第5話 世界を騙した男 サム・バンクマン=フリード②

文字数 2,543文字

 2021年10月、フォーブス誌が毎年発表しているアメリカの長者番付「フォーブス400」に、7人の暗号資産ビリオネアがランクインした。
 そのうちの一人、サム・バンクマン=フリードは「フォーブス400史上最もリッチな新人」と評され、2021年10月・11月号の表紙を飾った。



 フォーブス誌は、サムの純資産が225億ドル(約2兆5100億円)であり、アメリカで25番目、世界で64番目の富豪だと伝えた。
 29歳でこれほどの富豪になったのは、当時29歳で285億ドルを達成した、フェイスブック(現・メタ)の共同創業者兼CEOのマーク・ザッカーバーグだけだ。
 
 フォーブス誌によると、MITで物理学を学んだサムが、物理学者ではなくトレーディングの仕事を選んだのは、「最終的により多くのお金を慈善事業に寄付できるようになる」ためである。
 彼の当面の目標は、FTXを「安全で信頼できる、規制に準拠した取引所として確立する」ことであり、長期的な計画としては「稼いだお金をすべて慈善事業に寄付する」ことだ。(※1)

 サムがインタビューで語った自身のキャリアについての考え方は、「効果的利他主義」を背景としている。
 ひと言で言うと、有効な寄付を行えるように可能な限りお金を儲けよう、というものだ。

 効果的な利他主義(Effective Altruism)とは、社会全体の利益にとって効果の高いキャリアを選択し、エビデンスに基づいて効果の高い慈善団体を手助けする運動のことである。
 サムは、このEA運動の中心人物の一人である哲学者トビー・オードらが創設した非営利組織「Giving What We Can」 (GWWC)の会員だったのだ。GWWCの会員は、収入の少なくとも10%を慈善団体に寄付することを誓約する。 (※2)
 
 2022年6月に、サムは保有資産の半分以上を慈善事業に寄付することを誓う「ギビング・プレッジ」(The Giving Pledge)に署名をした。
「ギビング・プレッジ」は、マイクロソフト創業者であるビル・ゲイツらが始めた、超富裕層からの寄付を促すキャンペーンだ。(※3)
 FTXにも慈善事業部門があり、FTX財団(FTX Foundation)は同年6月までに2180万ドル(約28億3000万円)を慈善事業にあてたという。

 サムは選挙活動への寄付でもよく知られていた。2020年のアメリカ大統領選挙ではバイデン陣営へ500万ドルを寄付し、彼は最大規模の寄付者の一人だった。
 こうした積極的な社会貢献活動によって、サムは「ギバー」(惜しみなく与える人)と呼ばれるようになる。

 さらにFTXは、暗号通貨レンディングを手がけるボイジャー・デジタル(Voyager Digital)やブロックファイ(BlockFi)などの苦境に陥った企業を救済しようと試み、いわゆる「ホワイトナイト」(白馬の騎士)の役割を演じていた。
 今年7月に、エコノミスト誌は「暗号通貨業界の最後の希望 サム・バンクマン=フリードは暗号通貨業界のJ.P. モルガンか?」と題した記事を掲載している。(※4)
 エコノミスト誌は、1907年恐慌に際して、モルガン財閥の創始者であるジョン・ピアポント・モルガンが行った救済活動や、1929年にウォール街が大暴落した時、その流れを止めようとしたJ.P.モルガン・ジュニアを引き合いに出して、サムとFTXについて報じたのだ。

 サム自身の庶民的な人柄も、暗号通貨ファンから親しまれる理由だった。
 アメリカの長者番付にランクインするビリオネアになっても、寝ぐせそのままのようなモサモサした髪型に、靴ひももしっかり結ばず、よれよれのTシャツと短パン姿。トヨタのカローラに乗り、サムを含めた男女10人の友人同士でバハマのペントハウスにルームシェアしていた。相変わらず大好物はオレオで、「動物の福祉がすべて」と言って、ヴィーガン(完全菜食主義)を貫いていた。

 
 こうしてサムは、名門大学の教授二人である両親から薫陶(くんとう)を受けた効果的利他主義者で、詐欺や不正とは対極に位置する良識派、寄付を通じて政治に影響力を持ち、暗号通貨業界全体を救うことができる「救世主」のような人物像を築き上げてきた。

 サムとFTXをめぐる長年のナラティブが全てひっくり返った今となっては、彼のセルフブランディングが見事であったと言うほかない。
 次回は、FTX崩壊が始まった直後からの目まぐるしい動きを時系列で見てみよう。



※1 The World’s Richest 29-Year-Old Just Got A Lot Richer, Thanks To New FTX Funding Round, Chase Peterson-Withorn, Steven Ehrlich, Forbes, October 21, 2021.

※2 「Giving What We Can」 (GWWC)は、2009年に哲学者トビー・オードと当時研修医だった妻のバーナデット・ヤング、哲学者ウィリアム・マカスキルによってオックスフォード大学で設立された。世界の貧困緩和のために、定期的に収入の10%を寄付するよう人々に促すことを目的とする。収入の10%を与えることは、ユダヤ教やイスラム教の伝統と似ているが、オードはその背景に宗教的動機はないとする。2022年現在、7980人の会員がいる。

※3 「ギビング・プレッジ」(The Giving Pledge)は、2010年にマイクロソフト創業者のビル・ゲイツと妻(当時)のメリンダ・ゲイツが、世界最大の投資持株会社であるバークシャー・ハサウェイの筆頭株主かつ会長兼CEOを務めるウォーレン・バフェットと共に始めた、超富裕層からの寄付を奨励するキャンペーン。2022年現在、マーク・ザッカーバーグ、イーロン・マスクなど、236人が署名している。

※4 Crypto’s last man standing. Is Sam Bankman-Fried the John Pierpont Morgan of crypto?, The Economist, July 5, 2022.
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