関係者の証言(3)

文字数 15,588文字

 事務所に訪れた麻美奏音の姿に、三人は言葉を失った。
 彼女は漆黒のフォーマルドレスに身を包んでいた。長い黒髪は右側に寄せたサイドテールになっており、昨日のラフでアクティブなスタイルとは真逆の印象を与える。しかし須間男が絶句したのは落差のせいではない。奏音のスタイルがファッションではなく、実用のためのものだということが、嫌と言うほどわかるからだ。
「お通夜の準備を抜け出してきました」
 奏音の声は小さかった。
「だ、大丈夫なんですか?」
「急なことなのでもっと手伝いたかったんですが、これを見つけてしまって」
 編集室に案内された奏音は、黒いハンドポーチからスマートホンを取り出し、須間男たちに見せた。千美がその画面を見ながらパソコンを操作すると、ワイド画面上にインターネットブラウザが表示された。
「これって、加藤あさ美のツイッターのアカウントか」
 ツイッターはミニブログとも呼ばれるコミュニケーションアプリのひとつだ。一度に送信できる文字数は百四十字で、設定を変更しない限り誰でも閲覧が可能だ。通常は友人や仕事関係、趣味の仲間や好きな作家・アーティストなどの個別アカウントをフォローすることで、自分好みのつぶやきが並ぶミニブログ集──タイムラインを作成し、閲覧したり参加して楽しむことが出来る。スマートホンの普及に伴い急速に広がった文化で、日記(ブログ)個別会話(チャット)の中間に位置している。
「鶴間さん、彼女のフォロワー一覧を開いてもらえますか?」
 千美がマウスを操作すると、あさ美のアカウントをフォローしている人──フォロワーの一覧が表示された。その最上段に表示されているアカウント名に、三人の視線は釘付けになった。
「『ナンバー4』……だって?」
「そのアカウントの詳細を表示してください」
 須間男の指示に千美が無言で答える。画面にはナンバー4を名乗るアカウントの詳細が表示された。
 つぶやき数0、フォロー1、フォロワー0。プロフィール欄には「つぎはあなたのばん」の文字のみ。アイコンは少女向けのファンシーなハンカチの画像だった。
「悪質な悪戯じゃないのか?」
「悪戯なら、加藤さんより私をフォローして、明確なアピールをしてくると思います。当時の関係者しか知らない加藤さんをただフォローするなんて、悪戯にもなっていません」
 奏音が強く否定した。
「悪戯じゃないなら、こいつは本物ってことか……」
「二つ目のトリガーはナンバー4から連鎖していくメールだったんですが、まさかこういう形に切り替えてくるとは思いませんでした。ですが、通知をオンにしていない限り、誰が自分のアカウントをフォローしたかなんて気づきませんし、いちいち気にもしません……よ……」
 そこまで言って、須間男は嫌なことに気づいた。
「どうした、おい?」
「……ハンカチ落としだ(・・・・・・・・)……」
「ハンカチ落としって……」
「以前、社長自身が言っていたじゃないですか。子供の遊びです。鬼は輪になった子供たちの外側にいて、子供たちの誰かの背後にハンカチを落とす。落とされた子は鬼を追いかけてタッチをすればセーフ。追いつけず一周して、鬼が自分の場所に座ってしまったら、落とされた子が鬼になります。もちろん、落とされたことを気づかないまま鬼に一周されてもアウトです」
「寄藤が今やってること、ナンバー4が加藤あさ美をフォローしたこと、その両方とも、ハンカチ落としと同じってことかよ!」
「そうです。そして寄藤は今もハンカチを持って何処かにいるんです」
「あいつを見つけてどうにかしなきゃ終わらないってことか!」
「はい。そして恐らくは……あそこへ行くことになると思います」
 須間男の言葉に社長は沈黙した。ふたりの脳裏には「Number.4」が動画サイトに掲載した「ロケ2」の動画に記録されていたあの廃村の風景が、はっきりと浮かんでいた。
「あそこって、見せて頂いた廃墟のことですか?」
「奏音さんはまだ、あの動画を見てないんですね?」
「あの動画って?」
 奏音の質問返しに答えるように、モニタの画面に動画サイトが表示され、「ロケ2」の動画が再生された。奏音の見開かれた目は、動画を凝視していた。そしてすぐに動画の再生は終了した。
「……確かに私は、この場所に行ったことがあります。今、思い出しました」
「具体的な場所とか、何か思い出せませんか?」
「いいえ。全く……」
 どうやらナンバー4は、そう簡単に廃墟へ辿り着かせてはくれないらしい。須間男は苛立ちながらも、何か他の情報を引き出せないものか思案した。奏音が通夜の準備を抜け出してまで事務所に来たのは、ツイッターのアカウントを知らせるだけの役割ではないはずだと、彼は考えた。
「DVDの結末を、覚えていませんか?」
「そこまでは……」
「あなたが助かったかそうでなかったか、それだけでもわかりませんか?」
「……多分、助かったと……思います」
「やっぱりか! どうやって助かったか覚えてる? 他に助かった人は?」
 須間男と奏音の間に、社長がいきなり割って入った。
「申し訳ありません。そこまでは……」
 奏音は怯みながら答え、申し訳なさそうに頭を下げた。
「そっか……」
 社長はがっくりと項垂れた。社長ほどではなかったが、須間男も少なからず落胆していた。呪いの回避方法も、まだ開示されるタイミングではないらしい。
「あの……」
 次に言葉を発したのは、以外にも千美だった。
「はい」
「私と以前に会ってますよね。覚えてますか?」
「何処かで見覚えがあるような、ないような……」
「三日前、秋葉原の貸しスタジオの前でお会いしましたよね?」
 千美の言葉に須間男ははっとした。三日前の追跡劇のことを、あさ美の件ですっかり忘れてしまっていたのだ。しかし千美ははっきりと覚えていた。当然だ。奏音を追跡し、特定したのは彼女自身なのだから。
「何故あなたはあんなところにいたんですか?」
「……いろいろありましたけど、あそこは私にとって、やっぱり思い出の場所なんです」
 奏音は消え入りそうな声で答えた。
「あの時、あなたはどうして逃げたんですか?」
 千美の冷静な追求は続いた。
「わかりません。咄嗟に逃げてしまいました」
「あんなストーカー野郎につきまとわれてたんじゃ無理もないって」
「昨日お会いしたときに、私たちのこと、気づきませんでしたか?」
 社長のフォローを聞き流し、千美の追求は更に続いた。
「一瞬のことでしたから、全く覚えていませんでした」
「そうですか」
「もう……いいですか?」
 奏音は怯えているようだった。無理もない。千美の質問は取り調べと変わらない。本来ならフォローに回るべきだったと須間男は今更ながら考えたが、千美が質問している間、そんな考えは全く浮かんでこなかった。彼女が奏音に尋ねたことは、須間男にとっても気になることだったからだ。
「せっかく来て頂いたのに、質問責めにしてしまって、申し訳ありません」
 須間男は千美に代わって奏音に謝罪した。結局、いつも通りの役回りをするのが精一杯だった。
「いえ。何か力になれたのであれば……」
 奏音は会釈すると、事務所をあとにした。

「ちょっとチミちゃん、うちのアカウントを表示してくれない?」
 奏音を見送り終えると、社長は編集室にとって返し、千美に頼んだ。千美が頷いてパソコンを操作すると、画面にガチ怖の公式アカウントが表示された。フォロワー数はもうすぐ千人。企業アカウントとしては少ない部類に入る。マウスカーソルがフォロワー数の表示されているところに移動すると、クリック音と共にフォロワー一覧が表示された。
 一覧の中に、ナンバー4はいなかった。
「……あー、良かった……」
 社長がほっと胸をなで下ろす。
「お前たちのアカウントは大丈夫か?」
 社長に問われて、須間男は慌てて自分のアカウントを確認した。フォロワー数は百人ちょいで、ひとり単位で増えたり減ったりを繰り返している。
「僕も大丈夫です」
「私、こういうの、やっていないので……」
 申し訳なさそうに千美が答えると、社長は言葉に詰まった。
「社長、個別にフォローされているかどうかを確認するよりも、ナンバー4が誰をフォローしているかを確認した方が早くないですか?」
「あ、そっか」
 社長が納得するよりも早く、画面はナンバー4のアカウントを表示していた。
 つぶやき数0、フォロー1、フォロワー0。プロフィール欄には「つぎはあなたのばん」の文字のみ。奏音に教えられて確認したときと、全く変化がない。次にフォロワー一覧が表示されると、社長は息を飲んだ。
「おい、これって……」
 フォロー数は1。先刻までフォローされていたのは加藤あさ美のアカウントだった。しかし今、ナンバー4がフォローしているアカウントは。
「『寄藤勇夫@イサッチ連合総長』……」
 使用されているアイコンは寄藤の顔写真に間違いない。プロフィールには『@LINKのののん推し。今はねwww 喧嘩上等! トップオタの本気見せてやんよwwwwwwww』と書かれている。住所情報も彼のホームページのものと同じで、ホームページへ誘導するアドレスも記載されている。
 クリック音と共に、画面にアカウントの詳細画面が表示された。直近のつぶやきを見ると、挑発的な言葉と様々なアイドルを撮影した画像が並んでいる。
『肖像権? 何それおいしいの?wwwww』
『はいはいお前はタヒぬまでブス推ししてれば?www』
『アイドル名乗る前に美容整形して出直せよwww』
「『タヒぬ』って何語?」
「ネットスラングです。ブログのコメントで『死』とか『殺』とか物騒な文字を使うと、NGワードで弾かれることが多くなったんで、置き換えるようになったのが始まりみたいです」
「なるほどねー。これは本人だわ。こんなのが大量にいる訳がない」
 社長がテーブルに突っ伏した。久千木や笈川のような人物を目の当たりにしてきた須間男は、社長の言葉に同意することが出来なかった。
「つぶやき、四日前から止まってます」
 千美の指摘通り、最後のつぶやきは四日前の早朝で止まっていた。
「本当ですね。最後の書き込み、やっぱり他の人に喧嘩売ってますね」
「イサッチ連合の平常運転ってか?」
「喧嘩相手から返事が来てます」
 千美の指摘通り、会話の詳細を見ると、喧嘩を売られた相手は数秒後に返事を送信している。会話を遡ってみると、喧嘩は数日にわたって続いていて、その殆どがほぼリアルタイムで繰り広げられた罵り合いだった。しかしそれだけの激しいやり取りが、寄藤の側でぷつりと途絶えている。
「言われっぱなしで放置しているのは妙ですね」
「トップオタの本気を見せてないし土下座もさせてない。敵前逃亡みたいなもんだよねえ。こいつ、相手を潰すまでやるんじゃなかったの?」
 心底嫌そうに、皮肉を交えながら社長がつぶやく。
「そういや、ネット掲示板でも炎上してるって話だったな。今はどんな感じだ?」
 画面が切り替わり、大手掲示板内に作られた@LINK関係のスレッドが表示された。
『新しい動画キター!』
『霊能力者パチモンじゃねーの?』
『この動画と亀頭が何の関係があるのか説明よろ』
『モザイクかかってない子が亀頭の推しメンだった子? 今も生きてんの?』
『ブログは止まってるけど生きてるみたい』
『モザイクのかかってる奴、全員あぼーんしてるぞ。以下ソースな』
『ナンバー4だけ情報ゼロとか、マジで?』
『おまいら、昨日、元ヘアメイクが死んだらしいぞ』
『アイドルクラッシャー亀頭アニキすげえw 死亡率九割打者とかw』
『こちらスネーク、亀頭のアジト前に到着した。指示を頼む』
『ちょw 勇者現るw 画像うp!』
 野次馬だらけの掲示板を見て、社長はこめかみを押さえた。
「亀頭って寄藤のことだよな……こいつらみんな寄藤みたいだな。いや、もっと酷いか」
「笈川が言っていたように、ピクルスの話がきっかけで寄藤は炎上したみたいですね。タイミング良く動画が投稿されているので鎮火せず、燃料として機能しているようです。スレッドは二十三個目ですね……」
 ネット掲示板でも数日でこの有様だ。ネットメディアにはもっと扇情的な記事が溢れていることだろう。川口が予見した以上に、事態は進んでいるようだ。
「鶴間さん、過去ログを表示してもらえますか?」
 須間男の言葉を受けて画面が切り替わ、過去ログが表示される。
「やっぱり。四日前までは、寄藤本人がスレッドに来てますね」
 過去ログではいくつかの噂と批判に対して、寄藤本人が返答をしていた。
『お前ら呪いなんて信じるとか、バカじゃねーの?www』
『だから明日の箱で会おうよ。あー明日が怖いなー(笑)』
『嫉妬乙! 悔しければ俺を越えてトップになれよ。CD一部屋分買えよwwww』
 返答と言うよりは挑発と罵倒でしかない書き込みに、もはや社長はリアクションすることすら放棄した。
「こっちでも四日前までは平常運転だったのか。よくやるわ」
「それが四日前に喧嘩をしている場合ではなくなった……ってことでしょうか?」
「あのハンカチか。おまけにナンバー4のフォロー付きときたもんだ。フォロワーが増えてさぞ楽しいだろうよ。しかしまあ、こんな奴を三万人以上もフォローしてるのか」
「殆どが見物人ですよ。彼自身がフォローしている数は五十くらいしかいませんし、相互フォローはその半分以下だと思いますよ」
 須間男の言葉を受けて、千美は寄藤がフォローしているアカウントの一覧を表示した。殆どが大手プロダクションやテレビ番組の公式アカウント、そして名前の末尾に『@イサッチ連合』と付けた仲間のものだった。
「なんだこれ。証明写真のシルエットみたいなアイコンの奴がいるな」
「初期アイコンですね」
 ツイッターのアカウントを作成すると、初期のアイコンは卵のイラストに設定されている。作りたてのアカウントか、誰かが別の用途のため──メインのアカウントでは言えないことを言うために作ったサブアカウントなどが、初期アイコンのままにしていることが多い。
 寄藤がフォローしている初期アイコンアカウントのユーザー名は「リンクファン」。何のひねりもないところを見ると、作って間もないアカウントらしい。次に表示されたプロフィール画面を見ると、つぶやき三十五、フォロー二、フォロワー一となっている。自己紹介等の情報は何も書かれていない。
「寄藤の他に、誰と繋がってるんだろうな」
「これ、鍵付きアカウントですね」
 須間男が「リンクファン」の名前の横にある、錠前の図形を指さした。
 ツイッターで発信した情報は、基本的に誰でも閲覧することが出来る。そのために見知らぬ他人に文句を言われたり、まとめサイトやネットニュースなどに引用されて炎上するなどのトラブルも多い。
そういったトラブルの防止策としてつぶやきを非公開に設定出来る。設定を行うと、相互フォローをしている人以外には閲覧が出来なくなり、ツイート・フォロー・フォロワーの数は表示されるが詳細は秘匿される。設定を行うと名前の横に錠前の形をしたアイコンが表示されるため、「鍵付きアカウント」と呼ばれている。
「鍵をかけてまでこんなのと繋がっていたいのか。もう出入り禁止になってる奴と繋がってても得なんかないだろうに」
「写真や映像の売買とか、チケットの横流しとか」
「それで鍵付きか。もういいよ。取り巻きや野次馬はどうせ派手な動きを取れないだろうから無視して、寄藤の足取りを追うことに集中しよう。スマちゃん、チミちゃん、今回は俺も一緒に行くから」
「社長もですか?」
「あんなデカブツ、お前たちだけじゃどうしようもないだろ。まあ、俺もどんだけ戦力になれるかはわからないけど、いないよりはマシだろ?」
 社長は腕まくりをして力こぶを作って見せようとした。千美よりも白く細い腕を見て、須間男は突っ込むべきか悩んだ。
「それに、これも役割かもしれないからな。社長として、お前らだけ踊らせる訳にはいかないだろ? たまには現場に出ないと体がなまる」
 いつもの軽口と同じ調子だったが、社長の目は真剣そのものだった。

 ホームページに記載されていた寄藤の住所を辿り、三人は北品川までやって来た。
「あれがそうなのか?」
 商店街から一本はずれた通りに立つ十階建てのマンション。その最上階を社長が指さす。カオスエージェンシーの墓石ビルとは雲泥の差だった。
 マンションの傍にワゴンを横付けすると、三人はエントランスに向かった。幸い、厳重なセキュリティは施されておらず、すんなりとエントランスからエレベーターで十階まで上がることが出来た。
 寄藤の部屋は角部屋で、他の部屋よりもやや広めの作りになっていることが、外観からも伺えた。ドアポストには何十枚というチラシが無造作に詰め込まれていたが、新聞は差し込まれていない。
 須間男は深呼吸をすると、ドアホンのボタンを押した。しかし応答はなかった。間を開けて数度押し直してみたが、結果は同じだった。
「すいません、私、カオスエージェンシーという映像製作会社の鈴木と言います。寄藤さん、いらっしゃいますか?」
 ドアを直接叩いて中に呼びかけてみる。しかし反応はない。
 次に須間男は、スマートホンで寄藤の固定電話を呼び出してみた。ドア越しに呼び出し音が鳴っているのが聞こえたが、出る様子はない。携帯番号にもかけてみたが、相変わらず「お客様のおかけになった電話は、現在電波の悪いところにいるか、電源が入っておりません」というアナウンスが流れるだけだった。
「まあ、今頃ハンカチをどうにかしたくてあちこちうろついてるんだろうとは思ったけど、ここまで見事に空振りだとはねえ」
 社長ががっくりと肩を落とす。
「どうしましょうか。小埜沢さんがアーカイブを発掘するにはまだ時間がかかりそうですし、もう一度秋葉原に行って聞き込みしますか?」
「今の寄藤は昔の仲間からも嫌われてるんでしょ? 無駄足だと思うよ」
 その時、隣室の扉が勢いよく開いた。
「あんたら人ん家の前で何をべちゃくちゃ喋ってんの。あんたらもオタク仲間か何か?」
 ドアから顔を覗かせたパジャマ姿のおばさんは、ものすごく不機嫌な顔で三人を睨んだ。
「いえ。ちょっと訳があって寄藤さんの行方を捜しておりまして」
 社長が低姿勢でおばさんに説明をする。おばさんは社長の全身を舐めるように見回すと、ふーんと鼻で答えた。
「あんたはオタクっていうよりはホストっぽいわね。そこのバカ息子ならしばらく帰ってきてないわよ。時々オタク連中が観察しに来たり、悪さをしていくくらいで」
「悪さ、ですか?」
「鍵穴に接着剤詰めたり生ゴミや糞尿をドアに塗りたくったり、前は金属バット持った連中が『出てこい!』ってドアを蹴って大騒ぎして、警察呼んだくらいよ」
 寄藤がしてきたことを思えば無理もない騒動だ。玄関前まで来なくても、建物を撮影してネット上に晒したりしていた連中もきっと多かっただろう。掲示板でもこっそり観察に来ていることをほのめかす書き込みがあったくらいだ。須間男は路上に視線を移したが、幸い、それらしき人影は見当たらなかった。
「それは……大変ですね」
「普段から大変なのよ。昼も夜も大音量で曲かけて、曲に合わせて変な雄叫び上げるわドタバタ暴れるわで。静かになったと思えば深夜か早朝に大人数で歌いながら帰ってきて騒いで」
 寄藤はこの部屋で、仲間たちとオタ芸の練習やライブDVDの鑑賞会などを、ほぼ毎日行っていたようだ。
「下の階は大変でしょうね」
 隣室ですら騒音被害に遭っているのだ。頭上で踊られる階下の人間は溜まったものではないだろう。
「そうなのよお。それで関根さん──あ、下の人なんだけど、大家とずいぶん揉めたのよ。でも埒があかなくって。あんなバカ息子でも可愛いのかしらね。結局敷金礼金に引っ越し費用と慰謝料まで払って、関根さん親子を追い出す格好になってねぇ」
「え? ここの大家さん、彼の親御さんなんですか?」
「あんたたち知らないで来たの? ここいらじゃ有名なバカ親子なのよ。あたしも大家に文句を言って、家賃を半分にしてやったのよ。他の部屋も殆ど出て行っちゃったし、ここ、大家にとってはお荷物にしかなってないはずよ。それでもバカ息子にやりたい放題させるんだからやっぱりバカ親よね。あたしもそろそろ引っ越そうかと思ってたんだけど、最近静かになっちゃったし」
 タイミング逃したかしらと、おばさんは苦笑した。
「大家さんはどちらに住まわれてるんでしょうか?」
「屋上よ」
 須間男の問いかけに、おばさんはにやりと笑みを浮かべながら答えた。
「バカ息子のことを知りたいなら行ってみれば? どういう家で育ったのか、よーっくわかるから」
 そう言って、おばさんは意味深な笑みを浮かべた。

「昭和かよ……」
 エレベーターの扉が開くなり、社長がぽつりと漏らした。
 ネットで守られた畑には様々な野菜が実っている。屋上を覆う壁の内側は昔ながらのブロック塀になっていて、外側のパネルとは真逆の印象を与える。そして屋上スペースの中心には、瓦屋根の日本家屋が鎮座していた。
 眼前の光景を目の当たりにして、須間男はおばさんの笑みが何を意味していたのか、ようやく理解した。これは伊達や酔狂なんてレベルを超えている。近代工法を用いて作られた昔ながらの風景には、呪詛めいた歪みすら感じるほどだった。
「誰だ?」
 不意に畑の中から声がした。三人が見守る中、ひとりの老人がゆっくり立ち上がると、ネットを持ち上げて畑の外へ出てきた。
 年は七十近いだろうか。腰は曲がっていないがかなり小柄だ。作務衣に身を包み、タオルを鉢巻きのように結んだ姿は、農夫と言うよりは仏師に近い。手も足も細いが、褐色の肌は老人がまだ衰えていないことを主張しているかのようだ。
「寄藤君のお父様でいらっしゃいますか?」
「誰だと聞いている」
 須間男の質問を、老人はぴしゃりとはねつけた。
「いえいえ、私どもは怪しいものではなくてですね、小さな映像製作会社をやっております。私が社長でこのふたりが社員。たった三名の零細企業です」
 猫背のせいで長身に見えない社長が、更に腰を折って何度も会釈しつつ老人に名刺を差し出した。老人は名刺を一瞥すると受け取りもせず、社長を見据えた。
「で、その映像製作会社が何の用だ?」
「寄藤君から映像素材を提供して頂いたんですが、彼と連絡が付かなくて困ってるんです。親御さんなら心当たりがおありかと思いまして」
 寄藤は投稿者ではなく被写体だったのだが、社長はさらりと嘘をついた。
「映像素材か。どうせ勇夫が隠し撮りしたアイドルだかの映像だろ。好きにすればいい」
 老人の解答はあまりにも早口で淀みがなかった。恐らくこの手の問題に飽きるほど応対してきたのだろう。
「いやあ、ちょっとご本人にお伺いしたいこともあるんですよ。何処か心当たり、ないですかねえ?」
 しかし社長も業界経験が長いだけある。押しすぎない程度の言葉選びで食い下がる。
「下にいなけりゃ地方でも行ってるんだろ。あんたらは勇夫の趣味を知ってるんだろ? だったらアイドルの予定を調べればいい」
「ええ、もちろん彼が推しているアイドルのイベントも確認したんですけどね、彼、最近来てないらしいんですよ」
 社長は寄藤が@LINK事務局や他のアイドルイベントから出入り禁止を喰らっていることを伏せた。目の前の老人はこの程度の話を聞いても動じないだろうが、それでも何が刺激になるかわからない。社長なりに慎重にカードを選んでいるようだ。
「他の連中のところじゃないのか?」
「それがですね、同じ趣味のお仲間も、最近は顔を合わせていないそうなんですよ」
 笈川などの取り巻きですら、巻き添えを避けて寄藤を切り捨てていた。取り巻き以下のオタクや一般のファンであれば尚更、今の寄藤には関わりたくないはずだ。
 まして、捨てても捨てても舞い戻ってくるハンカチなどという奇妙な話は、利害関係でしか繋がっていなかった他人に相談できるようなことではない。
「連中が知らないことを、俺が知っていると思うか?」
 老人は投げやり気味に答えた。持ち家の一角に住まわせ、息子が原因のトラブルには金銭を惜しまずに対処する。しかし一方で関心のないようなそぶりを見せる。マンションの屋上に広がる田園風景と同じで、奇妙なずれを須間男は感じた。
「そうですか。ところで、この映像を見てもらいたいんですけど」
 社長は須間男のリュックからタブレットを取り出すと、廃屋の静止画を表示させて老人の方に向けた。
「この場所に心当たりはないですかねぇ?」
「……知らんな。もしここに勇夫が行ってると言うのなら、こんな所よりそのボロ屋へ行けばいいだろう?」
「はは、まあ、そうなんですけどね。ここが何処なのか、私らにもさっぱりわからないんですよ」
「『聖地』とか言う場所じゃないのか?」
 聖地というのは映画やドラマ、最近ではアニメの舞台になった場所を表す用語だ。しかし一般に浸透している言葉ではなく、ファンやマニアの間で使われるスラングのようなものだ。そんなスラングをあっさり口にする老人に、須間男は妙な気持ちになった。どのようにしてそんな言葉を覚えるに至ったのか。もしかしたら、息子を理解しようと努めた時期があったのだろうか。
「そうかも知れませんね。ただ今のところははっきりしないんですよ。しかし、凄いお家ですね」
 社長が唐突に話題を変えた。
「元々この家は、この土地に祖父が建てた大事な家だ。マンションを建てる時に移築した」
「なるほど。道理で趣がある」
「世辞などいらん。店子どもがどんな陰口を叩いているかくらい、わかっている」
「言いたい奴には言わせておけばいいんですよ。拘りがあっていいじゃないですか」
「……くだらん意地だ。それにこれも、結局はまがい物だ」
 老人の言葉に、流石の社長も言葉を詰まらせた。
 まがい物と自覚している歪な家屋に住まい、老人は何を守ろうとしたのだろうか。いや、守ろうとしたものが既に壊れているからこそ、老人はこの家をまがい物だと言い捨てたのかも知れない。
 老人が守ろうとしたものは家という器ではない。その中にかつてあった風景だったのだろう。須間男はそう思った。
 その時、エレベーターがチンと音を立て、扉が開いた。中には壁にもたれ、くたびれた様子の老婆がいた。もんぺ姿の老婆はゆっくりと壁から身を引きはがし、うなだれていた顔を上げた。しわしわで生気のない顔が、老人と三人の闖入者を捉えた途端に紅潮した。
「お前ら何しに来たあっ!」
 老婆は勢いよくエレベーターから飛び出すと、老人が手にしていた剪定ばさみを奪い取り、三人の方に──千美に向かって飛びかかった。不意を突かれた上に予想外の素早い動きで、須間男は動くことが出来なかった。老人も同様に固まっていた。
 はさみが千美に振り下ろされる瞬間、社長が彼女を抱きかかえた。彼の背中にはさみの切っ先がずぶりと突き刺さる。老婆は鮮血に染まったはさみを引き抜き、固まっていた。
「須間男!」
 社長の言葉に我に返った須間男は、老婆の右腕にリュックを振り下ろし、はさみを叩き落とした。老人がはさみを蹴って遠ざけ、老婆を背後から羽交い締めにした。
「何で止める! こいつら、また私らを笑いものにするつもりだ! こんな奴ら、殺してしまえばいいんだ!」
 老婆はまだ激高しもがいていた。血走った目は千美を、いや、彼女が持っているカメラを睨み続けていた。
 千美はカメラを抱きかかえるようにうずくまっていた。彼女をかばって覆い被さっていた社長が、ゆっくりと地面に倒れ込んだ。青のアロハシャツを、ハイビスカスよりも濃い赤がゆっくりと浸食していく。
「はは……痛え……」
 社長は力無く笑うとゆっくり瞼を閉じ、静かになった。
「社長! しっかりしてください! すぐ救急車呼びますから!」
 須間男は社長の傍に屈んで声をかけながら、スマートホンを取り出した。
 千美はうずくまったまま、目の前に転がっている血まみれの剪定ばさみを見つめていた。

「いやー心配かけたね。悪い悪い」
 病室にやってきた須間男たちに対し、社長は笑顔で手を振った。
「背中の贅肉が分厚かったおかげで助かったよ。だけど肋骨を折られるとは思わなかったなあ。今は痛み止めが効いてるからマシだけど、気絶するとは思わなかった」
 社長は笑ったが、それが肋骨に響いたらしく、「はうっ」と呻いて身を仰け反らせた。
 老婆の剪定ばさみは社長の肋骨にぶつかって止まった。場所が悪ければ失血死や後遺症の危険もあっただけに、医師からの説明を聞いて須間男たちは安堵した。
「お前さんたちが来る前に、刑事さんから説教されたよ」
「説教、ですか?」
「あのお婆ちゃん、寄藤を嫌う連中から嫌がらせを受けたり、寄藤をどうにかしろって言われたりし続けて、かなり精神的に参っていたらしいんだわ。そこへ俺たちが行ったもんだから、感情が爆発しちゃったんだろうってさ」
 寄藤本人が個人情報を公開している以上、彼の両親の情報に辿り着くことは容易い。危険人物の寄藤本人に言えないあれこれを、両親に容赦なくぶつけた連中が多かったであろうことは想像に難くない。
「ですが、何故お婆さんは真っ先に鶴間さんを狙ったんでしょう?」
「カメラだよ。これまで老夫婦の所に押しかけた連中の殆どが、スマホやビデオカメラを向けてきたんだってさ」
「それって、ネットで晒す気で撮影してたってことですよね……」
 掲示板の書き込みを思い出して、須間男は嫌な気持ちになった。
「ネットの世界なんか知らないお婆ちゃんにしてみりゃ、ただただ気味悪いだけだっただろうね。カメラにトラウマ持っても仕方がないよ」
「それで、お婆さんはどうなるんですか?」
「どうにもならないよ」
「え? いや、でも、傷害罪とかに問われてしまうんじゃ……」
「俺さあ、夏って苦手なんだよね」
「はい?」
 社長が唐突に脈絡のない話題を口にした。
「インドア派の俺にとって、直射日光ってめちゃくちゃきついんだよ。今日のロケも実を言うとフラフラでさ。せっかくお婆ちゃんが(・・・・・・)いい演技を(・・・・・)してくれたのに(・・・・・・・)、俺がタイミング間違えちゃって、こんな事故(・・)になっちゃってさ」
「え? ええっ?」
「刑事さんも『ガチ怖』のことを知っててさ、フェイクドキュメンタリーをどう作ってるかとか、説明したらすぐ理解してくれてね。お婆ちゃんは悪くないってこともわかってもらえたし。その代わり、無茶なロケはしないようにって大目玉を食らった、って訳」
 社長は自分の仕事を逆手にとって、真実を嘘にしてしまった。恐らくは刑事もわかっていて社長の筋書きに乗ってくれたのだろうが、そんな無茶が通ることに、須間男は絶句した。
「社長、無茶苦茶ですよ」
 須間男の思っていたことを、小埜沢が口にした。
「そう言うなって。っていうかお前さんまで見舞いに来てくれたのか」
「当たり前です。それに、相馬さんのところに寄ったことも報告しておきたかったので」
「香典、渡しておいてくれたか。ありがとな」
 小埜沢は事務所全員を代表して、相馬めぐみに香典を託したのだろう。社長が刺されていなかったとしても、のこのこと顔を出せる立場でないことは、全員が自覚していた。
「いえ。例の映像は帰ってからすぐ探しますから」
「いや、手間が省けて助かったわ」
「手間?」
「こうして病院に入って思い出したんだけど、俺、お前たちと仕事してた頃、転んで足の骨を折ったことがあっただろ?」
「そういえば、そんなこともありましたね」
「あれ、六年前の十二月頃だ。病院のテレビで紅白を見てたのを思い出した。リハビリ込みで三ヶ月くらいかかったな、確か」
「それがどうかしたんですか?」
「俺、あの映像に全く見覚えがないんだわ。多分、俺の入院中にお前さんとチミちゃんのふたりで制作した作品なんじゃないか? だとしたら探す範囲が絞れるだろうと思ってさ」
「確かに……そうですね」
 小埜沢は唸った。
「その範囲で探し直してみます。鈴木君、千美ちゃん、手伝ってくれないか?」
「わかりました」
 須間男はすぐ立ち上がったが、千美は椅子に座って俯いたままだった。社長が刺されてからずっと、彼女は沈黙し続けていた。肌身離さず持ち歩いていたカメラも、今は須間男の機材バッグの中だ。何か声をかけようとした須間男の肩を、小埜沢が叩いた。
「じゃあ行こうか。社長、お大事に」
 小埜沢は社長に一礼すると病室を後にした。
「そ、それでは僕も」
「スマちゃん」
 小埜沢に続こうとした須間男を、社長が引き留めた。
「何ですか?」
「どうやら俺は役割を果たせたようだ。例えそれが、誰かさんが望んだ役割と違っていたとしてもだ」
 社長は満足げに微笑んだ。
「僕もそう思います」
 須間男は心から同意した。
「だからお前さんも、自分の望む役割を全うするんだぞ。これは社長命令だ」
「社長命令ですか……わかりました」
 須間男は一礼して病室を出て行った。
 社長は須間男の後ろ姿を満足げに見送ると、千美に目を配った。彼女は相変わらず顔を伏せて固まっている。社長はゆっくりと手を伸ばし、千美の頭に触れ、そっと撫でた。
「……なさい」
 千美が消え入りそうな声でつぶやく。
「ごめんなさい、私なんかのために……私なんか……」
 肩を震わせ、嗚咽交じりに千美は謝り続けた。
「そんな悲しいこと言うなよ。お前さんは何も悪くない(・・・・・・・・・・・)
 社長は千美の頭にぽんぽんと触れると、天井を見上げた。
「……これは()さ。もっと早く下されるはずだった、俺への罰(・・・・)なんだよ」

 月島のはずれ、新旧の家屋が入り交じった住宅街の一角に、小埜沢の家はあった。
 高さから二階建てと思われるが窓がない。黒塗りの外壁も相まって、住居と言うよりは研究施設のように見える。
 小埜沢がリモートスイッチを押すと外壁の一部が開き、ガレージが姿を現した。メタリックブルーのクーペ・フィアットは呆然とする須間男を乗せたまま、ガレージへと滑り込んだ。車体が収まると外壁は再び閉じ、外界の雑音も遮断されて静寂が訪れた。
「社長の話を聞いて完全に思い出したよ」
 ハンドルに手を添えたまま、小埜沢がつぶやく。
「何を、ですか?」
 須間男は小埜沢の方を見て問いかけた。
「僕と千美ちゃんが作った映像のことだ」
 小埜沢は須間男の顔を見返さず、前を向いたまま答えた。
「ライブラリは地下のサーバに保存されている。例の動画はすぐにピックアップできると思う」
 言葉とは裏腹に、小埜沢は動こうとはしなかった。
「……どうしたんですか?」
 再びの問いにも、小埜沢は深刻な表情で正面を見据えたままだった。
「迷ってるんだ。馬鹿なことと言われるかも知れないけど、あの動画は……封印し続けた方がいいんじゃないかと、僕は思っている」
 小埜沢の言葉に、須間男は何も言えなかった。死者が出ている現在進行形の問題。その解決の糸口、あるいは解決方法そのものが収録されているかも知れない映像。重要性や優先順位を、小埜沢はわかっている。わかっていて迷っている。だから、何も言えなかった。
「やっぱり呪いは僕たちをターゲットにしている。僕たちに過去を突きつけて、向き合うよう仕向けられているとしか思えない」
 小埜沢と千美が作った映像をきっかけとして始まったナンバー4の呪い。ナンバー4は自分を忘れ去った彼らに対し、犯した罪を自覚しろと訴えかけているとでも言うのだろうか。映像を見て全てを思い出した彼らを待っているのは……罰、なのだろうか。
「わかってはいるんだ。封印したとしても無駄だろうということは。僕たちはもう踏み込みすぎた。僕はほぼ全てを思い出した。いや、奪われていた(・・・・・・)記憶を(・・・)突き返された(・・・・・・)、と言った方が正しいかもしれない。千美ちゃんもいずれ思い出すだろう。なら、覚悟を決めて過去に向き合う機会を与えられたと、前向きに考えるしかない」
 俯いて大きなため息をつく小埜沢の様子は、「覚悟」という言葉とはほど遠かった。
「鈴木君、巻き込んでしまって済まない。今回の件に、君は無関係だった(・・・)
 過去形だ。須間男は改めて、自分も一連の出来事に組み込まれているという事実を飲み込んだ。もっとも、すんなり飲み込むには大きな毒の塊だ。
「社長は『役割』という言葉を使っていたね。僕や千美ちゃんにも何らかの役割が与えられているんだろう。しかし鈴木君、恐らく君が与えられた(・・・・・・・)役割は(・・・)僕たちとは(・・・・・)違うんじゃないかと思う(・・・・・・・・・・・)
「違うって……どう違うんですか?」
「希望的観測かもしれないけど、僕なりに確信していることもある。今、具体的に説明してしまうと、恐らく役割通りの動きをさせられるだろうから、詳細は伏せておく。多分、全てが終わった後で、君自身が気づくはずだ」
 小埜沢の言うとおりだった。情報が多ければ多いほど人は振り回される。心理的に追い詰められている現在の状況では、流れに乗ってしまうか逆らうかの二択に陥りやすい。例え流れに逆らったとしても、逆らうことこそが求められた役割そのものだった、という可能性もある。
「だからこそ今のうちに(・・・・・)、君に話しておきたいんだ」
 そう言うと小埜沢は須間男の方を向いた。彫りの深い顔に苦悩の影が宿っている。出来れば話したくないのだろう。
「……これから話すのは、呪いの根源に(・・・・・・)関わる話だ(・・・・・)
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登場人物紹介

鈴木須間男(32)


小さな映像製作会社に勤務。

弱腰で流され体質。溜め込むタイプ。

心霊映像の制作と、その仕事を始めるきっかけを作った千美に、かなりの苦手意識を持っている。

よくオタク系に勘違いされる風貌だが、動物以外のことは聞きかじった程度の知識しかない。

鶴間千美(34)


須間男の同僚。

須間男よりもあとに入社してきたが、業界でのキャリアは彼よりも長く、社長とは旧知の間柄。

服装は地味でシンプル、メイクもしていない。かなりのヘビースモーカー。

感情の起伏がほとんどない、ように見えるが……。

社長(年齢不詳)


須間男たちが勤める映像製作会社の社長。

ツンツンの金髪、青いアロハに短パン、サンダル履きと、「社長」という肩書きからはほど遠い見た目。

口を開けばつまらないダジャレや、やる気のなさダダ漏れの愚痴がこぼれる。

本名で呼ばれることが苦手なようなのだが……。

麻美奏音(24)


地下アイドル「ピクルス」の元メンバーで、メンバー唯一の生存者。

六年前の事件以降、人前に出ることはなかったが、今回の騒動で注目を集めてしまう。

肝心の「呪い」については、まったく覚えていないようなのだが……。

寄藤勇夫(42)


有名アイドルグループ「@LINK(アットリンク)」の厄介系トップオタ。

須間男たちの会社に送られてきたふたつの映像に映り込んでいた人物。

@LINKの所属事務所から出禁を喰らってから、消息が途絶えている。

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