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文字数 1,109文字

 電話を切って、二十分と経たずに、彼女は到着した。アンティークグリーンの制服に身を包み、さらさらと長い黒髪を、頭の後ろの高い位置ですっきりと束ねている。年はわたしと同じくらいなのに、すらりとした長身も、静かに響く落ちついた声も、わたしよりずっとおとなびていて、凛と涼やかな空気をまとっている。ふわふわの金髪に小柄で未発達な体をもつ、実年齢より幼く見えるわたしとは、正反対だ。
「乗って」
 大きなエンジンを積んだ軍用の自動二輪車(オートレーサ)だった。こどもの体で難なく(またが)り、カノープスがわたしを呼ぶ。(うなず)いて、わたしは軽く地面を蹴り、カノープスの後ろにひらりと飛び乗る。取り巻く風景を脱ぎ捨てるように回されるアクセル。急加速。しなやかな黒髪が風に(なび)いて、すっととおった彼女の細いうなじが(のぞ)く。白い肌を引き立てる、黒い髪と瞳。
 綺麗だな、と思う。
 カノープスは、余計な色をもたない。
 ぴんと伸びた真直ぐな背筋も、研ぎ澄まされた刃のように鋭く(きら)めく切れ長の瞳も、わたしにはないものだ。
 カノープスは()びない。(へつら)わない。こどもの誇りを保ったまま、おとなに抗うことができる。
 おとなの手垢にまみれていない、カノープスは、強くて、とても美しいと思う。
 守りたいと、思う。
「スピカ」
「なに?」
「首」
「えっ?」
「首、どうかしたの?」
 もくもくと蒸気を噴き出す自動二輪車(オートレーサ)のエンジンを回し、カノープスが、前を向いたまま尋ねた。とっさにわたしは、隠すように首に手をやる。
「えっと、ちょっと折られちゃって……」
「……どんなプレイしたのよ」
「ちーがーうー。プレイはわりと普通だったの。ただ、相手が少し、ドラッグ、キメちゃっただけで……」
「……それのどこが普通なのよ……」
 カノープスは小さく息を吐いた。制服の(えり)が風を受けて、華奢(きゃしゃ)な背中の上でぱたぱたとはためく。(しわ)ひとつない襟だ。まるでカノープスの性格そのものみたい……わたしは右手でカノープスに(つか)まりながら、風に(あお)られる彼女の襟に、そっと撫でるように左手を乗せた。この国を統べる《教会(エクレシア)》に属する、わたしたちの部隊の制服。
「大丈夫。到着する頃には元通りになるから」
「……ならいいけど」
 カーブを曲がり、さらに速度を上げながら、カノープスは呟くように言った。
「あなたを迎えに行く途中、半裸で疾走している茶髪の男を見たけれど、もしかして、そいつかしらね」
「あっ、多分、その人だ。わたしを殺しちゃったって、自首するかなぁ……」
「どうかしらね。とりあえず病院には運ばれたわ」
「どうして病院?」
「車道に飛び出して、

()ねられたの。命に別状はないけれど、おかげで予定より時間を食ったわ。十分で到着するつもりだったのに」

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