Day 2

文字数 2,979文字

私は茉莉ちゃんに連れられて、重いスーツケースを持ち上げながら上がってきた螺旋階段を下りる。
そして花と本が入り混じった不思議な空間に立った。
「このお店は、手前が花屋さん。奥の方にあるカウンターでお店に置いてある本も読めるの」
「花屋さん兼休憩所・・・?」
「うーん、まあ近い表現だとそうなるのかな。常連さんの憩いの場って感じ。あ、クリスマスとバレンタインデーは死ぬ思いするから覚悟してね」
「はあ・・・」
「日菜には私と一緒に販売や、来てくれたお客さんの接客をしてもらいます」
そこから茉莉ちゃんは、すっかりプロの顔になっていろいろなことを私に教えた。
朝はまずお店の掃除をしてから、学校に向かうこと。
お店の奥にあるキッチンは絶対に綺麗にしておくこと。
売られている花の種類、毎日の手入れの仕方・・・。
一通り説明を聞き終えた頃には日が沈んでいた。
外に出てみると、春の夜風に乗って桜の香りが漂ってきた。
新しい場所での生活の不安を掻きたてるように過ぎ去っていくそれは、本当に桜のいい香りがする。
切なくて優しい香り。
そう思ったとき強い風が吹き抜けて、私のもとに、どこかに咲いている桜の花びらを運んできた。

私が初めてお店に立って接客をしたのは翌日。春にしては随分と気温が低くなった日の夜。
私が初めて会う「お客さん」は夜遅くに現れた。
20代くらいの若い男性。
ジーンズに白シャツというシンプルな格好だったけれども、決して地味な印象は受けない。店内のオレンジ色の照明に照らされている男性の横顔は、優しそうな雰囲気を放っている。
そんな男性は私に気づくと
「あれ?新しいバイトの子??」
優しい声で尋ねた。
「そうですよ〰。従妹の日菜です」
茉莉ちゃんが私の肩をつかんで満面の笑みで言うと、男性は「従妹!?」と驚いた顔をしたが、すぐに笑顔に戻る。
「そうなんだ!」
「日菜、こちら、滝本和彦(たきもとかずひこ)さん。ここのお店の常連さんなんだ」
常連さん。
その言葉に私は若干緊張しながら「土田日菜です」と短く挨拶をして、慌ててお辞儀をする。
「いいよいいよ、そんな緊張しなくて。日菜ちゃんか、よろしくね」
「和彦さん、コーヒー飲みますか?」
茉莉ちゃんのひと言に反応したのは、和彦さんではなく私だった。「え?」と声をあげた私に、茉莉ちゃんは奥の小さなキッチンに立って、やかんに水を入れながら言う。
「あ、言ってなかったっけ?ここのお店ね、ときどきお客さんにコーヒー振る舞ってるの。日菜も作れるようになってね」
茉莉ちゃんは簡単そうに言うけれど、コーヒーを淹れている様子を見てみたら、かなり本格的な作業だった。
コーヒー豆を挽いているところを生で見たのは初めてかもしれない。
コーヒーがマグカップに注がれるまでに茉莉ちゃんはいくつもの作業をこなしていた。
私は茉莉ちゃんがコーヒーを淹れるのを待ちながら、なんとなく本棚の整理をする。
「日菜ちゃんは、お店に立ったのは今日が初めて?」
「あ、はい。昨日・・・ここに来ました」
ドキドキしながら答える私に、和彦さんは笑顔で言う。
「そうなの?それまではどこにいたの?」
「高月です。海外で働く両親から「来年は受験生だし心配だから、茉莉ちゃんのお店を手伝いがてら一緒に住んだら」って言われて」
「そっか〰。じゃあ、高校通うの大変だね。そこの高校じゃないよね」
「はい」
「あ、ごめん。仕事中に邪魔か」
「いえ!そんな」
コーヒーが来るまでの間、滝本さんは私の緊張をほぐそうとしてくれているのか、簡単な質問を自然に、いくつも投げかけてくれた。こうしていると「お客さん」ではなく「近所の人」のように思えてくる。
茉莉ちゃん、これでいいの?
心の中で思わずそう問いかけたが、そんな疑問を吹き飛ばす勢いで茉莉ちゃんは言った。
「和彦さんの奥さんね、超美人さんなんだよ!」
コーヒーをカウンターテーブルに置いた瞬間放った第一声。
私は思わぬ話題に呆然としてしまった。
いきなりお客さんの奥さんの話?!いや、そりゃあ、滝本さん常連さんだけど・・・。
「茉莉ちゃん。日菜ちゃんと俺、出逢ってまだ数分しか経ってないんけど・・・、一華の話振る?」
滝本さんはそう言うけど、実際はそんなに嫌そうな表情ではない。なんだか嬉しそうにも見える。
「いやー、だってすごい美人さんじゃないですか!女子2人としては、恋バナが1番ありがたいんですよ」
茉莉ちゃんの言葉に「恋バナなんてそんな」と言いつつも、滝本さんはまるで結婚記者会見に臨んだ芸能人のように左手を見せた。そこには確かに、銀色に輝く指輪が薬指にある。「きゃー!」と黄色い歓声を上げた茉莉ちゃん。
記者になりきって質問攻めを始めた。
「奥様のお名前は!」
一華(いちか)
「普段、奥様のことはなんて呼ばれてますかっ!」
「一華」
「奥様のご職業は!」
「医者です。 ・・・っていうか、茉莉ちゃん全部知ってるでしょ」
「日菜は知りませんよー」
「ねえ?」という表情を向けられた時、ようやく茉莉ちゃんのスピードに追い付くことが出来た。私は
「奥さん、お医者さんなんですか!?」
驚きのあまり、いつもよりもだいぶ大きい声で尋ねる。
すると、和彦さんは少し照れくさそうにしながらも誇らしげに教えてくれた。
「うん。ほら、桜が丘病院ってすぐそこの。あそこで小児外科の医者やってるんだ」
そう言われて、リュックを背負い、スーツケースを引っ張って歩いた道のりを思い出す。確かに、まだ白い壁が綺麗な新しい大きな病院があった。
お医者さんだなんて、カッコイイな。
純粋にそう思った私は、自然と自分が笑顔になっていくのを感じた。
「かっこいいですね」
「ありがとう。でも、やっぱ大変そうだよ。俺たちも医療ドラマとかでお医者さんの様子は見るけど、その何倍も大変だって言ってた。こないだ医療ドラマに対して怒ってたよ」
「患者さんの命を預かる仕事ですからね。でもいいなぁ〰〰。美人で仕事もバリバリできて、女性として完璧ですよね。それと、優しくてイケメンな旦那さん」
「俺のことなんていいよ、そんな。俺なんかより一華の方が何倍も働いてるし、優秀だからね」
茉莉ちゃんと滝本さんの間で交わされる会話は何気ないけれど、その会話の中でも、滝本さんの優しくて謙虚な性格や、奥さんのことを尊敬している気持ちが十分に伝わってきた。
それに滝本さんと話していると、なんだか緊張のようなものが全て溶けてしまう。
親しみやすい、って言うのかな。
私は柔らかい雰囲気に背中押されるように、滝本さんに問うてみた。
「滝本さんは、どんなお仕事されてるんですか?」
「あ、いいよいいよ。下の名前で!俺は図書館司書です。だからこのお店、超タイプでさ」
「へえ〰〰」
「はいっ!奥さんとのなれそめは!!!」
「恋バナ方面、今日はガンガン来るね、茉莉ちゃん」
「せっかくの機会なので!今後の参考にさせて頂く為にも!コーヒー、おかわり淹れますね!」
いそいそとコーヒーのおかわりを淹れにキッチンに向かう茉莉ちゃんを見ながら、和彦さんは笑って、私に言う。
「いいね。茉莉ちゃんのキャラ、すごくいいと思う。シェアハウスが楽しくなりそうだね」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み