第3話:昭和恐慌2

文字数 1,283文字

 成東が保田に相談するとどんなに頑張っても4俵が限界だと言った。わかった4俵で小判8枚だなと聞き返したので、自分の家の米は1俵しかないので、他の3軒の家に頼み込んで合計4俵だと話した。1人は1年以上も食べ続けられる米でと言い小判10枚くれたら4俵の米を何とかして集めてくると伝えた。仕方ない奴だなと言い、それでも、かまわぬ、集めてこいと言った。

 そこで保田が、ちょっとお待ちくださいと言って電話をし始めた。10軒くらい電話して、交渉がまとまった。そして保田家の下働きの男3人を指名して、荷車で、米3俵をもってくるように言いつけた。保田も着替えて、下働きの男達と家を出て行き、成東に、お前は、待っていろと言い、家を出て言った。そして、保田の奥さんが、お茶を持ってきた。
30分で保田と使用人3人が荷車に袋に入った米をのせ家に戻ってきた。

 そして計りに米袋をのせて重量を計り、1俵・60kg入っていることを確認してもらった。その後、突然、成東が桐の箱を見てもよいですかと、徳川に聞くと良いが20枚入っていると言った。おもむろに成東が桐の箱の中に手を入れて小判を数え始め、10枚を取り、残りを数え、確かに、もう10枚入ってますと言った。その後、成東が徳川さん、華族も今の経済状況では厳しいでしょうとと言った。

すると、徳川さんが、確かにと答えた。そこで相談ですが、もし良かったら10枚の小判を千円で売りませんかと切り出した。千円か、まー良かろうと言ったので、成東が、保田さんに千円で小判10枚売って下さると言われたので、お渡しいただけ増すかと言うとわかったと言い奥さんに財布を持ってこさせ千円を支払った。そして米4俵・240kgを徳川さんが乗ってきた車に載せ、千円を渡し、小判20枚をもらった。

 1930年代、昭和恐慌が起きた。不景気は 「モノが売れなくなる 」 ことで、深刻化すると、失業者が増え、倒産する企業も多くなる。不景気の中で日本国内では軍部がさかんに 『 大陸進出を行えば、不景気から脱出できる 』 と説いた。その根拠は、まず大陸進出には軍事力が必要になるので軍事産業が活発になり失業者を救える。次に、大陸進出によって植民地を獲得できる。 

植民地が新たな市場となり植民地から原料や食料を安く手に入れ、植民地の人々を安い賃金で働かせられたりとメリットは大きい。この頃、政党は普通選挙の始まりによって多くの政治資金が必要になり汚職事件をしばしば起こして国民の中には政党内閣への不信が広がっていた。世界恐慌の影響で景気が悪くなると、政党やそれと結ぶ財閥への不満が高まり社会主義や国家主義への運動が活発となった。 

 軍部も政党内閣に不満を持ち、こうした動きと結びついた。第1次世界大戦後の世界的な国際協調の機運の中で1930年、浜口雄幸内閣がロンドン海軍軍縮条約に調印した。 これに対して、軍部や国家主義団体は、強く国防の危機を主張し始め、中国大陸へ進出を国民にさかんに訴えた。こうして不景気から脱出したい欧米とともに植民地を獲得したいという思いが大陸進出へとつながった。
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