Ⅱ.独り立ちー①

文字数 2,366文字

 朝になって鍋島が出勤すると、刑事課の受付カウンターのすぐ内側で芹沢がまた届いたクリスマスプレゼントの整理をしていた。
「まだやってるんか」
 鍋島が声をかけると、芹沢は顔を上げた。「おう、手伝ってくれよ」
「断る。自分でやれ」鍋島は眉をひそめた。「また香代ちゃんに睨まれる」
「課長命令なんだよ。とにかくさっさと運び出せって」
「どういうことや?」
「今朝のローカルニュースで、クリスマスに開くバザーで売る作品や不要品を募ってる教会が出てたんだ。その教会が管内にあった」
「そこに持ってくのか?」
「そうするしかねえだろ。売りに行くのもあんまりだし」
「似たようなもんやと思うけどね」
「全然違うぜ。金に換えるなんて、さすがに俺の正義が許さねえ」
 鍋島はふん、と鼻白んだ。「金儲けせえへんだけ良心的ってか?」
「ああ。少なくとも俺ん中ではそこは結構重要なんだけど」
 そう言うと芹沢はいっぱいになったダンボール箱の蓋を閉じて立ち上がり、カウンターを見渡した。「あれ、ガムテープ」
 鍋島が手にしていたガムテープを渡した。「で、課長の許可も下りたんか」
「むしろ課長が乗り気なんだよ。出勤してきてなにげにその教会のこと話したら、さっさと電話してよ。あっという間に話つけちまった」
「相手もようOKしたな」
「思ったよりモノの集まりがおもわしくないらしいぜ。課長が種類にかなり偏りがあるんだけど、って言っても、構わねえってさ。とはいえ一応、全部事前チェックはするらしい」
「そらそうやろな」
「だから急いで持ってかなきゃならねえんだ。バザーは明後日からだし、チェックして値段決めて、ってやるのに結構時間がかかるんだってよ」
「けど、明日以降もまだ届くやろ。むしろこれからが本番とちゃうんか」
「ああ。でもとにかく今日までの分を持ち込むのが先なんだ」
 そう言うと芹沢は鍋島にガムテープを渡した。「ほら、手伝ってくれよ。まだあと二箱あるんだ」
「まさか、俺も一緒に行くんか?」鍋島は目を見開いた。
「だから、課長命令なんだって」芹沢はにやっと笑った。「コンビだろ、俺ら」
「アホな、マジで嫌や。だいいちこんなしょうもない仕事やっててええんか? 俺ら公務員なんやで──」
「……おまえ、俺にそんなこと言っていいのか?」
 芹沢の言葉に、鍋島は黙って彼を見返した。
「分かってるようだな」芹沢は満足げに頷いた。「じゃ、さっさと詰めて駐車場に運ぼうぜ」
 鍋島は思い切り舌打ちした。刑事部屋に顔を向けると、在室中の捜査員たちから一様に気の毒そうな目で見られた。
「……なんで俺がこんなこと……」
 鍋島は深くため息をついてガムテープを引っ張った。


「──それで、京都の方はどうなった」
 ダンボール箱を積み込んだ車の運転席で、芹沢はエンジンをかけながら隣の鍋島に訊いた。
「今夜八時に、麗子の家に真澄と中大路が来て事情を話してくれることになってる」
「八時? いいのかそんな遅くからで。明日結婚式だろ」
「昼間はいろいろ用事が立て込んでるらしい。なんせ四日間も空白作ってしもたから」
「まあ、そうだろな」芹沢は頷いた。「おまえは行くのか」
「どうしようかなて思たんやけどな。別に今日でなくてもええんやし。けどやっぱり、聞いといたほうがええやろ。おまえや一条や二宮クンに対して説明責任もあるし」
「そんなのどっちだっていいけどよ」
「あと、俺が晩メシを作ることになった」
「は? 何でまた」
「おととい、麗子が真澄にまっずいメシ食わせてるんや。そのお詫びに」
「ありゃりゃ」芹沢は呆れたように笑った。「手料理の尻拭いか。おまえにうってつけだ」
「それで済んで良かったわ。体調壊されでもしたら、シャレにならへん」
「で、何作るんだ」
「チキンカレー。真澄のリクエスト」
「え、マジ?!」芹沢は鍋島に振り返った。「あのチキンカレー? 何だっけなあの、手羽先?──」
「手羽元。そういやおまえも食べたことあったな」
「信じらんねえほど美味かった」芹沢は目を細めて顎を突き出した。「えぇ……マジか。食いてえなぁ」
「ほんならおまえも来いよ」鍋島はまんざらでもなさそうだった。「二宮クン、夕方の新幹線で帰るんやろ」
「けどめんどくせえな。芦屋まで行くのも、あの男の話聞くのも」
「じゃやめとけ」
「ちょちょちょっと待てよ。そうあっさり決めんなって」
「作る分量の問題があるやろ。四人分と五人分では違う」
「多めに作っときゃいいだろ。カレーなんだし」
「勝手にしろ」鍋島はふんと笑った。「とりあえず、連絡だけはしてこいよ」
「分かった」
 芹沢は頷いて、すぐに思い出したように鍋島に振り返った。「そうだ、今、この用が済んだら俺、ケータイ換えに行くから」
「え、なんで」
「おまえがスマホ持ったってのに、俺がガラケーじゃカッコつかねえだろ」
「何やそれ。別にええやろ」
「良かねえよ。昨日まで何も持ってなかったやつにいきなり先を越されるなんて、ムカつく」
「子供じみたこと言うなよ」
「うるせえ。もう決めたんだよ」芹沢はハンドルを切った。「おまえのよりいいの、買ってやるからな」
「お好きにどうぞ」
 鍋島は言うと窓の外の師走の喧騒を眺めた。複雑に屈折していながら、ときに幼稚なくらい単純。芹沢の数少ない人間臭い一面だ。単純に見えてかなり面倒臭いと言われる自分とは逆で、それがまた女子には魅力らしい。なんだかんだで結局、男前は得なんやなと思いながら、鍋島は小さく笑った。
「──なに笑ってんだよ」芹沢が言った。
「え、あ、いや別に」
 曖昧に答えた鍋島を整った真顔で見つめると、芹沢は正面に向き直って吐き捨てるように言った。
「……気持ち悪りぃ」

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