ヴェロナにて

文字数 1,016文字

ヴェロナを歩いていた。
インク屋の前で一人の男が立っている。
背が高い。時代錯誤な、くるぶしまでくる黒いマントを羽織っている。
店の奥から店主らしい男が顔を出した。
「先生、悪いね、今切らしちゃっててさ、来月のぶんで発注しておくから
それまで、こっち使ってくれないかね?色は濃い目だから、、」
店主は、深い紺色のインク壷を片手に持って相手に見せた。
先生、といわれた男のほうは、むっとして話にならないといった素振りで
後ろ手に片手を上げて去っていく。
「あ〜あ、あいかわらずでぇ」
後姿を見て店主がそうぼやく。
私は、通り過ぎの二人の会話を、ゆっくり歩きながら通り過ぎるまで見ていた。
背の高い黒マントの男は、皮の分厚い本を片手に大またで私の横をすれ違う。
随分、丹精な顔。
道行く人は、みな彼を知っているようで挨拶をしていく。
返事をすることもなく、ただ顔を少しだけ揺らしたり軽く手をあげたりしている。
みな尊敬の眼差しで彼を見ているのがわかる。
カフェの女主人が、慌てて出て来て、マントの男に声をかけた。
「先生、たまには息抜きで飲んでかない?」
「先生」は、笑顔になったのか、、、太った女主人の頬が、少し緩んで笑顔になった。
しかし無情にも彼は矛先を早めてカフェの前を通りすぎる。
女主人がお茶している客の一人に言う。
「あ〜あ、いっつも眉間に皺よせて難しい顔して、あんなんだから、いつまで経っても所帯持てなんだよ」
「あんなにいい男なのにねぇ、、ふう(大袈裟に溜め息をつく)だろ?」
客がそう返して大笑いをする。
私は、彼をまだ追っている。何者なのか知りたくて。
長身で「いい男」は、人を避けるように細い道に入る。そして少し間、立ち止まる。
顔を上にあげ、たぶん空を見ているんだ。真っ青で美しい。

教会の鐘が鳴る。ごーん、ごーん、ごーん・・・・

気がつくと広場だった。どうやら町の中心部にある大広場。
おかしい。
確かにこの道を入っていったはずなのに、姿が無い。
私は探して辺りを見回す。
近くの大きな石の前で一休みした。そうか、足が速かったから、ついてくるのが大変だったんだ。
よく見ると座った石の横に文字が刻まれている。

見上げると、追っていた「先生」だった。
「あ、こんな所にいらしたんですね。あなた、ダンテさん、っておっしゃるんですか。なるほど有名人なわけだ」
マジかで見ると本当に、随分色男だなとそう思った。
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