2 ✿ 泳ぎは幼稚園クラス

文字数 2,987文字



 予定していた夏季休暇より十日も早く、ジョンは来日した。
 ジョンに急遽、2つの仕事が与えられたからだ。

 1つ目は、帯刀作に危険を知らせる事。
 彼に恨みをいだく犯罪者がいると分かったからだ。

 2つ目は、ソックリアについて捜査情報をまとめる事。
 それをIWCIに報告し、日本の捜査官と連携をとることだった。

 現地での仕事は「休暇開始までの十日間」という命令である。
 十日を過ぎた後、自動的に休暇に入る予定だったのだが。

九日早い休暇になってしまいました・・・」

 様々な偶然が重なり、たった一日ですべての仕事が片付いてしまった。
 奇跡、と言いたいところだが…。

「ええと? じゃあ休暇の終わりも、九日早くなってしまったってこと?」

 咲良の問いに、「そうなります」とジョンは答えた。
 ジョンは今回、二週間の夏季休暇を取っていた。

「私は、少し早めにジョンに会えてうれしいけどな。あと一カ月だな、残り二週間だなって、そわそわしながら待ってたの」

「咲良さん…僕もです」

「それにほら、予定していたことは変わらないよ。こうしていっしょに、プールにも来られたし」

 咲良はプールのへりにすわり、パシャンッと片足で水をはねながら微笑む。ワンピースタイプの水着はよく似合っていて、長い黒髪はいつものように三つ編みで結っていた。体のラインは流れるように美しい曲線をえがく。手足が長く、すらりとした体形がよく分かる。水着なので。ジョンは赤くなって、視線をそらす。

(変なこと考えるな……考えるな自分……ああっもう、考えてしまいます!)

「ジョン、流れるプールに行ってみよう」
「えっ、あ…ああ、はい」

 妄想をしていた変態紳士は、急に泳ぎに誘われて、不意をつかれた表情だ。

「咲良さんは、泳ぎは得意ですか?」
「ん~、苦手な方。正直……犬かきは才能あるって、思っているけど」
「それ、才能にしちゃダメな気がします。咲良さん」
「スイミングスクールにも通ったんだけどね。中二の時……」
「そうだったんですか。で、どうでした?」

 咲良は剣道一色だと思っていたので、ジョンは意外だった。

「ええとね・・・。幼稚園児と一緒に泳ぐのが耐えられなくって辞めたんだ」

 あっけらかんと言う咲良に、ジョンはなんと言っていいやらだ。

「なぜ、幼稚園児と同じクラスに組まれたんです?」
「スクール入会テストで、水に浮かぶこともままならないと判明して…」

 咲良、まさかのカナヅチだったのだ。

「でも、スクールに通ったおかげで、今は水に浮かべるようになったよ」
「ちなみに。スクールをやめたのは、いつです?」
「中学二年生の時」

 中学二年生の時に入会したと言った。一年も通っていない。

「ちょ、ちょっと水に浮かんでみてください」
「うん、いいよ」

 咲良は流れるプールに入ると、そのま水面に浮かんだ。

「おおっ、咲良さん、ちゃんと浮かんでいますよ!
「でしょ~。まぁ、でも難点は…」

 ジョンはハッとする。ここが流れるプールであることを忘れていた。

「水に浮かんで、流されるがまま。流れにさからえないんだよね~」
「咲良さん! あぶなっ」

 プールのヘリで頭をぶつけそうだったので、ジョンが回りこんで、止めた。

「やっぱり泳げた方がいいよね。クロールは水を飲んじゃうし、平泳ぎはいくらやっても前に進まないし、背泳ぎなら息継ぎもないから自分に一番合ってると思うんだけど…」

「背泳ぎは、それほど難しくないですよ? 両手を交互に動かせばいいだけですし…」

「だよね? コツが分かれば、やれると思うんだ」

「がんばってください」

 咲良はもう一度、水に浮かんだ。しかし両手を動かした途端、そのまま逆さに水中へもぐっていき、シンクロナイズドスイミングのワンシーンのような恰好になってしまう。咲良の息が、ぶくぶくと泡になって水面へのぼる。早速溺れかけていた。

「ぷはっ・・・・・・はぁ、はぁ・・・あはは・・・やっぱり、無理みたい」

 プールの底に足をつき、咲良は肩をすくめた。

「私は浮き輪で揺蕩っているくらいが、ちょーどいいよ」

 咲良は大人用の浮き輪をスポッとかぶると、そのままプールを流されていく。

(咲良さんの意外な一面を知ってしまった)

 金づちだが、泳げないことをそれほど深刻にはとらえていない。

(それにしても、いつ、あれを渡したらいいだろう…)

 プールのあと? 家に帰ってから? 
 高価なものなので、帯刀家に置いてきたが…。

(事前に作さんに連絡して、サイズを調べてもらいましたし大丈夫。あとはタイミングだけ…)

 作の快い協力のおかげで、ジョンの「準備」は完璧だ。

「そうだ、ジョン。今度の土曜、なにか用事はある? 剣道の稽古、入れてたっけ?」
「朝に稽古をつけてもらいます。でも、それ以降は…」
「だったら…さ。その……ええと、ね」

 咲良は浮き輪で、くるーっと回り、後ろからついてくるジョンと向かい合う。

「土曜、一緒に港の方に行かない?」
「港の方…」
「お祭りがあるの。夜に花火大会。二人きりで見たいな。…ダメ、かな?」

 咲良なりの、精一杯のお誘いである。

「行きましょう」
「ほんと!?」
「はい。楽しみですね」
「良かった! じゃあ、明日ね!」

 咲良は、くるんっと浮き輪ごと回り、ジョンに背を向けてまた水に流される。
 彼女の顔が真っ赤なのは、お日様のせいだ、きっと。

「ひゃっ……」

 水中から、だれかに足を引っ張られて咲良はびっくり仰天する。
 咲良の両足から、ぱっと手が離れる。
 あわてて水面に上がると、悪戯っぽく笑うジョンがいた。

「び、びっくりしたぁ…。悪戯しないでよ、もう」
「明日の約束。絶対行きますから、その代わり、泳ぎを覚えましょう
「えええっ」
浮き輪で流される咲良さんを追うだけじゃ、せっかくプールに来たのにつまらないですよ」
「それもそうだね。なにか目的があった方がいいよね」

 咲良は「お願いします」と、ジョンに頭を下げた。

   ☀  ☀  ☀  ☀

 二人の様子を、パラソルの下からながめる少女がいた。
 少女はスケッチブックに、もくもくと絵を描いている。

あっついですねー…」

 いちゃつく咲良とジョンから目をそらし、青空を見上げた。

「土曜には日本を離れなきゃいけないのですか。なんだか寂しいです」

 マリーはしょぼん、とうなだれた。

「マリーちゃーん! いっしょに泳ごうよ~。気持ちいいよ~」
「私は遠慮します。時間があるだけ、描きたいので」

 マリーは、もくもくと写生をつづけた。

「それに・・・今さら言い出しにくい

 たらりと垂れる汗をぬぐう。


私も恥を忍んで、幼稚園クラスから学ばねばならないのでしょうか


 カナヅチの魔女も、ここに一人。
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登場人物紹介

マリー・ローゼンクランツ


 絵画修復士を目指す少女。

 事件に巻き込まれ、傷心旅行で日本へやってきた。

(事件の詳細は、前作:ローゼンクランツの王 を参照)

守部 良治 (もりべ・りょうじ)


 高校二年生。球児。

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