かすがいロボット

文字数 8,076文字

 四月のある夜。
 八百屋の主人の浩司(こうじ)と息子の健一(けんいち)が、店の二階にある居間でテーブルを挟んで言い合いをしている。
「八百屋なんか嫌だよ」健一は、父に向かって言った。
「バンドなんかで飯を食っていけるとでも思っているのか?」浩司は苛立った口調で言った。
「飯を食うことだけが人生じゃないんだ。親父には分からないだろうけど」
「分かったような口を利くな!」浩司は怒鳴った。「飯が食えなきゃ生きていけないだろう!」
「生きていくぐらいの飯はいくらでも食える」
「じゃあ、勝手にしろ!」
「そのつもりだ」
 夫と息子の感情的な言い合いを見かねた千絵(ちえ)が声をかけた。
「二人とももう少し冷静に話した方がいいんじゃない?」
 しかし、二人ともそっぽを向いて黙ったまま何も言わない。
「今日はもう遅いから寝ましょう」千絵が再び二人に声をかけた。
「八百屋が嫌だという奴に寝かせる部屋はない」浩司はそっぽを向いたまま言った。
「この家に住ませてください、なんて頼んだ覚えはない」健一もそっぽを向いたままだ。
「何だと!」浩司は健一を睨みつけた。
「じゃあ、これで」健一はそう言って立ち上がった。
「健一、どこに行くの?」千絵は驚いて尋ねた。
「部屋で荷物をまとめたら出て行くよ。母さん、お世話になりました」
「あなた、何とか言ってよ」千絵が浩司に言った。
「さっさと出て行け!」浩司は大声で怒鳴った。

 五月のある夜。
 八百屋夫婦が居間で話をしている。
「健一はどうしているかしらねえ……」千絵は浩司に話しかけた。
「そんなこと、俺が知るわけないだろう?」浩司はぶっきらぼうに答えた。
「ちゃんとご飯を食べているかしら……」
「知らないな」
「あなたは心配じゃないの?」
「もう二十歳(はたち)を過ぎたんだから、自分のことは自分で責任を持って生きていくしかない。どうなろうと知ったことではない」
「健一のことだから、やっていけると信じているけれど……」


 十一月下旬のある夜。
 浩司は、店を閉めた後に二階にある居間で、千絵と二人で話をしている。
「師走は忙しくなるけれど、どうする? あいつは今年はいないから、代わりにアルバイトを雇うか?」
「そうねえ……」千絵はあまり乗り気ではない。「短期間で来てもらっても、仕事を教えるのも大変だし……」
「でも、俺たちだけではきついだろう?」
「あの子が戻ってくるかもしれないじゃない?」
「あいつが戻ってくるわけないだろう!」浩司は語気を強めて言った。「八百屋なんか嫌だ、と言って飛び出して行ったんだ。万が一戻って来たって、俺は許さない!」
 千絵は浩司の怒りを受け流すように下を向いて黙っている。
「どうする?」浩司は千絵に再び尋ねた。
「じゃあ、レンタルロボットを借りましょうか」千絵は浩司の顔を見ながら言った。「最近は手軽に借りられるようになっているみたいだし、ロボットは仕事を教える手間もかからないみたいよ」
「ロボットねえ……」浩司はあまり乗り気ではない。
「一丁目の和菓子屋さんの奥さんが言ってたけれど、ご主人が病気で入院した際に借りてみたらとっても重宝したそうよ。ロボットは教えなくてもいろいろな仕事をする能力が最初から備わっているんだって」
「本当か?」
「ちょっと調べてみてよ。ロボットなら私も賛成よ」
「分かった。調べてみるよ」


 繁華街の裏通りに小さな事務所があり、〈格安レンタロボ〉の看板がかかっている。中では二人の男が一台のロボットの前で話し合っている。
「社長、このAIロボットは見た目は良さそうですね。それなのに、ただ同然の値段で手に入れることができたのはどうしてですか?」
「少しばかり常識が欠けているので、大手のレンタルロボット会社ではお払い箱になったようだ。それを譲ってもらった」
「常識が欠けるだけで廃棄ですか……ロボットの世界は厳しいですね」
「そうだな。常識のない奴は人間でもたくさんいるからな。それに比べれば、このロボットは知識や技能は並外れたものを持っているから、うちでは十分使えるはずだ」
「それは良かったですね」
「とりあえず名前を付けよう。何かいい名前はあるか?」
「そうですねえ……『常識無用号』なんていうのはどうですか? 力強い感じで」
「それでは、いくら何でも借り手がつかないだろう……そうだなあ……『何でも屋ロボ』にしよう」
「そうですね。良い名前ですね」

 ある日、浩司が格安レンタロボの事務所にやって来た。
「八百屋の仕事をさせたいのだが……このロボットにできるかな?」
「大丈夫です。何でも屋ロボは何でもできますから」社員は自信に満ちた笑顔だ。
「そうかい……他の会社と比べてレンタル料金が格安なのが少し気になるけど、何か問題はあるのかな?」
「全く問題はありません。うちの社長がお客様本位で安い料金設定とさせていただいているのです」社員は自信に満ちた口調だ。
「そうか、じゃあ、とりあえず年末までの一か月間、借りることにしたい」
「ありがとうございます。きっとお役に立てると思います」

 レンタルの初日の朝、八百屋に届けられた何でも屋ロボに向かって浩司が言った。
「うちは八百屋だ。八百屋って知ってるよな?」
「はい、もちろんです。でも仕事は初めてです」ロボは明るく元気な声で答えた。
「心配するな。じゃあ、そこの箱をこちらの台に乗せてくれ」
 ロボはキャベツの入った段ボール箱を一つ持ち上げた。
「ああ、意外に軽いですね。これなら、まとめていくつも持てそうです」
 ロボは、浩司の指示に従って手際よく売りものを並べ始めた。力もあり動きも機敏だ。
「なかなかできるじゃないか」浩司は満足そうにつぶやいた。

 昼前頃から少しずつお客が来だした。
「あら、新入りさん?」馴染みの女性客がロボを見て、浩司に尋ねた。
「ええ。何でも屋ロボという奴でしてね」
「あら、そうなの、頑張ってね。じゃあ……キャベツとジャガイモちょうだい」客はロボに向かって言った。
「はい、毎度ありがとうございます」
 ロボは手際よく品物を袋詰めにして笑顔で客に手渡し、代金をもらい、おつりを素早く暗算で計算してお客に手渡した。
「大したものね。人間と変わらないわね」女性客は感心した様子だ。
「今夜はキャベツとジャガイモでどんなお料理をするのですか?」ロボが笑顔で女性客に尋ねた。
「そうねえ……家に帰って考えるわ」
「キャベツ料理やジャガイモ料理のメニューは、日本のものだけでなく、世界各国のものも含めると、百種類くらいは知っていますので、お時間のある時にお教えできます」
「そうなの。じゃあ、今度教えてもらうわ」
「またのお越しをお待ちしてます」ロボは笑顔で客を見送った。
「なかなかやるじゃないか」浩司はロボに声をかけた。「せがれよりよっぽど役に立つ」
「息子さんがいらっしゃるのですか?」
「まあな……だが、頼りにならん奴で、今年の春頃出て行ったがな……」

 ある日の昼過ぎ。
 客足が途絶えた時に、ロボが浩司に尋ねた。
「息子さんは、どうして出て行ってしまったのですか?」
「ああ、自分勝手なことを言って出て行っただけだ」
「そうですか。どこか問題のある人間なんですね?」
「いや、そういうわけではない。根は良い奴なんだが、バンドをやると言って、八百屋なんて嫌だとぬかして出て行きやがった」
「バンドをやることは悪いことではないと思いますが、ご主人は賛成ではないのですか?」
「そりゃそうだろ。そんなことで飯を食っていけるわけがない」
「では、何故、引き止めなかったのですか?」
「止めたさ。だが、俺の言うことは全く聞かない」浩司は少し沈黙して言った。「つける薬のない馬鹿者だよ」

 別の日の昼過ぎ。
 浩司が用足しで外出している時、ロボが千絵に尋ねた。
「ご主人は真面目な方ですね」
「ええ、そうよ。とても働き者よ」
「本当にそうですね。だから息子さんが、バンドのような確実ではない仕事を目指していることには反対なんですね」
「それはどうかしら。主人も若い頃は、今と違って好きなことをしていたから」
「そうなんですか?」
「若い頃は、誰でもそういうもんじゃない?」


 何でも屋ロボが八百屋に来て三週間ほど経った日の夕方遅く、客足も途絶えた時間になって、一組の若い男女が店の前に現れた。
「いらっしゃい、今日は何にしましょうか?」ロボが元気に声をかけた。
「この店の主人に会いたいのだけれど……」男は静かに言った。
「店の奥にいますので声をかけてきますが、どちら様ですか?」
「あの……息子が来たと言ってください」
「え? 息子ですか?」
「はい」
 何でも屋ロボは、男の顔をまじまじと見ながら言った。
「すると、根は良い奴なんだが、バンドをやると言って、八百屋なんて嫌だとぬかして出て行きやがった、つける薬のない馬鹿者だよ、という息子が、あなたですか?」
「随分とひどいこと言うね、親父がそう言ってた?」
「はい」
「まあ、そうかもしれないけど、会いに来たから呼んでくれ」
 ロボは店の奥に向かって少し大きな声で言った。
「息子さんですよ」
 しかし、反応がないので、ロボは声をさらに大きくして叫んだ。
「息子さんですよー! 根は良い奴なんだが、バンドをやると言って、八百屋なんて嫌だとぬかして出て行きやがった、つける薬のない馬鹿者だよ、という息子が来てますよー!」
「おいおい、でかい声で変なこと叫ぶんじゃないよ」
 そう言いながら浩司は奥の部屋から出てきた。
「おお、なんだ、健一じゃないか。なんだ、何の用だ」
「ちょっと話があって……入っていい?」

 二階の居間で、八百屋夫婦は並んで座り、テーブルを挟んだ向かいに健一と連れの女性が並んで座っている。
 何でも屋ロボは一階で店の片付けをしているが、聴力は人間の何十倍もあるので、二階の部屋の話し声ははっきりと聞き取ることができる。
「まず彼女を紹介します」健一がやや緊張した表情で両親に言った。「俺が今付き合っている女性で、美穂(みほ)です」
「美穂と言います。よろしくお願いします」紹介された女性はかなり緊張した様子で深く頭を下げた。
「はい、よろしく」浩司はあっさりと答えた。
「まあ、素敵な方ね。よろしくお願いします」千絵は笑顔だ。
 健一は両親の顔を交互に見ながら少し沈黙した後で、唐突に言った。
「父さんさえ良ければ、俺は、またここで八百屋をやりたい。バンドはもう止めることにした」
 健一はそう言うと真剣な表情で浩司を見た。千絵も隣に座っている夫の顔を見つめている。
「いったん出て行ったんだから、自分で仕事を見つけろよ」浩司は健一の顔を見ながら、きっぱりとした口調で言った。
「やっぱりその方が良いかな」健一は少し残念そうな表情だ。
「でも、せっかくケンイチが帰ってきたんだから、いいじゃない」千絵が、固い表情の二人を見て笑顔で話に入った。「また、一緒に八百屋をやりましょうよ」
「いや」浩司は首を横に振りながら言った。「男ってもんは、右です、左です、はいまた右です、なんて簡単に方向を変えるもんじゃない」
「まあ、そんなに固いこと言わなくたっていいじゃない」千絵はそう言いながら、息子と夫の両方を交互に見ている。
「母さん、ありがとう」健一はすっきりした表情で言った。「でも、父さんの言うとおりだと思うから、自分で新たな道を見つけるよ」
 四人とも沈黙しうつむいた。
 健一は少し間を開けてから再び話し始めた。
「もう一つ、話があるんだ……」健一は隣に座っている美穂を見てから両親の方を向き、話を続けた。「実は、美穂は妊娠しているんだ」
「え?」
 浩司も千絵も驚いたが、千絵はすぐに笑顔になり尋ねた。
「まあ、そうなの、何か月?」
「はい、今四か月です」美穂が答えた。
「あら、そうなの、じゃあ、これから体を大切にしなくちゃね」
 浩司は一瞬の沈黙の後、大声で怒鳴った。
「馬鹿野郎! ふざけるんじゃねえ。貴様、生活費もまともに稼げない分際で、赤ん坊を作るとはどういう考えだ!」
「俺も責任を痛感したので、これまでの夢をきっぱり捨てて、美穂と生まれてくる子どものために、普通の仕事で生活する決心をしたんだよ」健一は父の目を見て冷静に答えた。
「順序が逆だろ? それに何だ、普通の仕事っていうのは。どんな仕事だって大変なんだ。お前は分っているのか!」浩司の怒りは収まらない。
「分った、もう話は終わりだ。もう帰るよ」健一が大声で言い返した。
「とっとと帰りやがれ!」浩司は再び大声で怒鳴った。

 健一と美穂が店を出て行った後で、一階に降りてきた浩司を見て、何でも屋ロボが話しかけた。
「相当怒っていましたね」
「盗み聞きとは感心しないな」浩司は小さな声で言った。
「近所中の人たちにも丸聞こえだと思います」
「まあ、いいや」浩司の声には元気がない。「あの馬鹿息子とはもう二度と会うことはないだろう……」
「ご主人も昔、未成年だった奥さんとの結婚を宣言したら、父親に怒鳴られたそうじゃないですか」
「なんで、そんなこと知っているんだ?」浩二はロボを見ながら大きな声で尋ねた。
「奥さんから話を聞きました」
「余計なことを言いやがって……」
「当時は十分な生活費を稼ぐ仕事にもついていなかったのですよね?」
「お前、やけに詳しいな」
「それでも結婚して、一年後にはケンイチさんが生まれたわけですよね。極貧の中で……」
「畜生、何でも知っていやがる。スパイのような奴だな」
「私は一度聞いたことは決して忘れることはありませんし、バラバラに聞いた話でもつなぎ合わせて全体の流れを整理する能力がありますから」
「嫌な野郎だ」
「それで、ご主人は今、何を怒っているんでしたっけ?」
「そりゃあ、健一の奴は、あまりにも無謀で無責任すぎるってことだ」
「ご主人が若かった時とくらべてどちらの方が無謀でしょうか?」
「そんなこと知るか。同じようなもんだろ」
「同じようなもんなら、何故怒っているのですか?」
「そりゃあ、俺の失敗を繰り返させないためだ」
「ご主人は、自分の人生が失敗だったと思っているのですか?」
「この野郎……面倒くさいこと言いやがって……」
 いつの間にか側に来て二人の話をじっと聞いていた千絵は笑顔で言った。
「私は、あなたの無謀なまでの熱い気持ちがとても嬉しかったわ。それに、その後、あなたは必死に働いて私を幸せにしてくれました」
 浩司は黙り込んだが、しばらくして話し始めた。
「だが、健一が同じように幸せになれるか……俺以上に幸せになってもらいたいんだよ……」感情が高ぶり少し涙ぐんでいる。
「大丈夫よ。ああ見えても健一はしっかり者よ」千絵は浩司の顔をじっと見ている。
「私の判断も同じです」何でも屋ロボは冷静な口調で言った。「人間の性格や行動に関する膨大な情報に基づき、高度な人工知能が客観的に判断したので、間違いありません」
「そうかい。その判断は本当に正しいのかい?」浩司は、涙で赤くなった目でロボを見ながら尋ねた。
「ただ、健一さんは不器用なところもあります。一度決心して帰ってきたのに、父親から追い返されて、新しい道を見つけられずに悩んで思い詰めたら、とんでもない間違いを起こす可能性はあります」ロボは笑顔で答えた。
「おい、脅かすなよ。急に不安になるだろう」
「間違いを起こさずに一生を無事に暮らす可能性も、全くないとは言いません」
「何言ってる、余計心配になるじゃないか」
「お二人はそっくりな親子ですね」ロボは笑顔で言った。

 翌日の夜。
 千絵から連絡を受けた健一が再びやって来て、両親と向かい合っている。
「父さんが健一とまた一緒に八百屋をやりたいと言ってるんだけど、健一はどう?」千絵が健一に笑顔で尋ねた。
「俺がやりたいと言っているわけじゃない」浩司は固い表情で、妻の言葉を訂正した。「健一がやりたいと言うなら、やってもいい、と言っているだけだ」
「分かったわ」千絵は笑顔のまま再び尋ねた。「じゃあ、健一はどう? 昨日は八百屋をやりたいと言っていたでしょう? その気持ちは変わらない?」
「父さんは考えを変えたということ?」健一は固い表情で尋ねた。
「考えは変えてない」浩司も固い表情のまま答えた。
「じゃあ、どうして、やっても良いと言うんだ。昨日は駄目だと言っただろう?」
「そうだ、駄目だ」
「じゃあ、昨日と同じじゃないか」
「そうだ、同じだ。だが、お前がどうしてもというなら、聞いてやらないことはない、ということだ」
「別にどうしても、ということはない」
 二人の嚙み合わない会話を聞いていた千絵が困った表情で言った。
「お父さんも健一も、そんなに意地を張らないで、もっと素直に話し合いましょうよ」
 しかし、浩司も健一もお互いに目を合わせず、三人は沈黙した。
 その時、突然、「大変だ!」と、何でも屋ロボの叫ぶ声が一階の店から聞こえた。
「何だ、どうした」浩司は大きな声を出しながら、一階に駆け下りた。
 健一と千絵もその後をついて駆け下りた。
「どうしたんだ?」浩司はロボに尋ねた。「何があった?」
「いえ、何もありません」ロボは冷静な声で答えた。
「じゃあ、なんででかい声を出したんだ?」浩司は不機嫌そうに言った。
「これから大変なことが起こると、私の人工知能が予測したので大声を出しました」
「どういうことだ?」
「ご主人と健一さんがこのまま決裂した後の予測をしたところ、大変なことが起こることが判明したのです」
「何だ、何が起こるんだ」
「それは言えません」
「どうして言えないんだ」
「私の役割を超えているからです」
「言えよ」
「知りたいなら、私が言わなくても、このまま決裂すれば、すぐに分かることです」
「嫌な野郎だ! 別に決裂しようとしていたわけじゃない」浩司はロボに向かってそう言った後、健一の方を向いて言った「そうだろう?」
「そうだよ、決裂しようとしていたわけじゃない」健一も父に同意した。
「そうですか。それは良かった」ロボは冷静に言った。
「余計なことを言って驚かせやがって」浩司はロボに向かって文句を言った。
「失礼しました」ロボは丁寧に謝った。
 浩司と健一が再び二階に上がっていった後に残った千絵は、ロボに小さな声で言った。
「ロボさん、ありがとう」
 ロボは千絵を見ながら笑顔で言った。「お二人はそっくりな親子ですね」

 一週間後。
 大晦日の仕事を終えた八百屋の店先には、浩司と千絵と、健一と美穂と、そして何でも屋ロボが立っている。そしてもう一人、格安レンタロボの社員もいる。
「本当に世話になった。ありがとう。感謝しているよ」浩司は何でも屋ロボの目をじっと見つめながら言った。
「八百屋の仕事は初めてでしたが、お役に立てて良かったです」何でも屋ロボは笑顔で答えた。
「いや、八百屋の仕事もそうだが、俺たち親子の間を取り持ってくれた」浩司はしみじみとした口調で言った。
「ご主人が一人で怒っていたようですが、どうして怒っていたのか、結局はよく分かりませんでした」ロボは明るい声で言った。
「そんなこと言うなよ。俺だってよく分からないんだから……」浩司は困ったような顔をしている。
「僕も今思うと、自分は何故あんなに怒っていたのか分からない……」健一もつぶやいた。
「やはり、お二人は似たもの親子なんですね」ロボは二人を交互に見ながら言った。
 浩司も健一も沈黙している。
 二人の後ろ姿を、千絵は微笑みながら見守っており、千絵の横では美穂も二人を見つめている。
「それじゃ、そろそろ良いですか?」格安レンタロボの社員が事務的な口調で浩司に尋ねた。
「ああ。いいよ……」浩司は寂しそうに小さな声で答えた。
「では、これで失礼します。ご利用ありがとうございました」そう言うと、社員は何でも屋ロボに小型トラックの荷台に乗るよう指示をした。
 社員が荷台の上に座ったロボの電源を無造作に切ると、何でも屋ロボは動きを止めてマネキン人形のように固まった。

 大晦日の賑やかさも静まりかけた夕方遅く、何でも屋ロボを乗せた車が走り去っていく様子を、四人は店の前に立ったままじっと見送っていた。

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