第3話 カマキリも仲間

文字数 1,603文字

 世界はなんて残忍なんだろう?
 日が沈むと闇にとってはおはようございます。こっちはお休みなさいとか、そうじゃなくても、こんばんはって言っているのに。先行優先の鉄則は私だけのものなのか?
 目には目を、「こんばんは」には「こんばんは」を、運慶には快慶を、君にはなたばを。
 文字だからできる悪戯をしてしまった。

 辺りは暗くなり虫の鳴き声が耳に心地よい。
 そんな中でかまきりと目が合った。気まずくて目を逸しちゃったのは内緒。
 家の中だからね。いるとは思わなかった。
 いないと物足りないのに、いると鬱陶しい。
 −ものなーんだってクイズにしても良かったけど、人によって答えが変わりそうだから、どちらかといえば国語にしてあげるべきだった。

 私はかまきりの持ち方を知らない。箸の持ち方は親から教育された気がするけど、その他諸々のモノやコトの持ち方を教わってない。
 だから突然、巻物を渡されたとしたら、どうやって持つのが正解か分からずにあたふたしてる自分が容易に想像できる。カチンコとかも持ち方がままならなそう。

 私は慌てていいはずだ。逃げ出しても良かった。そうしなかったのは、かまきりが決して嫌がらせで私の部屋に現れたのではないことを確信していたからだ。かまきりにも目的がある。一人間の私には推し量れないが。
 それまでかまきりは丸い窓の縁に座していた。それからゆっくりと体を動かす姿はシロクマを連想させた。ここにいるのがシロクマでなくて良かった。そう今は心から思える。つまりこの現状は良かったのだ。

 窓を開けてみたが、シロクマではないかまきりは動きを止め、微動だにしない。
「うちに帰りな」
 私は無責任なことを言った。だけど願いでもあった。
「一生ここにいてもいいんだけど、お前には窮屈だろう」
 口語で、だろう、なんて私らしくもないけど、緑の生き物が私をそうさせた。緑の生き物ってバッタじゃないからね。言い換えてみただけ。全部当然伝わっていると決めつけることは、二つの罪に問われるって私が言っていた。二つの内訳はまた今度にとっておこう。

 掴み方は分からないけど、はたき落とすことはできる。
 虫だから。
 私と違うから。
 だから残酷になれる。今まで靄のかかっていたその選択肢を認識した。
 その手段を閃いてしまった時、私はつみゅうどの一歩を踏み出していた。
「ぎゃんぼぜ」
 鳴かないはずのかまきりが鳴いた気がした。君を悪者にはしないよ、と通訳の方は訳してくれた。その通訳をしている方が日本語と英語、中国語、フランス語を堪能に操ることは確かだが、かまきりの言葉は知らないはずだ。だから、私のことを慰めようとしてくれたってことなんだろう。
 かまきりは脈絡もなく飛んでいった。空の中でも大空の方へ。
 私はほっとして床に座り込んだ。お尻が妙にひんやりとした。手が小刻みに震えている。私は怖かったのだ。あのカマを二つ所持した生き物が。早く母やお姉ちゃんを呼んでいればこんなに怖い思いをしなくて済んだのだろうか。だけど私が悲鳴を上げたら、かまきりは侵入かまきりの烙印を押され、あっという間に加害かまきりだ。かまきりの世界が嫌で人間の世界に避難しただけなのかもしれないのに。ちょっと人間界で過ごしたら、また戻って精進できるかまきりなのに。少々かまきりに肩入れしすぎかな。私はかまきりじゃないよ。

「ぎゃんぼぜ」
 遥かな空へ行ってしまったかまきりに私は言った。通訳の方は私の横で笑っていた。
「あっちは平気でかまきりの言葉で喋ってるんだから。アンタも日本語で喋ればいいのに。お人好しだな」
「最初に人間の言葉で話したのは私だから。歩み寄るのも私からじゃないと」
「そうか。じゃあ、あのかまきりにアンタの言葉伝えてこようかね」
 そう言ったかと思うと、通訳の方は大空へ飛んでいった。
 窓は開けたままにしておいた。
 室外からの夜風が気持ち良くて、顎がシュッとした。

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