第27話 灼熱の部屋
文字数 1,856文字
もちろん事はそう簡単に運ばなかった。
ユングフェルンでの実験は、連日連夜の地獄となった。私のこれまでの研究をもとに二人でさまざまな陶土を作り、試作品を成形し、焼き出していったが、思うような結果はなかなか得られない。
「どれもこれも、何か違うよなあ。きれいに焼けたと思ったら割れてるし」
ヨハンは途方に暮れた表情で、失敗作のかけらを灰の中へぽいと投げ捨てた。
一日の作業が終わると、二人で机に戻り、ろうそくを灯し、本を開いた。
もう一度、古い時代の記録をひも解き、新たな手がかりを探るのだ。
ジェノヴァ、ヴェネツィアといったイタリア諸都市がいち早く東方と接点を持ち、東洋磁器をもたらしてから早三百年あまり。ヨーロッパで磁器作りを試みた人々の記録はすでに膨大な量が存在している。
だが、ほとんどは信頼に値しない記述だった。
例えば海老や卵の殻をすり潰して入れるといったような、風変わりな材料。これは私もいろいろやったし、他にも多くの者が試したようだが、決め手になるような材料はいまだ見つかっていない。
中国では粘土を百年間も地中に埋めておく、といったような大掛かりな記述も目にしたが、著者が裏を取ったとは思えなかった。伝聞のみで書いたのだろう。
まさに玉石混交。どこまで信じて良いのか分からない膨大な記録の山の中で、一つだけまっすぐに光を放つものがあった。
メディチ家に仕えたフィレンツェの職人たちの記録だ。彼らは元末明初の中国磁器を参考に、非常に真面目に研究したようだった。
メディチ家の記録はよく整理されており、信頼の置ける印象を受けた。明らかに他の書物とは一線を画している。
だが実際には逆だったのかもしれない。むしろいかにも正しそうな彼らの記録の方に、私たちは泥沼へと引きずり込まれたのである。
メディチ家の記録にある通りに、私たちはおびただしい数の試作品を作り、焼いてみた。同じ材料でも違う温度、違う焼成時間で試す必要もある。
だがどうしても、何度挑戦しても駄目なのだ。
私たちが窯から取り出すその塊は、黒焦げになっていたり、割れていたり。たとえきれいに白く焼きあがっていたとしても、すでにヨーロッパに存在している焼物の水準を上回ることはなかった。
丸天井の実験室には、小さな窓があるのみだった。それもできる限り外から見えないよう、板で塞がれている。
窯の奥には煙突が付けられているものの、手前に漏れた熱はどうしても建物内部にこもっていく。部屋は異常な高温に包まれ、空気が膨れ上がっていった。
「いかん。爆発するぞ」
私は顔の覆い布を取って叫び、ヨハンもギラギラした目で頷いた。
ところで外には、城壁を守るドレスデン市の番人がいる。彼らは王命で稜堡 内部への立ち入りを禁じられており、基本的に持ち場を離れることはできない。
とはいえ煙突からもうもうと煙が上がっているのには当然気づいているし、内部の異様な雰囲気を察知して不安になっていたようだ。
私が煤にまみれた真っ黒な姿で出ていくと、彼らははっと槍を構え、深刻な表情でこちらを見つめていた。あるいは鋼鉄の乙女だと思ったのかもしれない。
「面倒をかけて済まないが、外壁に水をかけ続けてくれ」
覆い布の下からくぐもった声を出し、私はエルベ川を指差した。
「火事を起こすわけにはいかない。まだしばらくは内部で火を使うから、よろしく頼む」
私たち自身は、もう爆死してでも白磁を焼く覚悟だった。
極めて高温となった部屋は、異様な臭気も充満して息苦しいことこの上ない。煤が飛び散り、目がほとんど開けられなかった。
銀色に変色した天井の漆喰 が溶けて剥がれ、弾丸のようになって頭上に落ちてくる。床も熱した鉄鍋のようになっていて、靴を履いていても足裏に水ぶくれができた。
それでも私たちは止まらなかった。
数え切れないほど、土を変えてみた。鉱山の技師たちと手紙をやり取りし、陶土として使えそうな粘土はすべて送ってもらった。陶器のみならず、琺瑯 や皮革製品も参考にして、ガラス質の釉薬の工夫をした。
だがどの材料も、駄目だった。可能性を信じたいずれの材料も、私たちの要求に応えてくれることはなかったのである。
ごうごうと火の燃え盛る音に包まれ、私は狂い死にする思いで壁の十角皿を見上げた。
一分の隙もない端正な輝きは、どこまでも冷たく沈黙している。
イマリよ、日本の陶工よ。教えてくれ。その白く半透明な輝きは、何をもって生まれるのか。どうしたらその境地にたどり着けるのか。
ユングフェルンでの実験は、連日連夜の地獄となった。私のこれまでの研究をもとに二人でさまざまな陶土を作り、試作品を成形し、焼き出していったが、思うような結果はなかなか得られない。
「どれもこれも、何か違うよなあ。きれいに焼けたと思ったら割れてるし」
ヨハンは途方に暮れた表情で、失敗作のかけらを灰の中へぽいと投げ捨てた。
一日の作業が終わると、二人で机に戻り、ろうそくを灯し、本を開いた。
もう一度、古い時代の記録をひも解き、新たな手がかりを探るのだ。
ジェノヴァ、ヴェネツィアといったイタリア諸都市がいち早く東方と接点を持ち、東洋磁器をもたらしてから早三百年あまり。ヨーロッパで磁器作りを試みた人々の記録はすでに膨大な量が存在している。
だが、ほとんどは信頼に値しない記述だった。
例えば海老や卵の殻をすり潰して入れるといったような、風変わりな材料。これは私もいろいろやったし、他にも多くの者が試したようだが、決め手になるような材料はいまだ見つかっていない。
中国では粘土を百年間も地中に埋めておく、といったような大掛かりな記述も目にしたが、著者が裏を取ったとは思えなかった。伝聞のみで書いたのだろう。
まさに玉石混交。どこまで信じて良いのか分からない膨大な記録の山の中で、一つだけまっすぐに光を放つものがあった。
メディチ家に仕えたフィレンツェの職人たちの記録だ。彼らは元末明初の中国磁器を参考に、非常に真面目に研究したようだった。
メディチ家の記録はよく整理されており、信頼の置ける印象を受けた。明らかに他の書物とは一線を画している。
だが実際には逆だったのかもしれない。むしろいかにも正しそうな彼らの記録の方に、私たちは泥沼へと引きずり込まれたのである。
メディチ家の記録にある通りに、私たちはおびただしい数の試作品を作り、焼いてみた。同じ材料でも違う温度、違う焼成時間で試す必要もある。
だがどうしても、何度挑戦しても駄目なのだ。
私たちが窯から取り出すその塊は、黒焦げになっていたり、割れていたり。たとえきれいに白く焼きあがっていたとしても、すでにヨーロッパに存在している焼物の水準を上回ることはなかった。
丸天井の実験室には、小さな窓があるのみだった。それもできる限り外から見えないよう、板で塞がれている。
窯の奥には煙突が付けられているものの、手前に漏れた熱はどうしても建物内部にこもっていく。部屋は異常な高温に包まれ、空気が膨れ上がっていった。
「いかん。爆発するぞ」
私は顔の覆い布を取って叫び、ヨハンもギラギラした目で頷いた。
ところで外には、城壁を守るドレスデン市の番人がいる。彼らは王命で
とはいえ煙突からもうもうと煙が上がっているのには当然気づいているし、内部の異様な雰囲気を察知して不安になっていたようだ。
私が煤にまみれた真っ黒な姿で出ていくと、彼らははっと槍を構え、深刻な表情でこちらを見つめていた。あるいは鋼鉄の乙女だと思ったのかもしれない。
「面倒をかけて済まないが、外壁に水をかけ続けてくれ」
覆い布の下からくぐもった声を出し、私はエルベ川を指差した。
「火事を起こすわけにはいかない。まだしばらくは内部で火を使うから、よろしく頼む」
私たち自身は、もう爆死してでも白磁を焼く覚悟だった。
極めて高温となった部屋は、異様な臭気も充満して息苦しいことこの上ない。煤が飛び散り、目がほとんど開けられなかった。
銀色に変色した天井の
それでも私たちは止まらなかった。
数え切れないほど、土を変えてみた。鉱山の技師たちと手紙をやり取りし、陶土として使えそうな粘土はすべて送ってもらった。陶器のみならず、
だがどの材料も、駄目だった。可能性を信じたいずれの材料も、私たちの要求に応えてくれることはなかったのである。
ごうごうと火の燃え盛る音に包まれ、私は狂い死にする思いで壁の十角皿を見上げた。
一分の隙もない端正な輝きは、どこまでも冷たく沈黙している。
イマリよ、日本の陶工よ。教えてくれ。その白く半透明な輝きは、何をもって生まれるのか。どうしたらその境地にたどり着けるのか。