文字数 1,921文字

桜が開花の準備を終え、咲き誇り始める四月の初旬。たった四か月とはいっても、受験から解放された僕はやりたいことで猫の手も借りたいほど忙しくも楽しい生活を送っていた。とはいえ、やりたいことは旅行やらゲーム、漫画と欲望に身を任せて生活していた。僕は二週間近くも堕落に浸っていたのでアルバイトを始めることにした。特別やりたいバイトなどなかったので、徒歩七分ほどのコンビニエンスストアに努めることにした。バイト応募も終わり面接の日にちになるまで暇だった。応募して二時間後くらいにそのコンビニから連絡がきた。三日後に面接を行うとのことだった。たかがバイトといっても、面接は面接であるからコンビニからのメール内容を読んでいるときに、だんだんと緊張していた。もし落ちたらと、始める前から、すっかりネガティブな気分になってしまった。三日間はただ惰性的に過ごしたが、面接時間の一時間前になると、途端に試験開始前に似た、挑戦する喜びと逃げ出したい苦しみの狭間のような生きた心地がしない緊張状態が続いた。コンビニの前に着き入り口に入ると、
いらっしゃいませ!
と、僕を歓迎する声援が聞こえた。僕もこれから一緒に働くと思うと、緊張が嘘のように消えてなくなった。店員に面接の旨を伝えると、まだ担当者の方がこしてきてないので椅子に座って待っていてください、と模範的に答えた。僕はイートインの椅子に腰を掛け、ビジネス書を読みながら待っていた。八ページほど読んだあたりで後ろから、
「松本信哉さんですか?」
と、声をかけられた。後ろを振り向いたが、突然の出来事に数秒間何も言葉を出せなかった。スーツ姿の小太りな男性が再び同じ質問をして初めて僕は、そうです、と答えることができた。
「初めまして。わたくしは山口と申します。このコンビニの店長を務めさせていただいています」
「はい。今回はよろしくお願いします」
「いきなりですが、履歴書と働きたい曜日と時間帯を教えてくれますか」
「はい・・・あっ」
僕は頭が真っ白になった。履歴書なんて持ってきてなかったのだ。バイトの面接に必要なものを調べもせずに遊びほろけていた自分を恨んだ。もうダメだ、不採用だと自虐的になった僕は正直にありのまま答えた。
「すいません、履歴書に関しては持ってくるのを忘れてしまいました」
数秒間の沈黙。想像通りに店長は唖然として僕を異種を見るような目で見つめていた。ところが、店長は柔和な目に戻り、
「とりあえず、働きたい曜日と時間帯だけでも教えてくれるかな。この書類の裏にでも記入しといてください」
「・・・わかりました。少し待ってください」
僕は自分に不合格のレッテルを張りながらも月~金、夜勤希望と並み以上の大きさで記入した。
「はい、ありがとう。とりあえず、結果は後日伝えるけど、いくつか質問いい?」
「はい。どうぞ」
「では、ここのコンビニは本部直営店で他のコンビニよりも忙しいと思うけど大丈夫そう?」
「もちろん、しっかり働けます」
「夜勤希望って書いているけど、他の時間帯は無理な感じ?」
「できればやりたくないです。夕勤ならできるとは思います」
「そう・・・じゃ、最後に。何か自己アピールしてみてくれない?」
いつの間にか店長の敬語が抜けていた会話の中で、予想外の質問が飛んできた。自己アピールは高校入試の時に練習はしていたが、もう三年も前の話であった。数秒間即興で考えてから、聞くのも忍びないような酷い自己アピールが始まった。
「僕は高校時代にテニス部に所属していました。テニス部では僕は周りに声をかけたり、練習中に励ましたりと、周りを鼓舞してきました。ここのバイトでもその経験を活かして同じ時間帯の店員と仲良くもしっかりと働きたいです」
言い終わってから店長は分かったと、一言だけ呟いてから面接結果は後日電話で知らせますと言い、コンビニを去った。僕も何も買わないでコンビニを後にした。帰り道にカラオケ店を見つけたので一時間だけ歌った。基本中の基本である履歴書を忘れた僕が採用されるはずないと思い続けていた僕は、気分を変えようとカラオケに行ったが、一時間たっても気分は晴れなかったので、延長して歌い続けた。結果として三時間も一人で歌ったが、やはり気分は憂鬱なままだった。家に帰ってから、両親にもそのことを伝えたが笑っているだけで何も励ましてくれなかった。そのことが僕をより沈鬱とさせた。数日間は連絡が来なかった。僕はすっかり気分を変え、新しいバイト先を探していた。運動不足を解消するため週一で泳ぎに行っていたが、泳ぎ終わって家に帰ってきたとき、留守電が入っていた。折り返すと、すぐに電話に出てくれた。店長からだった。
 僕は採用された。
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