断章

文字数 1,101文字

「後悔していることはありますか?」
「そのとき、もしも、自分が夢想したとおりの世界があると言われたら」

 *

 少女は眠りから目を覚ました。

 何だか不思議な夢を見た気がした。誰かの声を聞いた気がした。まるで宇宙の果てから帰ってきたような、長い旅の後みたいに喉が渇いていた。

 色とりどりのステンドグラスが見下ろす教会。

 そこで、たった一人、彼女は祈りを捧げていた。他に祈る者も、聖歌隊も、牧師さえもいない静かな教会で、硬い椅子に座り、見よう見まねで手を組んでいた。

 去年、いくつかの死が身の回りにあった。

 ずっと忘れられなくて泣いていた折、ふと教会に行くことを思い付いた。
 蝶番が壊れて開いたままになった扉のすき間に身体を滑らせ、埃の薄く積もった床に足跡を残しながら中に入った。十字架と、よく分からない像は初めは恐ろしく感じられた。
 だけど、椅子に座って死んでいったものたちのことを思い描くうち、だんだんと温かい気持ちが胸を満たして、気がついたら眠っていたのだ。

 目を覚ました少女は慌てて立ち上がった。袖をまくって腕時計を見ると、時刻は4時。

「もうお日様が沈む頃合いだわ」
 呟いて、彼女は小走りに教会を飛び出した。

 夜は恐ろしい。

 昼の間、空はずっと灰色でそれもあんまり好きではないのだけど、夜はもっと駄目。

 家の方まで走って行くと、彼女の叔母が少女を見つけて、ひどく安心した顔になって、それから「こらぁ!」と叫んだ。このおてんば娘、どこに行ってたの、と叱られる。
 教会に行っていたことは秘密にしておいた方が良いかな、と少女は考えた。

「おばさん、ごめんなさい」

 本当のことを言う代わりに、少女は素直に頭を下げた。

「あと、迎えに来てくれて、ありがとう」

 ありがとう、とごめんね、を大切に。
 それが少女の、幼いながら思う「人にとって大切なこと」だった。感謝と謝罪を聞いた叔母は、全くもう、と眉を下げる。

「早く帰るわよ。帽子、ちゃんと被ってる? マスクもね」

 少女は頷き、革のブーツで積雪を踏みしめて、叔母に着いていった。

 夜になれば荒れ狂う吹雪が、街中を閉ざしてしまう。
 冬だけじゃない。一年中、ずっとそうなのだ。

 寒さと、それによる餓えは色々な命を殺してしまった。叔母さんの若い頃は違ったらしいけど……。

 寒さに耐えながら歩く少女の名前は、エリザ。
 彼女の祈りが、とある者に見初められたことなど、知る由もない。

 そして、時代は変わり、その街は名前を変えて新都ラピスと名乗った。 


 Ⅰ はじまりの祈り 了
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

リュンヌ・バレンシア(ルナ)……「ラピスの再生論」の主人公。統一機関の研修生。事なかれ主義で厭世的、消極的でごく少数の人間としか関わりを持とうとしないが物語の中で次第に変化していく。本を読むのが好きで、抜群の記憶力がある。長い三つ編みと月を象ったイヤリングが特徴。名前の後につく「バレンシア」は、ラピス七都のひとつであるバレンシアで幼少期を送ったことを意味する。登場時は19歳、身長160cm。chapitre1から登場。

ソレイユ・バレンシア(ソル)……統一機関の研修生。リュンヌ(ルナ)の相方で幼馴染。ルナとは対照的に社交的で、どんな相手とも親しくなることができ、人間関係を大切にする。利他的で、時折、身の危険を顧みない行動を取る。明るいオレンジの髪と太陽を象ったイヤリングが特徴。登場時は19歳、身長160cm。chapitre1から登場。

カノン・スーチェン……統一機関の研修生で軍部所属。与えられた自分の「役割」に忠実であり、向学心も高いが、人に話しかけるときの態度から誤解されがち。登場時は19歳、身長187cm。chapitre1から登場。

アルシュ・ラ・ロシェル……統一機関の研修生で政治部所属。リュンヌの友人で同室のルームメイト。気が弱く様々なことで悩みがちだが、優しい性格と芯の強さを兼ね備えている。登場時は19歳、身長164cm。chapitre3から登場。

ティア・フィラデルフィア……とある朝、突然統一機関のカフェテリアに現れた謎の少年。ラピスの名簿に記録されておらず、人々の話す言葉を理解できない。登場時は10歳前後、身長130cm程度。chapitre1から登場。

サジェス・ヴォルシスキー……かつて統一機関の幹部候補生だったが、今の立場は不明。リュンヌたちの前に現れたときはゼロという名で呼ばれていた。赤いバンダナで首元を隠している。登場時は21歳、身長172cm。chapitre11から登場。

ラム・サン・パウロ……統一機関の研修生を管理する立場。かつて幹部候補生だったが現在は研修生の指導にあたっており、厳格だが褒めるときは褒める指導者。登場時は44歳、身長167cm。chapitre3から登場。

エリザ……かつてラ・ロシェルにいた女性。素性は不明だが「役割のない世界」からやってきたという。リュンヌと話すのを好み、よく図書館で彼女と語らっていた。笑顔が印象的。登場時は32歳、身長155cm。chapitre9から登場。

カシェ・ハイデラバード……統一機関政治部所属の重役幹部。有能で敏腕と噂されるがその姿を知る者は多くない。見る者を威圧する空気をまとっている。ラムとは古い知り合い。登場時は44歳、身長169cm。chapitre12から登場。

リヤン・バレンシア……バレンシア第43宿舎の住人。宿舎の中で最年少。年上に囲まれているためか無邪気な性格。登場時は17歳、身長152cm。chapitre31から登場。

アンクル・バレンシア……バレンシア第43宿舎の宿長。道具の制作や修繕を自分の「役割」に持つ、穏やかな雰囲気の青年。宿舎の平穏な生活を愛する。登場時は21歳、身長168cm。chapitre33から登場。

サテリット・バレンシア……第43宿舎の副宿長。アンクルの相方。バレンシア公立図書館の司書をしている。とある理由により左足が不自由。あまり表に現れないが好奇心旺盛。登場時は21歳、身長155cm。chapitre33から登場。

シャルル・バレンシア……第43宿舎の住人。普段はリヤンと共に農業に従事し、宿舎では毎食の調理を主に担当する料理長。感情豊かな性格であり守るべきもののために奔走する。登場時は21歳、身長176cm。chapitre33から登場。

リゼ・バレンシア……かつて第43宿舎に住んでいた少年。登場時は16歳、身長161cm。chapitre35から登場。

フルル・スーチェン……MDP総責任者の護衛及び身の回りの世話を担当する少女。統一機関の軍部出身。気が強いが優しく、MDP総責任者に強い信頼を寄せている。登場時は17歳、身長165cm。chapitre39から登場。

リジェラ……ラ・ロシェルで発見されたハイバネイターズの一味。登場時は22歳、身長157cm。chapitre54から登場。

アックス・サン・パウロ……コラル・ルミエールの一員。温厚で怒らない性格だが、それゆえ周囲に振り回されがち。登場時は20歳、身長185cm。chapitre54から登場。

ロマン・サン・パウロ……コラル・ルミエールの一員。気難しく直情的だが、自分のことを認めてくれた相手には素直に接する。登場時は15歳、身長165cm。chapitre54から登場。

ルージュ・サン・パウロ……コラル・ルミエールの一員。本音を包み隠す性格。面白そうなことには自分から向かっていく。登場時は16歳、身長149cm。chapitre54から登場。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み