第1話
文字数 1,995文字
「スズメさん おはよう。子供たち大きくなったね。」
「おはよう。妖精さん。そろそろ私もお引越しかしら。」
ここは町の外れにある雑木林。動物さんや虫さんは、私のことを「妖精さん」と呼んでいる。だから、きっと私はこの木に住む妖精なのだと思う。
「ただいま、妖精さん。」
「おかえりなさい。ウグイスさん。」
春になると、ウグイスさんがやってくる。この季節がやってくると、私は音楽の先生に変身する。
「ほ~ ほけ、 けきょ、けきょ…… う~ん、今年もうまく鳴けないなぁ。」
「大丈夫、さぁ一緒に練習しましょう。さぁ、もう一回!」
夏には、セミさんがやってきて、合唱や輪唱を楽しむ。最初、セミの鳴き声には正直頭が痛くなりそうだった。けれど、セミさんに「妖精さんも大きな声で歌いましょう!元気が出るよ!」と誘われてからはセミさんに合わせ、
「ミーン、ミーン。 ツクツクボウシ、ツクツクボウシ。」とね。
秋になると、根元で虫さんたちのオーケストラが始まる。この季節は、夏の合唱疲れもありアリーナ席に陣取る観客役となるのだ。
冬、冬は一番嫌いな季節だ。だって、私に聞こえてくるのは、ここを散歩コースとしている柴犬のジョンの……だけだから。そして、ジョンは人間に連れられていて、ゆっくりとお話すらできない。
人間って、なんてせせこましいのだろうと思っていると、この木に来た時の記憶が急に蘇ってきた。
― この木に来た当初、もっと人間がこの木を見ていたような…… でも、みんな悲し気で話しかけにくかったのだ。そして、気が付いたらこの木に近づいてくる人はいなくなってしまった ―
ある冬の朝、40から50歳くらいに見える女性が私の元へやってきた。久しぶりの人間だ。よし、挨拶をしてみよう!
「おはようございます。」
すると、その女性はあたりをキョロキョロと見まわし始めた。
「おはようございます。聞こえますか?」
「誰、何! どこにいるの!」
「見えませんか? 私はこの木にいる妖精なのです。みんながそう呼ぶので、多分そうなのでしょう。」
すると、その女性は驚きながらも、少し胸をなでおろし、大きく息を吐いた後に涙を流しながらこう言った。
「私にはね、息子が居たの…… 本当は今日で成人を迎える筈だった。周りの子たちはどんどん大人になっていくのに、私の息子はずっと中学生のままなのよ。」
「ごめんなさい。私、なんて言ったらよいか……」
「いいのよ、妖精さん。聞いてくれれば…… あの子、中学校の時にいじめられていたようなの。でもね、学校は「いじめはなかった。」の一点張りで、息子が仲良かったお友達に聞いても、「特にいじめはなかったです。」と言うから、八方塞がりになってしまって…… でもね、息子が残したこのノート、このノートには、はっきりと"KE許さない 消えて欲しい" と書いてあるの。 でも、息子のクラスには、イニシャルでKEの子もEKの子もいないし、Kで始まる名前の子は居たけれど、Eで始まる名前の子は居なくて……」
「私にわかるかもしれません。 もし、私が本当に妖精なら、私には特別な力があると思います。
少しでもあなたのお役に立ちたいので、よろしければそのノートを見せてくれませんか?」
「ほら、ここに息子の字でそう書いてあるの。」
そのノートは、ノートではなく野球のスコアブックだった。何故、私がそれをスコアブックと分かったのだろう。これが妖精の持つ力なのかもしれない。
「これは、ノートではなくて、野球のスコアブックですよ。Kは三振を表して、Eはエラー、ファンブル、後逸とかを意味するのです。三振と後逸…… もしかしたら、逸見しんご と言う子はクラスにいませんでしたか……」
女性は、ハッとした表情をした後に、急に下を向いてクスクスと笑いだした。
「ありがとうね。小さな名探偵さん。 逸見君ね。それなら、いじめなんて無かったと言う筈よね。だって、私が聞いていた息子の友人って逸見君なのだから。」
「ちょっと、あなた何か良からぬことを考えていませんか?」
「そうと分かれば、息子の敵を討ちたいわ。」
「やめてください。そんなことして何になるのですか?」
「妖精のあなたに何がわかるのよ!」
「分かります。やめてください。 やめろ! もうやめてくれ母さん!」
「母さんは何もわかっていない。受験のために大好きな野球を辞めさせられて、塾で成績が伸びたら御三家目指すって一人で盛り上がって。それで、御三家に失敗したら、母さんが勝手に落ち込んで折角合格していた平成学院の入学手続きを忘れたから…… 僕は御三家より平成学院に行きたかったのに KEはあなただよ、木村英子 母さんのことだ!」
すると、私の体は木から離されて、まるで吸い込まれるように空へ高く高く舞い上がっていった。
「さようなら、ウグイスさん。遠くの空から君が上手く鳴けるようずっと応援しているね。」
「おはよう。妖精さん。そろそろ私もお引越しかしら。」
ここは町の外れにある雑木林。動物さんや虫さんは、私のことを「妖精さん」と呼んでいる。だから、きっと私はこの木に住む妖精なのだと思う。
「ただいま、妖精さん。」
「おかえりなさい。ウグイスさん。」
春になると、ウグイスさんがやってくる。この季節がやってくると、私は音楽の先生に変身する。
「ほ~ ほけ、 けきょ、けきょ…… う~ん、今年もうまく鳴けないなぁ。」
「大丈夫、さぁ一緒に練習しましょう。さぁ、もう一回!」
夏には、セミさんがやってきて、合唱や輪唱を楽しむ。最初、セミの鳴き声には正直頭が痛くなりそうだった。けれど、セミさんに「妖精さんも大きな声で歌いましょう!元気が出るよ!」と誘われてからはセミさんに合わせ、
「ミーン、ミーン。 ツクツクボウシ、ツクツクボウシ。」とね。
秋になると、根元で虫さんたちのオーケストラが始まる。この季節は、夏の合唱疲れもありアリーナ席に陣取る観客役となるのだ。
冬、冬は一番嫌いな季節だ。だって、私に聞こえてくるのは、ここを散歩コースとしている柴犬のジョンの……だけだから。そして、ジョンは人間に連れられていて、ゆっくりとお話すらできない。
人間って、なんてせせこましいのだろうと思っていると、この木に来た時の記憶が急に蘇ってきた。
― この木に来た当初、もっと人間がこの木を見ていたような…… でも、みんな悲し気で話しかけにくかったのだ。そして、気が付いたらこの木に近づいてくる人はいなくなってしまった ―
ある冬の朝、40から50歳くらいに見える女性が私の元へやってきた。久しぶりの人間だ。よし、挨拶をしてみよう!
「おはようございます。」
すると、その女性はあたりをキョロキョロと見まわし始めた。
「おはようございます。聞こえますか?」
「誰、何! どこにいるの!」
「見えませんか? 私はこの木にいる妖精なのです。みんながそう呼ぶので、多分そうなのでしょう。」
すると、その女性は驚きながらも、少し胸をなでおろし、大きく息を吐いた後に涙を流しながらこう言った。
「私にはね、息子が居たの…… 本当は今日で成人を迎える筈だった。周りの子たちはどんどん大人になっていくのに、私の息子はずっと中学生のままなのよ。」
「ごめんなさい。私、なんて言ったらよいか……」
「いいのよ、妖精さん。聞いてくれれば…… あの子、中学校の時にいじめられていたようなの。でもね、学校は「いじめはなかった。」の一点張りで、息子が仲良かったお友達に聞いても、「特にいじめはなかったです。」と言うから、八方塞がりになってしまって…… でもね、息子が残したこのノート、このノートには、はっきりと"KE許さない 消えて欲しい" と書いてあるの。 でも、息子のクラスには、イニシャルでKEの子もEKの子もいないし、Kで始まる名前の子は居たけれど、Eで始まる名前の子は居なくて……」
「私にわかるかもしれません。 もし、私が本当に妖精なら、私には特別な力があると思います。
少しでもあなたのお役に立ちたいので、よろしければそのノートを見せてくれませんか?」
「ほら、ここに息子の字でそう書いてあるの。」
そのノートは、ノートではなく野球のスコアブックだった。何故、私がそれをスコアブックと分かったのだろう。これが妖精の持つ力なのかもしれない。
「これは、ノートではなくて、野球のスコアブックですよ。Kは三振を表して、Eはエラー、ファンブル、後逸とかを意味するのです。三振と後逸…… もしかしたら、逸見しんご と言う子はクラスにいませんでしたか……」
女性は、ハッとした表情をした後に、急に下を向いてクスクスと笑いだした。
「ありがとうね。小さな名探偵さん。 逸見君ね。それなら、いじめなんて無かったと言う筈よね。だって、私が聞いていた息子の友人って逸見君なのだから。」
「ちょっと、あなた何か良からぬことを考えていませんか?」
「そうと分かれば、息子の敵を討ちたいわ。」
「やめてください。そんなことして何になるのですか?」
「妖精のあなたに何がわかるのよ!」
「分かります。やめてください。 やめろ! もうやめてくれ母さん!」
「母さんは何もわかっていない。受験のために大好きな野球を辞めさせられて、塾で成績が伸びたら御三家目指すって一人で盛り上がって。それで、御三家に失敗したら、母さんが勝手に落ち込んで折角合格していた平成学院の入学手続きを忘れたから…… 僕は御三家より平成学院に行きたかったのに KEはあなただよ、木村英子 母さんのことだ!」
すると、私の体は木から離されて、まるで吸い込まれるように空へ高く高く舞い上がっていった。
「さようなら、ウグイスさん。遠くの空から君が上手く鳴けるようずっと応援しているね。」