2話 ✿ カミングアウト

エピソード文字数 984文字

物陰から、一人の少女が現れる。

長い黒髪が風になびく。

怒ったようにつり上がった目は、まっすぐに天井を捉えた。



(彼女は確か・・・隣のクラスの・・・)

花房…さん?

 花房(はなぶさ) 蘭々(らら)

 らんらん、じゃなくて「らら」さん。

 珍しい名前なので、天井は憶えていた。



私の名前くらいは、憶えていたのか。


天井(あまい) (しゅう)


天井とかいて「てんじょう」ではなく「あまい」と読む。



銃をとれ。私と決闘しろ!


 すると蘭々は、制服のポケットから、天井に贈ったものとよく似た拳銃を出した。



さもなくば、潔く死んでくれ。

銃口がぴたり、と天井に合わさる。


天井と蘭々の間に、一陣の風が吹き荒れた。


天井は、荒野で1対1の決闘を申し込まれた、カウボーイのような心地だ。



な…なんで?

忘れたとは言わせないぞ。去年のことだ。


この1年…私は、今日の日を待っていたんだ。

あの日の屈辱、あの日の吐き気、あの日の胸の痛み…


バレンタイデーだと…学校中、口から砂糖を吐きそうな話ばかりだが、これだけは言う。


チョコレートは自分で買って、自分で食うものだ!


買っても誰かに渡さなければ悲劇は起こらない

この人、バレンタイデーになにがあったんだ!?

おまえから学ばせてもらったよ。
俺――――!?
は…話の筋がさっぱり…。どゆこと? なにがあったの?
フッ……愚問だな。
 蘭々は失笑し、
去年、おまえにチョコを渡したことで、笑いものにされ、赤っ恥をかいたことだ!

彼女の声が、体育館裏に響く。


二人の間に、しばらく沈黙が続いた。



な、なんだって――――!?

なぜ、おまえが驚いている!?

どうせおまえが「俺、チョコをもらったんだ~」と、まわりに自慢したんだろう!?


なぜ……なぜ…隠してくれなかったんだ!?


おかげで私が、どれだけ……恥ずかしい思いをしたか…。生き地獄を見たぞ

2月が大嫌いになった! 2月1日から、胃がキリキリする!

いや…だって、俺…。


今まで一度も…チョコレートなんて、もらったこと……ないんだけど。

そんなはずはない!

本当に、違います! あなたからチョコなんてもらってません! 初耳です!


だから、そ、その銃をどうかおおさめになって…


命だけは、ご勘弁を…。

なんだと…?
 蘭々の手から、拳銃がカタン・・・と音を立てて落ちた。
つづく
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登場人物紹介

天井 集 (あまい・しゅう)


人生初チョコをもらったのに、幸せでない少年。

花房 蘭々(はなぶさ・らら)


文武両道の優等生。天井にチョコを贈ったが…。

煮貝 杯(にがい・はい)


天井の友人。

バレンタインに、とんでもないチョコをもらう

近松 摩耶(ちかまつ・まや)


野球部のマネージャー。

天井くんたちの同級生

多々良 哲也(たたら・てつや)


煮貝の友人。野球部員。

天井くんたちの同級生

松茸 鶴弥(まつたけ・つるや)


天井くんの同級生。

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