第1話 対話

文字数 775文字

「これが、イシガイの最後の1個体だ」
「復活することはあるの」
「わからない。この個体が何歳なのかもわからない」
「この個体が死んだら、つまり、絶滅したら、どうなるの」
「取り敢えず、冷凍しておこう。そうしたら、DNAを使って、マンモス復活プロジェクトのように生き返るかもしれない」
「いつ死ぬの」
「それも分からないが、長くはないだろう。生きているうちに、組織の一部をとって、冷凍した方が安全かもしれない」
「貝が死んだら環境はどうなるの」
「わからない。それが、一番の問題なんだ。ある種が絶滅したことは、過去にも多く見られる。でも、多くの場合には、近隣種が、空いた穴をうめるんだ。しかし、この貝は、イシガイ目の最後の1個体でもある。だから、空いた穴を埋める、近隣種はいない」
「この貝はどんな環境機能をはたしてきたの」
「個体数が多い場合には、河川水質浄化機能の17%をこの貝が担ってきたという研究がある」
「では、いなくなると、水質が17%悪くなるわけ」
「環境負荷の原因には足し算が効かないことがある。例えば、この100mlコップに90ml水が入っていたとする。それに7ml水を足しても、97mlだから、水はあふれない。でも、17ml水を入れればあふれてしまう。つまり、17mlの変化が、量的な変化にとどまらず、質的な変化に転ずる可能性があるわけだ。だから、17%だから、安全とは言えない。変化は、ゆっくりした将棋倒しのように、伝わることもある。つまり、原因が発生してから、結果が現れるまでに、大きな時間がかかることがある。科学は、この時間遅れが大きい変化を解明することが苦手だ。この貝は、人間並みに長生きする。だから、研究者が生きている間には調べきれない、分からないことの方が多いんだ」
「影響がどのくらいで、いつ起こるのかも分からない訳なの」
「そういうことになる」
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