじゃ。許さぬ』
 約束っていつの約束だ? しかも、段々と恐ろしい単語が出てきて、雲行きが非常に怪しいんですが。
 史実で佐久間信盛を厳しく糾弾(きゅうだん)した、折檻(せっかん)状を思い出しちゃったぞ。

『左近よ、首を洗って待っておれ! きつより さこんへ』
 何ですか? この果たし状は?
 やっぱり、信長ちゃんはかなり怒っているみたいだ。
 安心してこれまで通り助けてほしい、と書いているのに、いきなりヒートアップしているぞ。

 気が進まないけれど、お奈津に助けを求める他はなさそうだな。
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登場人物紹介

織田吉(三郎信長


 那古野城城主で周辺一〇万石の領主。織田信秀の嫡子。

 織田信秀の次男に生まれるはずが、どこで間違ったのか女性に生まれてしまった。見た目は現代風美少女だが男装を好む。最近はアクセサリーを頻繁に変える、鎧を着替えるなどオシャレに気を遣うようになっている。

 奥手で、『つるでぺた』を気にしているが実態は不明。


 戦場では鉄砲を使う。

 初陣で敵大将を討ち取るという大殊勲を挙げた。

 美濃の斎藤義龍との結婚計画があったが流れた。

 口癖は、一人称「ワシ」、二人称「ヌシ」、語尾は「のじゃ」、肯定は「で、あるか!」。「素っ首貰い受ける」もお気に入りのようだ。

 自分に理解を示した左近のことを、とても気に入ってやがて好意を示す。左近の部屋に入り浸っている。

 政治・外交・経済のセンスは抜群で、左近をはじめ周囲をしばしば驚かせる。

 頭に血がのぼると一直線な行動をとることも多い。

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