◎魔法少女になりませんか?

文字数 2,552文字


「アナタ、魔法少女にならない!?」
 目前に、先っぽに星のオブジェがついたキラキラとするステッキを突き立てられた。
 それに誘われるように視線を上げると、そこには――成程、たしかに魔法少女がいた。
 そう、魔法少女。たくさんのフリルの付いたワンピースを着た、中学生ぐらいの女の子。胸を張りステッキを指し示すその立ち姿は様になっていて、もしこれが物語の中であるとするならば、彼女は〝魔法少女〟と呼ばれるのだろう。
 艶のある黒髪に、これまた黒い瞳をくりっとさせて、リリは思わず首を傾げる。
「あたし?」
 人差し指で自分を指さしてみる。
 こくこくこくこくと、少女は嬉しそうに頷いた。
 別方向に首を傾げる。
 ――どうしてあたしなのだろうか?
 リリの戸惑いを余所に、少女はなにがそんなに誇らしいのか、ふふんと鼻を鳴らして、威張るように両手を腰に当てた。
「そうよ。魔法少女! 愛と夢に溢れた希望をもたらす魔法少女! ちょうどペアを探していたところなの。どう? わたしと一緒に魔法少女、やってみないかしら?」
「……愛と夢に溢れた希望をもたらす魔法少女……」
 囁いて、リリは考える。
 自分が魔法少女になる。しかも、愛とか夢とか希望とか、そんなもう随分と長い間考えたこともないようなものを胸に抱いて、魔法少女になる。
 考えられない。
 リリは「申し訳ないけれど」と口にして、首を横に振る。
 途端、魔法少女と名乗った女の子は大げさに体を仰け反らせてすっとんきょんな声を上げた。
「な、なんで! 女の子なら誰もが憧れるのが、魔法少女なのに。どうして?」
「あたしは魔法少女にはなれないから」
「そんなことないよ! 女の子は、誰もが魔法少女になれるのだから! 悪と戦って、愛と夢を取り戻して希望をもたらすことができるのだから!」
 だから、
「無理なのよ」
 愛とか、夢とか、希望とか、リリはそんなこと考えられる体質ではない。
 リリは不老不死だ。十四歳のある日、それまでの記憶をすべて失った状態で、リリは不老不死の体を手に入れていた。十四歳のまま、永遠の少女のまま歳を取ることもなければ、胸にナイフを突き立てたところで死ぬこともない。人間に必要な睡眠や食事は必要だけれど、それを摂らなかったところで体が弱っても一度死ぬだけ。すぐに元に戻る。すっかり健康体として。
 そんな自分は誰かを愛したところで、逆に愛されたところで、時間軸が違うのだから想いを叶えることはできやしない。夢を描いたところで、永遠に生きるリリにとって、それは永遠に終わらない過酷なモノだった。
 そして希望。そんなの抱いたところで、自分は絶望したところで死なないのだから、夢と同じで永遠に終わることはない。
 どっちらにしろ、自分は魔法少女に相応しくない。
「魔法少女にはなってくれないのね。……不本意だけど、わかったわ。じゃあ変わりに、アナタに希望をもたらしてあげるわ!」
「希望……?」
 そんなものどこにあるというのだろうか。
「だってアナタ、とてもつらそうな眼差しをしているのよ。見た目はお嬢様みたいに美しいのに、そんなに暗い顔をしていたら台無しじゃない」
「……」
 意識していないうちに、どうやら自分は暗い顔をしていたらしい。
 リリは自らの頬に手を当てる。
「だから、魔法少女であるわたしが、あなたにとっての悪と戦って、愛と夢を取り戻して、希望をもたらしてあげるの! だから教えなさい! あなたの悪を。希望を!」
 悪。希望。
 リリにとっての悪とは、やはりこの体だろうか。不老不死のこの体は、いままで散々リリを苦しめてきた。心に一線を引くことにより、なにも感じないようにすれば特になんとも思わないけれど、一度考えだすと取り留めのない考えが思考を埋め尽くす。
 どうして人は死ぬのに、自分は死なないのか。自分は、人とは違う生き物なのだろうか。十四歳のあの日。それまでの自分はいったいなにをして暮らしていたのだろうか。気づいたら、リリは優しいおばあちゃんと一緒にいた。彼女は、記憶喪失だというリリを、優しく持て成してくれた。それまでの記憶はなかったけれど、まだ自分が不老不死の体だということを知らなかったリリは、しばらくそこでお世話になることにした。けれどおばあちゃんはもう年老いていて、二年も経たないうちに亡くなってしまった。それから居場所を失ったリリは、町を出て旅をすることにした。旅の最中、リリは自分が不老不死の体であることを知ることになる。
 もう遥か昔のことだ。それまでの記憶を失くしているリリにとってそれは最初の記憶で、いまもなお頭の中に深く染みついている。一生というものがあるのであれば、それは死ぬまで忘れることのない記憶なのだろう。リリは死なないのだけれど。
 それから希望。もし自分の体が不老不死じゃなくなれば。希望を抱くことができるのだろうか。いや、不老不死の体ではなくなることが、リリにとっての希望なのかもしれない。
 もし他の人と同じように、決められた寿命の中を生きることができれば、リリは希望を抱けるのかもしれない。
 ふぅ、とため息を吐き、リリは口を開く。
「あたしにとっての悪を、あなたは倒すことができないわ。だから、ありがとう。あなたのその気持ちだけで、あたしは少し救われたわ。希望はないけれど、それでもあなたにとっての明日が、素晴らしい日になりますように」
「え?」
 間抜けな顔をする魔法少女。
 リリは微笑むと、彼女に背を向けた。
 さて、これからどこに行こうか。
 どうせ長い命だ。
 不老不死のこの体なら、世界の果てまで行けるのかもしれない。果てがあればだけれど。
 後ろから、「ちょっと!」と叫ぶ魔法少女の声が聞こえてくるが、リリは無視をした。
 彼女はこれから魔法少女として、たくさんの悪を倒して、たくさんの愛と夢を手に入れて、たくさんの人に希望をもたらすのかもしれない。
 けれど、やはりその「人」の中に、不老不死である自分はいないのだろう。
 自分はこのままどこに行くのだろうか。
 ――そうだ。船に乗って、別の大陸にでも行ってみよう。新しい発見があるのかもしれない。
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