第121話 事務

文字数 2,166文字

 すぐ隣までやってきたヴァルにユウトは椅子を引き、体を向けて語り掛ける。

「ヴァル。その花冠、もらってもいいだろうか。必要なんだ」

 ヴァルは少しの間、沈黙した。

「了解シタ。長ク持ツ物デモ無イ。有効ナ使用ヲ望ム」
「ありがとう」

 ユウトはお礼を伝え、立ち上がってヴァルに乗せられた大きな花冠を両手で取り上げる。それを皆が見える机の中心へと置いた。

「この花冠はハイゴブリンの姉妹たちが作ったものだそうだ。それをこのヴァルへあげたらしい。
 大したことないかもしれないけど、誰かのために何かを作って贈るという行為はこれまでの旧世代のゴブリンでは考えらなかったんじゃないかと思うんだ」

 ユウトは立ったまま自身の考えを伝える。その場にいる全員が置かれた花冠をまじまじと見ていた。

「作りの荒さや長さに四通りの差があるな。それを最も器用な者が一つにまとめたか。確かに四人いるようだ」

 マレイは身体を少し前のめりにしながら目を細めて観察し、その感想を述べる。

「我々の知るゴブリンには到底作れるものではないな」

 続いてレイノスがつぶやく。

「うん、わかった。この花冠をもってハイゴブリンの証明としよう。これは預かっても構わないだろうか。団長にも確認してもらいたい」

 ディゼルはユウトに向かって尋ねた。

「ああ。そうしてくれ。返却は考えなくていい。多分持ち運ぶときに傷んでしまうだろうし」
「わかった。かならず役立たせるよ」

 ユウトはディゼルの返事を聞いて椅子に座り直す。それと同時にマレイが口を開いた。

「さて、話はこんなところかな。まとめとしては我々はゴブリンロードの提案に乗り、きたる大魔獣とやらの討伐を行う方針で固まったわけだ。
 それぞれの組織ごとの役割や調整を行うための打ち合わせが必要になるだろうが事務方は大工房が仕切らせてもらおう。問題ないなユウト」

 マレイがユウトを見る。

「ああ、よろしく頼む。正直オレには全体の把握と調整をできそうにない」
「それではこの決戦の事務、調整は我々が仕切らせてもらう。調査騎士団の了承はまだないが構わないな」

 次にディゼルを見るマレイ。

「ええ。構いません」
「では、できるだけ早急に会計、兵站担当者をこちらに回してくれ。分担と資金について詰めなければならない。それとラーラ」
「はい」

 急に名を呼ばれたラーラだったが慌てる様子はない。

「ユウト付きの商人ということであんたの商会にも大いに働いてもらうから覚悟していてくれ。内密に進めなきゃならん取引もあるからな。新興商会は使い勝手がいい」
「わかりました。せいぜい稼がせてもらいます」

 毅然とした態度でラーラはマレイに答えた。

「ユウト。手助けができるのはここまで。あとの具体的な戦術の調整には手をださない。好きにやるればいい。大将はあんただからな」

 言葉を噛みしめるようにユウトは静かにマレイに向かって頷いた。

「話は以上だ。わたしは失礼するが明日の朝方に打ち合わせを行う。人を向かわせるから準備しておいてくれ」

 そう言ってマレイはすぐに椅子から立ち上がる。そして大きな歩幅で歩き始めるとユウトの傍らで止まり腰の鞄から棒状の物を取り出してユウトに差し向けた。

「忘れていたが光魔剣を返しておこう。勝手だがわたしの方で改良しておいた。魔力効率が良くなっているはずだ」

 突然のマレイの行動にユウトは驚きながら差し出された光魔剣を受け取る。水晶のような鉱石が露出して部分が黄色い金属に覆われ、以前の折れた剣の柄そのままの見た目からより洗練された武器へと変化していた。

「ありがとう。マレイ」

 光魔剣から顔を上げるとそこにマレイはすでにその場を離れて歩き始めており、声を掛けるころには背中しか見えない。それも言い終わるころには扉をあけ放って出て行ってしまった。

「それでは私もすぐにクロノワ団長の元に向かうよ」

 そう言いながらディゼルは立ち上がる。そして広さのある布を取り出して机の上に広げ花冠を丁寧に折りたたんで包んだ。

「そうだヨーレン。実はカーレンも来ているんだけどカーレンには大工房に残ってもらおうと考えている。ヨーレンのところで世話をしてもらってもいいだろうか」

 包み終わった花輪を抱えながらヨーレンに話しかけるディゼル。

「だ、大丈夫。私の工房にとどまってもらうよ」

 ヨーレンは動揺を見せつつもしっかりと受け答えた。

 それを聞いたディゼルは「ありがとう」と一言笑顔で礼を言うと部屋を出ていく。ディゼルに続くようにラーラもノエンと共に部屋を後にした。

 残ったのはゴブリン殲滅ギルドのメンバーであるレイノス、ヨーレン、ユウトとセブル、ラトム、ヴァルの魔物達だけとなる。レイノスが肩の力を抜くように息を吐いて語り始めた。

「まったく。とんでもないことになってしまったな」

 レイノスに怒りは感じられず、どこか他人事のようだとユウトには感じ取れる。

「申し訳ありません副隊長。ガラルド隊長の件は今日にも手紙を出すつもりでした」
「ガラルドの行動にはいつも驚かされている。今更なげくこともない。
 それにユウトもその腕はガラルドにやられたものだろう?遅かれ早かれこうなっていたのかもしれないがガラルドの命をつないだのはユウトの判断だと聞く。奴を助けてくれて感謝する」

 そう言ってレイノスは頭を少し下へ傾けた。
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