第4話

文字数 984文字

 日常業務の忙しさと、抱え込んだ秘密のために、日本にいる同僚や姉夫婦とも連絡を取
る余裕もない日々を送っていたコオにとっての慰めは、マディヴを筆頭にしたブオロン族
の人々との交流であった。特に好奇心旺盛なマディヴは、しきりに日本のことを尋ね、習
い覚えた片言の日本語を使ってコオに冗談を言えるほどになった。ブオロン族の人々と互
いの個人的な事まで話ができる程、打ち解けた関係を築けたのは、このマディヴの存在に
因るところが大きい。それだけに、彼らが伝説の戦士などではなかったことにコオは安心
したのである。

 あと四週間ほどでコオの派遣期間が終わるという日、コオはタメットに伝説の戦士はブ
オロン族の中に存在しないと告げた。その時、タメットは表情を崩さなかったが、そのし
ばし首を傾げた素振りは、おそらくどう報告すれば自分の評価にプラスに働くかを考えて
いたのだろう。

 そして…。派遣期間が終了間近となったその日、コオが最後の巡回診療を終えてキャン
プに戻ってくると、思いがけないことが彼を待っていた。それはマディヴとアリスが中心
となり、コオには内緒で進められていた彼の三〇歳の誕生パーティであった。
 間もなくこのキャンプを去るコオへの労いと感謝の意を込めたその宴は、キャンプ仲間
の有志数人が集まっただけのほんのささやかなものであったが、乏しい物資をやりくりし
て手に入れたシャンパンと手間をかけて作った料理は、コオにとって忘れえない最上にし
て最悪の味となった。彼らの感謝の気持ちが痛いほど伝わってくると同時に、彼らを騙し
て物資の横流しをしていた自分の罪深さに、コオは涙を流したのであった。

 仲間達は目頭を押さえるコオを笑顔で茶化し、コオは年を取ると涙脆くなるのだと言い
訳する。人の心が嬉しい温かな宴にコオが心地良い吐息を吐いた頃、近寄ってきたマディ
ヴがたどたどしい口調で言った。
「コオ叔父さん、おめでとう。今までありがとう」
 自分が教えた日本語が知識としてマディヴに根付いていることに感心しつつも、コオは
苦笑をもらす。三〇歳になったとはいえ、まだ「オジサン」とは呼ばれたくはなかった。
しかし、そんな言い訳はマディヴには通じない。彼らから見ればこの年齢に達していれば
自分は確かに「オジサン」なのだ。その時、コオはそう思ったのである。
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