第12話『メル=ファブリの不思議な住処』
文字数 2,381文字
ロバ頭の小人は、不安定な歩行でリクに近寄ると、地を這 う様な声で、「“メル=ファブリ”じゃ」と、ずっしりと言った。そして太い指のついた手を、ゆっくり差し出してきた。
リクも恐る恐る手を伸ばして、震える小さな声で、「リク、です」と挨拶した。
するとロバ頭のメルは、長い睫毛 のついた目を細めて、口をカパカパと鳴らした。どうやら、彼なりに笑っているらしい。
リクが目を丸くしていると、メルは、「驚くのも無理はない」と穏やかな口調で言い、真っ黒な瞳で、リクの後ろに立つアダムの姿を捉 えた。
「そこに立っている坊やなんて、初対面の時に失神しおったくらいじゃ」
また口をカパカパと鳴らした。
リクはその話を聞いて、口を大きく見開くと、「失礼な人もいるんですねえ! 」と漏 らしていた。
最初こそびっくりしたリクであったが、頭の形以外は、ふつうの紳士 と変わらないメルに、すっかり慣れてしまっていたのだ。
そこで顔を真っ赤にしたのはアダムで、「わ、悪かったって! いつまでも根に持ってんなよ! 」と大きな声で訴えた。
メルは、リクたちを部屋の中に案内してくれた。
部屋の大きさは、リクが今朝起きたところと同じだった。が、身長80センチのメルからしたら、ずいぶん広く感じることだろう。
部屋にはベッドが無く、代わりに藁 を鳥の巣の様に丸く編んだものが隅に置いてあった。天井からは種類数多 の生地が吊 り下げられていて、それらが窓から入ってくる陽の光を、遮断 してしまっていた。そのせいで部屋は、昼間だというのに全体的に薄暗かった。
床には、色とりどりの糸や毛玉か転がっていた。その中に混ざって、まるでひとり用ソファの様な大きさの針山があり、ありとあらゆる用途 に適した針が所狭しと密集していた 巨大なハリネズミみたい というのが、リクが抱いた印象だった。
リクたちを部屋に招き入れた本人は、赤ん坊の様なヨタヨタした歩き方で、鳥の巣に向かったと思うと、そこからクッションを3つ、取り出して帰ってきた。
「落ち着かない部屋で申し訳ないがね」メルはそう言いながら、クッションを床に置くと、リクたちにそこに座る様に手で指示した。そして自分はというと、木の床にそのままドスンと尻を着けると、目を細めて、「ここはワシの憩 いの場であると同時に、仕事の場でもあるのだがらね。人をもてなすことに慣れていないのだよ」とゆっくり言った。
リクは、肉厚なクッションへの座り方を模索しながら、メルに笑顔を向けて、「いいえ、お構いなく」と大人な返事をした。
メルはリクの返事に、更に目を細めて、「良い子じゃな」と呟 いた。
その時のリクの服装といえば、新刊書店雨蛙 に出掛けたそのままの格好で、薄手のTシャツに、脚にしっかりフィットしたジーンズという、シンプルなものだった。
炎天下の中、自転車のペダルを必死に踏 んでいたのも、もうずっと昔のことの様に感じる。
メルはリクに、「その格好のままで採寸をしよう。その方が良いじゃろう? 」と提案をして、リクもそれに頷 いた。
メルは、この部屋で唯一、天井から布が垂 れ下げられていない一角──彼はそこを「採寸所 」と呼んでいた──にリクを起立させた。そしてリクに「手を上げて」や「背筋を伸ばして」や「片脚を上げて」など、様々な指示を飛ばした。揺れる汽車の中で、片足立ちするのは至難 の業 であったが、リクは素直にそれに従いながら、メルの手元を観察した。
リクが体勢を変える度に、リクの体にぴったりと貼り付けるメルのメジャーは、変わった形をしていた。メモリのついた長い紐 は、先の丸まった2本の棒に通されていた。その2本の棒は、1本ずつ、メルの両手に握られていて、頭でっかちで腕の短いメルならではの道具といえるだろう。
リクがアイディアに感心していると、メルの方から話し掛けてきた。
「あのケチなアントワーヌが、君を獲得する為に、自分の全財産を賭 けたと聞いたが。本当かな? 」
「ええ。でも、たぶんトニは、私が絶対に勝てっこないって分かってて、おちょくったんだと思う」
リクはそう言って、肩を落とした。「ラッキーで勝てる様なゲームじゃなかったなあ」
メルは足元に敷かれた用紙に、特殊な記号を書き込みながら、カパカパと笑った。
「いいや。あの坊やはそんな子じゃないさ。それほどまでに、君という人材を手に入れたかったのじゃろう」
メルのその言葉に驚いたリクは、目を大きく見開いて、「えええ、絶対におちょくっただけなんだと思うんだけど」と言った。「だって私、中学生だし、働いた経験も無いし、思い当たる特技も無いし」
「それは、たぶんリクが“イチ”に似てるからじゃねえかな」
リクが もぞもぞ と言うのに返事をしたのは、ずっと黙ってリクとメルの会話を眺 めていた、アダムだった。
「“イチ”? イチって? 」
リクの問いにアダムが答えようと口を開いた時だった。メルが大袈裟 に咳 ばらいをし、採寸道具を床に置くとリクに「さあ、これで採寸は終わりじゃ。暫 くどこかで時間を潰してきなさい。すぐにできるのじゃから」と早口に言った。
そしてリクたちを部屋から追い出すと、急いで扉を閉めてしまった。
リクは首を傾げて「何かしちゃったかな? 」と、ふたりに聞いたが、アダムもニックも、揃って首を傾げただけだった。
「まあでも、メルがどっかで時間潰してこいって言ってんだからさ、そうすりゃあいいんじゃねえかな? 」
アダムは呑気 に言うと、クルリと、踵 で方向転換をした。
「どこ行くの? 」
リクが聞くと、若い炭鉱夫は、「掃除しに行く! 」と背中を向けたままで答えた。
「掃除? 」
リクが歩くアダムをヒョコヒョコと追いかけ、その後ろからニックが、「掃除だ 掃除だ! 」と、 ノシノシ大股 でついて行った。
新米炭鉱婦リクの、初仕事へ出発だ!
リクも恐る恐る手を伸ばして、震える小さな声で、「リク、です」と挨拶した。
するとロバ頭のメルは、長い
リクが目を丸くしていると、メルは、「驚くのも無理はない」と穏やかな口調で言い、真っ黒な瞳で、リクの後ろに立つアダムの姿を
「そこに立っている坊やなんて、初対面の時に失神しおったくらいじゃ」
また口をカパカパと鳴らした。
リクはその話を聞いて、口を大きく見開くと、「失礼な人もいるんですねえ! 」と
最初こそびっくりしたリクであったが、頭の形以外は、ふつうの
そこで顔を真っ赤にしたのはアダムで、「わ、悪かったって! いつまでも根に持ってんなよ! 」と大きな声で訴えた。
メルは、リクたちを部屋の中に案内してくれた。
部屋の大きさは、リクが今朝起きたところと同じだった。が、身長80センチのメルからしたら、ずいぶん広く感じることだろう。
部屋にはベッドが無く、代わりに
床には、色とりどりの糸や毛玉か転がっていた。その中に混ざって、まるでひとり用ソファの様な大きさの針山があり、ありとあらゆる
リクたちを部屋に招き入れた本人は、赤ん坊の様なヨタヨタした歩き方で、鳥の巣に向かったと思うと、そこからクッションを3つ、取り出して帰ってきた。
「落ち着かない部屋で申し訳ないがね」メルはそう言いながら、クッションを床に置くと、リクたちにそこに座る様に手で指示した。そして自分はというと、木の床にそのままドスンと尻を着けると、目を細めて、「ここはワシの
リクは、肉厚なクッションへの座り方を模索しながら、メルに笑顔を向けて、「いいえ、お構いなく」と大人な返事をした。
メルはリクの返事に、更に目を細めて、「良い子じゃな」と
その時のリクの服装といえば、
炎天下の中、自転車のペダルを必死に
メルはリクに、「その格好のままで採寸をしよう。その方が良いじゃろう? 」と提案をして、リクもそれに
メルは、この部屋で唯一、天井から布が
リクが体勢を変える度に、リクの体にぴったりと貼り付けるメルのメジャーは、変わった形をしていた。メモリのついた長い
リクがアイディアに感心していると、メルの方から話し掛けてきた。
「あのケチなアントワーヌが、君を獲得する為に、自分の全財産を
「ええ。でも、たぶんトニは、私が絶対に勝てっこないって分かってて、おちょくったんだと思う」
リクはそう言って、肩を落とした。「ラッキーで勝てる様なゲームじゃなかったなあ」
メルは足元に敷かれた用紙に、特殊な記号を書き込みながら、カパカパと笑った。
「いいや。あの坊やはそんな子じゃないさ。それほどまでに、君という人材を手に入れたかったのじゃろう」
メルのその言葉に驚いたリクは、目を大きく見開いて、「えええ、絶対におちょくっただけなんだと思うんだけど」と言った。「だって私、中学生だし、働いた経験も無いし、思い当たる特技も無いし」
「それは、たぶんリクが“イチ”に似てるからじゃねえかな」
リクが もぞもぞ と言うのに返事をしたのは、ずっと黙ってリクとメルの会話を
「“イチ”? イチって? 」
リクの問いにアダムが答えようと口を開いた時だった。メルが
そしてリクたちを部屋から追い出すと、急いで扉を閉めてしまった。
リクは首を傾げて「何かしちゃったかな? 」と、ふたりに聞いたが、アダムもニックも、揃って首を傾げただけだった。
「まあでも、メルがどっかで時間潰してこいって言ってんだからさ、そうすりゃあいいんじゃねえかな? 」
アダムは
「どこ行くの? 」
リクが聞くと、若い炭鉱夫は、「掃除しに行く! 」と背中を向けたままで答えた。
「掃除? 」
リクが歩くアダムをヒョコヒョコと追いかけ、その後ろからニックが、「掃除だ 掃除だ! 」と、 ノシノシ
新米炭鉱婦リクの、初仕事へ出発だ!