チンコロ

文字数 758文字

 ジンゴロは次の日には旅に出た。
「帰る前に、姉さんに手紙を届けてほしいからもう一度寄ってくれよ。」
 ヤツは万一の時の連絡にと、一筆書いて彼に渡した。ジンゴロにはなんて書いてあるかはわからない。
 外へでると、村の人が呼びかけてくる。
「チンコロ、また来てくれよ。」
「チンコロ、達者でな。」
 どうやら、ジンゴロがチンコロに聞こえたようだ。この地方ではチンコロは子犬のことを指す。それは、さげすむ表現にも使われるが、少なくとも彼に対しては親愛の意味で使われていた。

「ヒロもそうだが、この地方は濁点の発音が苦手なようだ。」
 ジンゴロはいくつかの集落を泊まり歩いた。どこへいっても歓迎を受けた。白い暖かいオムスビにしょっぱい大根の塩漬け。すっぱい梅の紫蘇漬け。粗末ではあったが、かれらの精一杯のもてなしにジンゴロは感激した。
 彼は知っていた。彼へのもてなしのための料理に、村の人々の何日分もの食料が消費されてしまうということを。彼は、それを村の子供たちと一緒に食べた。子供たちにとって客がくるなど非日常のことだ。非日常のときには、非日常の食事があってもいいだろう。彼はお礼に小さな人参のウサギや大根の馬を彫って、子供たちに手渡した。食べてくれていいのだが、彼らはそれらが干からびるまで大事に神棚に飾った。

 時折、買出しに街を通る。街の人は、ジンゴロが泊まりたいというといくら出せるかと尋ねる。食事がしたいというと、近くの店へと案内する。
「よそ者は危ないから民家じゃ部屋にあげてなんてくれないよ。玄関まで出てくれる家はまだ親切なほうさ。」
 店の女将さんが教えてくれた。
「この国には、2つの民族がいるかのようだ。」
 ジンゴロは同じ民族なのに環境によってこんなにも人々の態度が変わるものなのかと驚いた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み