暁の巫女は朔の夢を見る

エピソードの総文字数=1,489文字

 宮から麓までは牛車を借りた。それでも、途中の段差では一度荷を降ろしてまた乗せ直さなければならず、なかなかに重労働だった。なだらかな傾斜を慎重に下りながら、瑠璃は独り言を言う。
「髪が短くても女に見えるのね」
「見る者が見ればな。いいからしっかり担げ」
 あの後瑠璃は胸に布を巻いた。上衣も着込んでいたし、第一こんなささやかな胸だ。気にするほどないと思っていたけれど、帝にあんな風に言われて急に心配になった。
 是近が何も言わなかったのは、彼には女に見えなかったか、それかいっそ早くばれて追い出せればそれでいいと考えているか。少しふて腐れているところを見ると――後者の可能性が高い気もするけれど、それならばなぜ帝からあのように庇ったのだろうか。
 悶々と考えながらも、瑠璃は足に力を入れて、しっかりと腕の中の〝箱〟を支える。落としては大変だ。何といっても、大事な人が詰め込まれている。
「ねえ、これ、起きたら怒るんじゃない? さすがに」
「それどころじゃないんだ。しょうがない」
「あたしだったら酔って吐きそう」
「じゃあ、図太いおまえとは比べ物にならないくらいにか弱い殿下は、もう吐いていらっしゃるだろうよ。とにかく麓までは我慢していただくしかない」
 その言い分に腹を立てつつ、瑠璃は箱に詰め込まれた病人を想像して気の毒になる。
 牛に引かせた大きな木箱は〝棺〟だ。それに生きたまま入るのは、瑠璃はごめんだと思った。だけど、誰にも見咎められない大きな荷物となると、この箱しかなかったのだった。死者は穢れとして忌まれるため、あえて覗いたりしないし、まず、宮殿への〝入〟よりは〝出〟の方が遥かに警備は緩かった。
(ああ、早く出してあげたい……)
 そういえば、どのくらい大きくなったのかしら――そう思ったとたん、急に胸が騒いだ。
 そうだ。なぜか六歳の子供が出てくるような気がしていたけれど、瑠璃が十六歳になったということは、彼の方も十六歳になったということ。
 布に包まれたまま箱に詰め込まれたので、わずかにこぼれた髪しか見えなかった。けれど、是近が抱える時に顔をしかめるくらいではあったから大きくなっているのは明らかだ。
(あ、なんか……妙に緊張してきちゃった)
 昔、彼が遊びに来る時期が近づいた時のワクワクした気持ちに少し似ている。だけど、それに加えて気持ちが華やいでいるのがわかった。顔を赤らめた瑠璃に是近がすかさず釘を刺す。
「おまえらは、初対面なんだからな? 忘れるなよ?」
「わ、わかっているわよ」
「あとその口調。おまえは男で、俺とおまえは単なる上司と部下だ」
「……わ、わかりました」
 是近の鋭い視線に刺されて、瑠璃の気分が瞬く間に萎んでいく。
『ん……』
 かすかなうめき声が聞こえた気がして、瑠璃は体を震わせる。
「とうさ――」チロリと睨まれて慌てて言い直す。「長官、お目覚めになられたようです」
「もう暫く待て」
 箱の中から衣擦れの音がし始める。動揺しているのだろう、落ち着きなく箱の内部を叩く音がし始めた頃、ちょうど麓に廃屋が見え、是近が瑠璃に目で合図した。小屋の前に辿り着くと、道の端に牛車を止め、中の様子を確かめるために一度声をかける。苦しんでいたら大変だ。
「殿下? お目覚めになられましたか?」
『ここ、どこ? ……吐きそう』
 戸惑ったような沈黙の後に響いたのは掠れた低い声。瑠璃は聞き覚えのない声にどきりと心臓が跳ねるのを感じた。
「もう少しで着きます。どうかご辛抱ください」
 動揺を極力抑えながら、是近と共に箱を小屋の中に移した。

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