第82話 決着

文字数 3,804文字

 ユトピリア帝国第二皇女にして先々代皇帝の第三子、フレデリカ・ラル・ユトピリアは、クリスの学生時代の同級生であり、かつてのクリスの熱狂的なファンだった。

 ところが十七歳の頃、学校卒業後に他国への輿入れが決まるとそれを拒否。
 クリスと共にいる事も叶わないのならと学校の屋上から身投げして、最終的に婚約は破談となり、それ以降は病気療養という形で表舞台からは姿を消した。
 ちなみに、この事件の原因となったクリスは現在、国を追われてお尋ね者となっている。

「え、というか、それは本当に本人なの? 他人の空似とかじゃなくて?」
「いや、当時とは少し雰囲気が違ってるんだけどさ、その……彼女の僕を見る目にものすごく既視感があるというか、上手くいえないけど、ちょっとした仕草とか、そういうのが、ものすごく彼女なんだ……」
 明らかに怯えた様子でクリスが言う。

「……そう、そういう直感って、結構馬鹿にならないわよね」
 言いながら、私はクリスの背中をさする。
「クリスのいう事が本当だとすると、コレは私にとっても色々と厄介な事になりそうね……」
「レーナ、信じてくれるの……?」
 少し意外そうにクリスが言う。

「少なくとも、クリスはこんなくだらない嘘をつくような人間じゃない事を私は知っているわ。今は様子を見るしかないけど、注意しておいた方が良さそうね」
「うぅ……レーナ、ありがと~」
 クリスがよりかかるようにくっついてくるので、私もよりかかり返しながら、屋台の食事や飲み物を物色する。

 屋台を一通り見て周り、お目当ての品を買って町の人達が用意してくれた席でクリスとあれこれ食べていると、突然広場の方から歓声が上がった。
 何事かと思って見てみれば、人工精霊を通して投影された映像には交戦中のニコラスとジャックの姿があった。

 ……アンナリーザ探しは!?

「ネフィー、私達ちょっと席をはずしてて見てなかったんだけど、一体何があったのかしら……?」
 興奮した様子でニコラスとジャックの戦いを観ている人達の間を縫って、私とクリスは一番良い場所に置かれた樽の上で観戦しているネフィーに声をかける。

「あ、レーナ、クリス、いちゃいちゃはもういいの?」
「い、いちゃいちゃ!?」
 ごはんもういいの? みたいなノリで無邪気に聞いてくるネフィーに、つい動揺してしまう。

「だって、皆がレーナとクリスは今いちゃいちゃしてるから邪魔しちゃいけないって言ってたよ! それはレーナとクリスにはとっても大事な事なんでしょ? ネフィー知ってるよ!」
「んん? いや、いちゃついていたというか……まあ、そうなんだろうけど、なんというか……」
 おぼえたての知識を披露するかのように、どこか得意気なネフィーに、どう返していいのかわからない。

 対外的にはクリスは私の婚約者なので、別にいちゃついていた事にしても特に問題はないのだけれど、
「うん! いちゃいちゃしてきたよ!」
 と言う気にはなれない。
 純粋に恥ずかしい。

「大丈夫ですよ、レーナさん、レーナさんはモフモフ教の教えを実行しているだけですもの、誰も咎めたりなんてしません」
「そうそう、仲が良い事は良い事ですよ!」
 けれど、ちょうどそんな私達のやり取りを見ていたらしいケモ耳をはやした若い夫婦が、笑顔で私を励ましてきた。

「え、えっと、ありがとう……それで、ニコラスとジャックはなんでまたアンナリーザをほっといて戦っているの?」
「ああ、ジャックが人通りの少ない路地に入った時、ニコラスさんが仕掛けたんですよ。相手の妨害をしてはいけないというルールは無いって言って」
 とりあえず話を逸らしたくて尋ねてみれば、熊っぽい旦那さんが教えてくれた。

 アンナリーザに付けた人工精霊の反応がすぐ近くにあるのに、何をやってるんだあの二人は。
 大丈夫だとは思うけれど、もしそれでアンナリーザが怪我したら、ただでは済まさない。

「それでね、最初ニコが氷の尖った棒みたいなのをいっぱい出してジャックに飛ばしたの! でもジャックが壁をぴょんぴょーんって跳んでかわして、呪文を唱えて飛んで来た氷の棒を反対にニコに飛ばしたんだよ!」
 私が静かに覚悟を決めていると、ネフィーが興奮した様子で一生懸命に説明してくる。
 楽しそうで何よりだ。

 不意に複数の声があがったので、視線を投影されている映像に移せば、ちょうどジャックがニコラスの攻撃により左腕を負傷した所だった。
 ジャックが血を流しながらも狭い路地や裏道を獣人ならではの身の軽さで移動すれば、ニコラスも負けじとその後を追いかける。

 気になったのは、ジャックが同じような場所をグルグルと移動しているような気がするという事だ。
 同じ場所をぐるぐる回っているから、あちらこちらにニコラスが放った氷がとけて、辺りはすっかりみずびたしである。
 けれど、それ以上に気になるのは、アンナリーザに付けた人工精霊もその周辺をさ迷っている事だ。
 ……正直、二人の勝負よりアンナリーザと鉢合わせる事故の方が心配でしかたない。

 そうこうしているうちに、急に走り回っていたジャックの動きが止まった。
 足元を見れば、どうもニコラスが濡れた地面を凍結させて、ジャックの足を縫いつけたらしい。
 ジャックは裸足なので、靴を脱いで逃げる事も出来ない。

「さあ、これで終わりです!」
 ニコラスがそう言って複数の氷柱(つらら)を放った直後、それは一瞬にしてとかされた。
「ヘル・ファイヤー!」
 放たれた氷柱の前に立塞がるように巨大な炎の柱が立ち上る。

 そして、ジャックを背にして、ニコラスに対峙したのはアンナリーザだ。
「もうっ! なんで二人共私を置いて勝手にケンカしてるの! それにニコ、ジャックは怪我してるのにそんなにいじめちゃダメ!」
 ぷんすかと怒るアンナリーザだったが、すぐ後ろから伸びてきた手に両脇を掴まれ持ち上げられる。

「よし、捕まえたぞ、アン!」
 アンナリーザを抱えたジャックが、満面の笑みを浮かべる。
「あれ? 血の臭いがしない。ジャック、さっき怪我してなかった?」
「あんなもの、俺なら無詠唱ですぐに直せるさ」

 きょろきょろしながら不思議そうに尋ねるアンナリーザに、ジャックは上機嫌で答える。
 しかも、軽い足取りでアンナリーザを高く持ち上げてくるくると回る。

「足も凍ってたんじゃないの!?」
「この程度、軽い熱魔法ですぐ溶かせるし、俺くらいになれば、それだって無詠唱で出来るのさ!」
「でも、さっきから魔法を使う時、呪文唱えてたよね?」
「アン、あえて自分の手の内を隠す事で相手の油断を誘うというのも、立派な戦略なんだよ」
「そうなの?」

 アンナリーザを地面に降ろしながら、ジャックは話す。
 ……なんだかんだでジャックは魔術師としては優秀なのだ。
 学会を追放されたのも、ジャックの考えた獣人化魔術が余りに革新的過ぎたのと、本人のプレゼン能力が低かったのが問題だろう。

「……やってくれましたね」
 心底悔しそうな顔でニコラスが呻くように言う。
「おっと、もう勝負は付いたんだ。今後は二度と俺に危害を加えないと誓ってくれるよな?」
「くっ……いいでしょう……」

 苦虫を噛み潰したような顔のニコラスとは対照的に、ジャックは晴れやかな顔でニコラスに握手を求めた。
 嫌々な様子を隠そうともしないにニコラスと心底楽しそうなジャックの顔は対照的で、この握手はジャックからニコラスへの嫌がらせなのだろう。

「まあ、とりあえず一件落着ね」
「ねえねえレーナ、つまりジャックは三人目のアンのパパになるの?」
 私が一安心していると、ネフィーが尋ねてきた。

「やあねえ、町に留まってる間、宿を貸すだけよ」
「じゃあ、ジャックがずっと出て行かなかったらずっと一緒?」
 こちらを見上げながらネフィーが尋ねてくる。

「いや、俺はレーナの家にしばらく泊めてもらう事にはなったが、別にそこまでは……」
「えー! ジャックは私のパパになってくれないの?」
 ジャックが否定すると、アンナリーザが不満そうにジャックの白衣の裾を掴む。

「い、いや、俺は……そういう事は俺の意思だけでは……」
「私はジャックにパパになってほしいのに……きっと毎日モフモフで楽しいのに……」
「そ、そうか……」

 猫耳を伏せてしゅんとした様子でアンナリーザが言えば、ジャックはどこか困ったように言うけれど、白衣の背面のスリットから出ているしっぽがものすごい勢いで振られている。

「レーナ! やはりこいつを家に泊めるのは反対です! こいつはいつアンに手を出すかわかったものではありません!」
 ジャックを指差して言うニコラスに、私はどの口がそんな事を言うのかと言いたくなるのをぐっと堪える。

「失礼な! 俺は子供に手を出したりなんてしない!」
「信用できません!」
 ジャックとニコラスに、どうしたものかと思っていると、背後から私に声がかかった。

「やあ、レーナさん、少しよろしいですかな?」
 振り向けば、魔術学院の学長と先程クリスと腕相撲していた、ユトピリア帝国の皇女様らしい娘さんが立っていた。
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登場人物紹介

レーナ

魔術師。本作の主人公。

最近やっと長年の研究が成功し、完成したホムンクルスにアンナリーザと名付け、自分の後継者として育て始めた。

初めはアンナリーザの天才っぷりを喜んでいたが、あまりの天災っぷりに頭を抱えるようになる。


※画像はカスタムキャストで作成しました。

アンナリーザ

ホムンクルス。本作のヒロイン。

天真爛漫で好奇心旺盛。

思いついたら試さずにはいられない。

高い知能と魔術的才能に恵まれているが、その全てが裏目に出て頻繁に大惨事を引き起こす。


※画像はカスタムキャストで作成しました。

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